琉球大学の悪魔

少し大きめの国道をひた走っていると、なんでこんなところにこんなお店が?と言ってしまいたくなるような店舗に遭遇することがある。それはブティックだったり、電気屋だったりするのだが、いずれも街中で見ればそれほど違和感を感じないのに、違和感ありまくりの山の中にポツンとあったりするのだ。

こんな山奥でマダム系のブティックが成り立つのだろうか。山奥といってもちょっと頑張れば町に出られて大型家電量販店で買えるというのに、この電気屋が成り立つのだろうか、そのような疑問が沸々と湧き上がってくる。失礼なのは十分承知で言うが、やはり採算が取れているとは到底思えない、そんな店舗が確かに存在するのだ。

もしかしたら、それらのうちのいくつかは「信念」に基づいているのかもしれない。それが人のためなのか、自分のためなのかは分からないが、何かしらの信念に基づいて店を開けているのかもしれない。この店がなくなったらこの街に店が一つもなくなってしまう、自分が守らねば、たった一人でもこの店をあてにしてくれているあのお婆さんのために開けておかなければいけない、都会にいった息子が夢破れて帰ってきても継げるように、そんな様々な信念があるのかもしれない。

信念とは時に残酷なものだ。しかし、そこに信念があるのかないのか、思いの有無はあらゆる場面で重要になる。

僕が大学生の頃だった。当時は世間一般にやっとこさインターネットってやつが普及していた時代で、みんなその便利さや物珍しさに夢中になっているような時代だった。特に大学生はそういった新しい便利なものに敏感で、インターネットの世界にはそういった敏感な人が多くいたような感じがした。

その時、僕が夢中だったのは大学生が集まるという名目のコミュニティサイトだった。全国各地から大学生がやってきてお互いにコミュニケーションをとる、掲示板やらチャットやらがあるサービスだった。特に僕はチャットルームってやつに夢中だった。

そこは暇な大学生なので、チャットルームに行くと昼だろうが夜だろうが必ず何人かの人間がいた。そこでとりとめのない話をするのが何とも心地良かった。

しかしながら、平和というものは長くは続かない。ただ漠然と雑談をしているだけの平和な大学生チャットを打ち破る悪魔が襲来した。それが「琉球大学の悪魔」である。そう名乗る彼は、今で言う「荒らし」行為により平和なチャットを恐怖のズンドコに叩き落す存在だった。

彼の荒らしの手法は独特で、チャットでどんな会話をしていようが何だろうが文脈や空気に関係なく、「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」としか書き込まないことだった。挨拶すらしない。とにかくその発言しかしなかった。具体例をあげると以下のようになる。

佐和子:「こん」

カズキ:「こん」

佐和子:「あーやっとテスト終わったー、死んだー」

カズキ:「お疲れ(笑)」

佐和子:「絶対2つは落としたと思う(笑)」

カズキ:「ドンマイ」

佐和子:「でもこれで夏休み!」

カズキ:「そうそう、覚えてる?夏休みになったら俺に会ってくれるって」

佐和子:「覚えてるけど……」

カズキ:「けど?」

佐和子:「恥ずかしい」

カズキ:「なんだそりゃ」

佐和子:「だって、わたしかわいくないし、カズキみたいなもてる人と釣り合わないよ」

カズキ:「もてねーよ(笑)」

佐和子:「だからちょっと会うの怖い(笑)」

カズキ:「大丈夫。俺だって怖いけど、それでも佐和子に会いたい。もうバス取っちゃったし(笑)」

佐和子:「えー、とっちゃったんだ。うーん、じゃあ仕方ないかな」

カズキ:「よろしくお願いします」

佐和子:「うん」

カズキ:「会ったら俺、佐和子に伝えたい事あるから」

佐和子:「カズキくん……」

カズキ:「俺、俺、佐和子のことが」

琉球大学の悪魔:「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

いつだってこんな感じだった。

当然、気味悪いし、意味不明だし、雰囲気ぶち壊しだし、で、琉球大学はどんな悪魔を飼ってるんだて話になり、この琉球大学の悪魔はチャットでも嫌われるようになっていった。彼がチャットに来ると不自然なくらいにみんなが退室していくのだ。会話が盛り上がっていても悪魔が来たら退室する、次第に彼は憎悪の対象となっていった。多くの人が移住を検討し始めるまでに至っていた。

ただ、僕は、この琉球大学の悪魔のことをあまり憎めなかった。なぜならセンスがあるからだ。「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」という言葉だけで荒らす彼の手法は多分にセンスがある。これが「うんこぶりぶり、でるー!」だけであったら、彼はその辺の荒らしであっただろうが、ぶりぶりの後にもう一個ぶりをつけるセンスは普通じゃない。なんだかそれは単に荒らし行為とは一線を画した魂の叫びのようなものを感じたからだ。

琉球大学の悪魔がくると、それまで盛り上がっていたチャットがピタリと止まり、みんな退室していく。自然と僕と悪魔が二人っきりになることが多かった。そこで僕は彼の心の叫びを聞くべく、積極的に話しかけてみた。

ゴンザレス田中(僕):「よう」

ゴンザレス田中(僕):「なんでうんこぶりぶりしか書かないの?」

ゴンザレス田中(僕):「おれは君のそのセリフにはすごくセンスがあると思ってる。よかったら何を考えてるか聞かせてほしい」

ゴンザレス田中(僕):「君を糾弾するとか、荒らしをやめろとかそういうのじゃないんだ。君が何を思い、何を知って欲しいのか知りたいんだ」

僕の問いかけに、琉球大学の悪魔はこう答えた。

琉球大学の悪魔:「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

もはやこれは荒らしを超えた何かで、僕なんかには想像もつかない確固たる何かがある、そう感じた。

それから数日経ってのことだった。いつものようにチャットルームに巣食って女子大生とヤリチンの会話を眺めていると、やはり琉球大学の悪魔がやってきた。サッと波が引くように人々が退室していき、すぐに僕らは二人きりになった。

ゴンザレス田中(僕):「エロい会話始まりそうだったのにタイミング悪い」

琉球大学の悪魔:「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

彼は同じセリフしか言わなかったが、「すまんな」そう言っているように見えた。全くいつもと変わることのない風景なのだけど、この日は少し様子が違った。

入室:「琉球大学のアケミ」さんが入室しました

チャットのシステムが入室者をアナウンスした。悪魔の動きが止まったようにみえた。

琉球大学のアケミ:「あー、やっぱりいた!」

琉球大学のアケミ:「ちょっとー!どういうこと!ミサの気持ちも考えてあげてよ!」

琉球大学のアケミ:「ねえ返事して」

入室者は矢継ぎ早に発言をしていった。どうやら悪魔に向けて言っているようだった。名乗っている大学名が同じことと、会話の内容から、おそらく悪魔の現実の知り合いがチャットルームにやってきたようだった。

アケミを落ち着かせ話を聞く。悪魔は狼狽しているのか、ずっと黙ったままだった。なんでも、アケミは悪魔の現実の知り合いらしい。そこで、その現実の悪魔のことを好きなミサという女の子が悪魔に告白をしたらしい。好きだと伝えたらしい。

しかしながら、悪魔は逃げた。返事も言わず逃げた。ミサは泣いてしまい、それに怒ったアケミが悪魔の友人を問い詰め、悪魔はここのチャットルームに常駐しているという情報を聞いてきたらしい。一気にチャットルームがドタバタ青春ラブコメの匂いで満たされてきた。

琉球大学のアケミ:「なんで逃げるのよ!」

琉球大学のアケミ:「高橋君に聞いたけど、あんただってミサのこと好きだったらしいじゃない!なんで逃げるの?」

琉球大学のアケミ:「自分の好きな子をほっといてこんなチャットルームで」

アケミの問いかけに悪魔は沈黙していた。ただ、あらゆる会話に対して常に荒らし行為で応戦していた彼がこれだけ沈黙している、それはもう答え合わせに近かった。彼はミサの告白から逃げたのだ。

ゴンザレス田中(僕):「なあ、告白とかはちゃんと対応したほうがいいと思うよ、悪魔」

僕もそうやってフォローするのだけど

琉球大学のアケミ:「関係ない人は黙ってて!」

そんな僕をアケミは一刀両断。アケミのヒートアップは止まらない。

琉球大学のアケミ:「まあいいわ。もうすぐここにミサがくるから。ちゃんと答えてあげて」

なぜ悪魔は退室しないのだろう?そんな疑問が僕の中に生まれた。沈黙するくらいならこのチャットルームから逃げてしまえばいい。なのに彼は逃げない。どうしてだろうかとただただ疑問だった。

アケミから一方的な言葉が続き、それからしばらくすると、この事態のクライマックスを迎えるキーパーソンがついに入場してきた。

入室:「ミサ@うさぎ」さんが入室しました。

名前の後にうさぎをつけるあたり、かなりあざとい女である。

琉球大学のアケミ:「ミサ、この琉球大学の悪魔ってやつが満田だよ。思いをぶつけな!」

ミサ@うさぎ:「うん」

彼女たちにはそれぞれ信念があった。人を好きになる気持ちも、それを応援しようという気持ちも、それは信念である。彼女たちの信念の前では悪魔の本名が満田だとバラされたことなど些末なことなのである。


ミサ@うさぎ:「私、やっぱり満田君のことがすき。付き合ってください」

ミサはその信念に基づいて言った。聞けば満田だってミサのことが好きだったらしいじゃないか。もういいんだ。付き合ってあげなさい。まったくお前ら見てるとイライラするぜ、早く付き合っちまえよ、って発言するドラマの脇役みたいな気持ちでチャット画面見守った。そして、ついに満田が発言する。

ミサの純粋な思いからの信念、アケミの友を思う真っすぐな信念、それらに応えるべく、ついに満田が動いた。

琉球大学の悪魔:「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

出してる場合じゃねえぞ、満田。

彼はここでも琉球大学の悪魔を貫き通したのである。

琉球大学のアケミ:「だめだこいつ、救えないね。もうほっとこう」

ミサ@うさぎ:「うん」

琉球大学の悪魔:「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

もういい、もういいんだ、満田。いや、琉球大学の悪魔。お前は最後まで悪魔だった。お前は良く戦った。いつもと同じ発言だったがディスプレイの向こうで涙ながらに悪魔が文字を打っているのが分かった。なんだかこちらのディスプレイもぼやけてよく文字が見えなくなっていた。

退室:「ミサ@うさぎ」さんが退室しました。
退室:「琉球大学のアケミ」さんが退室しました。

無常なる文字が表示されていた。

ゴンザレス田中(僕):「俺は結構満田のこと好きだよ」

僕がそう発言すると、彼はやはりこう答えた。

琉球大学の悪魔:「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

彼にどんな信念があったのかわからない。けれども彼は決めたのだ。このチャットではうんこの発言しかしないと決めたのだ。そこに好きな女が来ようが、告白して来ようが、彼は信念を曲げなかった。そんな彼を荒らしと断罪することなどできやしなかった。

今でも町外れの何で営業しているのか分からない店舗を見ると、琉球大学の悪魔を思い出す。もしかしたらこの店は彼のような信念で営業しているのかもしれない。採算が取れるとか、そういったのとはもう次元が違うのだ。そう、彼らはそう決めたのだから、それを実行している、それに過ぎないのかもしれない。

「頑張って営業してな」

心の中でそうつぶやくと

「うんこぶりぶり、ぶり、でるー!」

どこかからそんな声がきこえてきたような気がした。