読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

頭の中の天使と悪魔がB'zになった

古典的な手法になるが、心の中の天使と悪魔という表現は大変理に適っており、非常に合理的なものでないかと思う。ある人間の心の中、特に葛藤を描く場合、これらの表現はとても分かりやすい。

な ぜ分かりやすいのか。これはまず明確な対立構造が多くの読み手にあらかじめ刷り込まれていることが大きい。天使が善であり、悪魔が悪である。これら二つの 対立軸を説明するまでもなく感じ取ってもらえるのは大きい。こちらが良いことで道徳的な選択肢、こちらが悪いことで利己的な選択肢、説明するまでもないの はかなりの利点だ。

とにかく分かりやすいのがいい。説明が必要な表現なんてのはあまり得策ではなく、例えば 「セックス」のことをずっと「セッション」と表現している文章に出会ったことがあるが、「僕と彼女は夜通しセッションした」何の説明もないとドラムとキー ボードがお互いにソロ演奏を見せ合うクリエイティブなスタジオしか浮かんでこない。説明が必要なほど分かりにくい表現は良くないのだ。

さ らには、心の中の葛藤という、完全なる自己完結、全てが自分の中で終結し、ともすれば独り善がりになってしまいそうな表現を天使と悪魔という第三者に委ね られる。表現としての幅が広がるというべきか、単調になりがちな心情風景の表現にアクセントを持たせることが可能なのだ。

「いいじゃねえか、やっちまえよ、誰も見てねえよ」

「で、でも……」

「ダメよ!誰も見てないからって自分の心に反するようなことはやっちゃダメ!」

「う、うん」

「うるせえな、天使のヤツ、あんな頭の堅いヤツほっといて楽しちまおうぜ」

「なによ!アナタなんて頭が柔らかいどころか、ふにゃふにゃのバカじゃない!」

「なんだと!」

「まあまあ、2人とも喧嘩しないで」

葛藤が分かりやすいしコミカルなエッセンスも入れられる。やはりこれは既に天使と悪魔というキャラが最初から読み手の頭の中で出来上がっていることに起因する部分が大きい。

では、これが天使と悪魔という、普遍的なキャラクターでなかったらどうなるか。じつはこれ、最近僕の心の中で起こっている事象なのである。

年明けすぐのことだった、電車に揺られていると、ふとある会話が耳に入ってきた。

「いやさー、B'zのアルバム買おうと思ったわけよ。でもさ、心の中で天使と悪魔が戦っちゃってさ、結局買っちゃたよ」

面 白いことを言う人だと思った。なぜB'zのアルバムを買うことでそこまで葛藤するのか、欲しいなら買えよ、ということもさることながら、じゃあどっちが天 使でどっちが悪魔なのかという部分に興味が行く。買うのが善か、買わないのが悪か。いずれにせよ彼はB'zのアルバムを買うことを善か悪、どちらかに位置 づけていることになる。これは大変興味深い。

なぜB'zのアルバムを?なぜ善悪で判断を?そしてそれを友人に話してどうするのか?興味は尽きないが、そういった思考を経て僕の心の中である変化が起こった。

心の中の天使と悪魔がB'zの2人に入れ替わってしまったのである。

あまりに彼の心の中に思いを馳せすぎたのか、いつの間にか僕の心の中の天使と悪魔は駆逐され、ステージ上で暴れまわるB'zの2人がその役目を担うことになってしまったのだ。これがなかなか苦しい。

物凄い寒波が来るっていうので食料品などをスーパーで大量に買い込んだ時のことだった。財布を開けると今や珍しい2000円札が入っていた。見ると、買い物の合計金額も2000円ぴったり。狙ったわけでもないし、消費税などの端数を考えるとなかなか奇跡的なことだ。

普通なら珍しい2000円札をとっておこうかとも考えるが、あまりにピッタリで気持ち良いのでそのままスッと差し出した。これでピッタリ、お釣りはないはずである。なんとも気持ちいい。

けれども、レジの女性はセコセコとお釣りの準備をしていて、3枚の千円札を出そうと今か今かと準備している。レジの表示を見ると、預かり5000円と表示されている。おそらく、見慣れないためか2000円札5000円札を勘違いされてしまったようなのだ。

こ こで普通なら天使と悪魔が葛藤し、「だまっとけだまっとけ、買い物して金が増えるとか最高じゃん」「ダメよ!レジの人もお金が足りなくて怒られたりするの よ!すぐに申し出なさい!」「黙ってろよクソ天使、間違えるほうが悪いんだ」「何よ!間違いみたいな顔して!」「なんだと!」「なによ!」とちょっとラブ コメみたいな展開になるはずだ。けれども僕の心の中の天使と悪魔はB'zに入れ替わってしまっているので

「お釣り三千円になります」

(あれ?5000円札と勘違いされてる?)

「ウウウウウウェェェェーーーーーーーー!!」

!!!?もしや、稲葉さん!?

「ZEROがいい ZEROになろうーーー!!」

そ、そうだよね、ZEROだよね、お釣りはZEROであるべきだよね。

「ギュイーンギュギュギューギャワーン」

ま、松本さん!?相変わらずすげーギターソロ!

「ギュロロギュロロギューギャーン」

そ、そうだよね、黙っていれば分からない。間違えるほうが悪い

「ZEROがいい ZEROになろうーーー!!もう一回ッ!ワォッ!」

そ、そうだよね、正直に言うべきだよね。稲葉さんの言うとおり。

「ギュギャギャギャーン!」

う、うん、それもそうだけど……。ちょっとうるさいからギターソロやめてくれるかな……。

常にこんな調子なのである。もはや心の中の葛藤とかそんなレベルではなく、B'z LIVE-GYM2016-ORENO ATAMANO NAKA-なのである。

職 場のブスが海外に行ったらしく、明らかに旅先のテンションで買ったであろう、ガラクタとしか思えないお土産を持ってきて「どれがいいですかー?ダメです よ、欲しいからって全部持っていっちゃ、一個だけですー」と言われたとき、正直、全部いらねえと思ったのだけど、それをいうと角が立つし……と葛藤してい ると

「ぃいらないっ、何もっ、捨ててしまおぉう」

いや稲葉さん確かにそうだけど捨ててしまうのは

「ペケペケペケペケペケペケジャグワーン」

そうそう、松本さんの言うとおり、ここはひとまず受け取っておいて

「STOP THE TIME, SHOUT IT OUT、がまんできなぁぁぁいぃぃぃぃぃぃ 僕を全部あげよう」

いや、なんで僕をあげる話になってんだ。あげないから。

「テケテケテケテケテケテケドゥドゥドゥドゥドゥ」

ギターソロすげえな。

全てがこんな調子なのである。早く天使と悪魔が帰ってきて欲しい。

そして古民家カフェをオープンさせるという夢のために仕事を辞めるという後輩と話をしたときだった。人生の先輩として、夢を追い求めるのも良いが現実もシッカリみないといけないと思う、みたいなアドバイスをしようとしていた時だった。

「君の夢は素晴らしい。だから頑張って欲しい、俺が言うのもなんだけど、それでも現実ってけっこうシビアだから、夢だけじゃいけない部分をあると思う」

「ジャジャジャジャジャグワーン」

きやがった。

「夢じゃない、あれやこれも」

そうそう、稲葉さんのいうとおり、俺もそれが言いたかった。

「その手でドアを開けましょう」

そう、それでもドアを開けて進まないと

「ドゥドゥドゥジャーン」

いや、松本さんの言い分もわかるけど

「祝福が欲しいのならぁぁぁぁ」

いや、ちょっと黙ってて、今大切なとこだから。できれば自分の言葉で後輩に伝えたい。

「ドルジャワジャジャーン」

うんうん、すげえギターソロ。でもちょっといま大切な話してるから

「悲しみを知り独りで泣きましょう」

大丈夫、後輩には俺の言葉で話すから。稲葉さんのアドバイスは今はいいかな。

「そして」

もう!うるさい!

「輝く」

黙ってて!

「ウルトラソウッ!」

ハーイ!

こんな調子なのである。完全に頭の中での葛藤がノリノリのライブステージになっていて収拾がつかないのである。完全に頭の中の葛藤キャラとコミュニケーションがとれなくなりつつある。

「バァッコミュニケーション!」

やかましいわ。

「ジャワジャワワジャワワジャーン」

やかましいわ。

なんか僕と頭の中の2人のセッションみたいになっているんですわ。もちろんこれは従来のセッションという意味です。やかましいわ。