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人生を変えた一言

成功者が自らの成功体験を振り返るとき、「人生を変えた一言」というセンテンスを使うことがある。ある時はクズだった自分を奮い立たせるものだったり、ある時は発想の転換になるものだったり。いずれにせよ、かなりポジティブで意識の高い言葉が採用されることが多い。

「後悔するよりも、同じ失敗を繰り返さないこと」

「自分の気持ちよりも大切なこと」

「あなたの体がある場所に、魂を込めなさい」

ちょっと検索するとドコドコでてくる。なるほど意識高いしポジティブだ。読んでいるとちょっと太ももの裏辺りが痒くなる感覚を覚える。言うなればレッツポジティブ!だ。これらの言葉を胸に刻んで生きていけば自分も成功者になれるんじゃないか。そんな気持ちすら沸いてくる。

けれども、これらはあくまで「成功者の言葉」であることを忘れてはいけない。成功した人の持つ「人生を変えた一言」なのである。そりゃあ全てが成功するような言葉になるに決まっている。インターネットの利用率の調査アンケートををインターネットでやるようなものだ。

だ から、これらの言葉は全然僕の心に響かない。なんだか綺麗でポジティブで、今日という一日を大切に生きねばならないみたいなこれらの言葉は嘘くさい、ま あ、多くの言葉が、そんなこと言われなくても大体みんな心のどこかで分かってる。別にあえて成功者が言わなくても、まあ、分かってるというものばかりだ。

もっとこう、人生を変える一言、というのはクズであるべきだ。ドロドロとしていた圧倒的にネガティブで後ろ向き、この世の中にこんなクズがいたんだ、とハッとさせるような言葉こそが間違いなく人生を変える一言なのだ。そう思って止まない。

2011年8月。ある業界に激震が走った。

パチンコ・パチスロ業界において全国的な広告規制がなされた。簡単に言ってしまうと「イベントの禁止」というものである。

そ れまでのパチンコ。パチスロ店は、主にイベントを催すことで集客を図っていた。「7のつく日は大放出デー」「明日は○○のコーナーが激アツです!」「各 コーナーに設定6を投下!」などである。特にスロットに関しては激しく、勝ちやすい高設定台の存在を臭わせるイベントが多数存在していた。

イベントの開催が簡単に集客に繋がるっていうことで、末期にもなると、毎日何かしらのイベントが開催されている状況となり、イベントを多発する店ほどクソな店といわれるようになり本物のイベントを打つ店だとか、強いイベント、という概念が生まれるようになる。

そういったイベントがむやみに射幸心を煽り、人々をギャンブルへと誘っていくので良くないという風潮が高まり、イベントおよびそれをアナウンスすることを規制する決まりごとができた。

大々 的にイベントを打てなくなった店舗側はどうしたか。一部の店舗は芸能人やパチンコライターなんかを店に呼んでトークさせたり実戦させたりすることで集客を 図った。けれども、これらのイベントは本質的な部分ではパチンコの勝敗に直結するわけではないので、あまり客を煽ることができない。

そ んな中で多くの店が採用している手法の一つが「ほのかに匂わせる」である。つまり、今日は○○の機種が熱いですよ、イベントですよ、と大々的に言うと規制 にひっかかるので、遠まわしに言うのである。例えば熱い機種がピエロをモチーフにした機種であるならば、やけに文章の前後にピエロのイラストが配置されて いたり、唐突にサッカーのデルピエロの話をしたり、といった具合である。

これらは、店から毎日やってくるメール やホームページ、ブログなんかに掲載されていることが多く、高設定な台を狙う猛者どもは、これらをくまなくチェックし、ああでもない、こうでもないと推測 して狙い台や機種を絞るのだ。それが凄いことなのか滑稽なことなのかは誰にも分からない。

「分かりやすく書いてくれる店もあれば難解に書いてくる店もある。それらを潜り抜けて高設定台を看破したときはそりゃもう快感なんだ」

パチンコ屋で知り合ったクマさんはそう言った。そういうものらしい。どうやらこのクマさん、少し話した印象では、完全に店からのほのめかしメールを解読することに命を賭けてるらしく、行きつけの店30店ほどのメール会員になっているらしい。

多くの店が深夜に次の日のメールを送ってくるのでスマホが一晩中鳴り響き、朝起きたら充電がなくなってる、なんてこともしばしばあるようだ。

「特にこの店のメールは難解だ」

そういって見せてもらったスマホの画面には

「毎日寒い日がつずきますね!店長のゴリさんです!月の初めは……」

と表示されていた。なんてことはない普通の文面だ。店長のゴリさんの挨拶文だろう。

「普通の挨拶じゃないですか」

「そ う思うだろう。でもな、これは「つずき」の部分が誤字だ。つまり「つづき」と間違えてる。意図的にな。「つ」が「す」になる。その後の「月の初め」という 文面ももう中旬なのにおかしい、これは「つ」が「す」になる法則から「好きの初め」、つまり店長のヤツが一番好きな機種、これは過去のブログからモンス ターハンターが好きだと言っているので、モンスターハンター月下雷鳴が正解だ」

「は、はあ」

「ここの店長は狂ってるよ」

アンタも結構狂ってんで、と思うのだけど言わなかった。だいたい、それが正解だったかすら分からない。

こうやって多くの人々は店からのメールや店長のブログ、ツイッターなどをくまなくチェックしている。そんな折、事件は起こった。

「今夜 12時 店長ブログにて重大発表!」

か まいたちの夜みたいな思わせぶりなメールが店から届いたのである。おそらく常連たちは色めき立った。同時に動揺も広がった。この店がここまでダイレクトに 客を煽っているのだ、それはかつてない強いイベントの到来を予感させるものだった。すぐにクマさんからLINEが届いた。

「もしかしたら全6かもしれん。とにかく12時になったらブログをチェックだ」

全6とは、全ての機種が最も出る設定になっているという、スロッター憧れのお祭り状態だ。完全にココロオドル。

12時。僕は店長ブログに注視した。おそらくクマさんも注視した。脆弱なサーバーにアクセスが集中しているのか、少し読み込みが遅くなった。いよいよ衝撃の重大発表が表示される。それは僕らの度肝を抜く衝撃的なものだった。

「店長ゴリさん、このたび父親になりました!」

か わいらしい赤子の写真。一瞬なにが起こったのか理解できなかった。赤ちゃんとかを連想させる機種はあったか?山佐のタイムクロスに赤ちゃん出てなかったっ け?でもそんな古い機種あるわけねえだろ。様々な思いが交錯する。その間にも続々と店長から続報がアップロードされていく。

「名前はいろいろ考えていますが。今流行のキラキラネームはやめようかなって思います(笑)」

「できれば思いやりのある子に育って欲しいかなあ~」

「大きくなったら剣道か柔道は習わせたいッス!俺が途中でやめちゃって後悔したんで。才能はあると思うッス」

ここまで読んでみんな普通に気づいたんですよ。ああ、これはイベント示唆でも何でもない。単にプライベートな吐露なんだと。子供が生まれたんだと。

こ こからは憶測の域を出ないんですけど、たぶん店長のゴリさん、勘違いしちゃったんだと思うんですよ。自分のツイッターやブログを多くの人がフォローしてく れてその言葉、その行動、一挙手一投足に注目してくれた。でもそれは単に高設定の台が知りたかっただけで、別に誰もゴリさんには興味はなかった。そこに決 定的なすれ違いが生まれてしまった。

みんな俺のツイッターに沢山コメントくれるしブログも見てくれる。そんな俺が父親になったのだ、これは大発表しなくてはならない。「今夜 12時 店長ブログにて重大発表!」に繋がったのだ。しかし、受け手はみんな高設定の示唆だと思ってしまった。

け れどもね、みんな大人ですよ。さすがに大人ですよ。スロットに夢中なクズであることに違いはないんですけど、みんな「はあ?」「高設定台の事かけよ」と思 いつつも、何人かがブログのコメント欄に「おめでとうございます」「立派な父親になってください」「かわいい赤ちゃんですね」ってニュアンスのこと書いて んの。みんな粋がるってんじゃねえよ、高設定台のこと書けって思いつつも、グッと堪えて祝福してるの。その心の葛藤を思って涙が止まらなかったね。

そこにねクマさんが書き込んだんですよ。満を持して、クマさんが書き込んだ。

「はあ、テメーのガキのことなんて知ったことか、はやく高設定台の機種教えろよ。これだけ煽ったんだから全6なんだろうな」

こんなクズみたことねー!

僕 はこのクマさんの一言が本当に衝撃で、とにかく驚いちゃって、こんな人でも生きていっている。許されて生きていってるんだ。同じ生きるならこう生きてみる のもいいのかもしれない。自分に正直に、自分のことだけを考えて。間違いなくこの一言が僕の人生を変えたといっても過言ではない。

「後悔するよりも、同じ失敗を繰り返さないこと」

「自分の気持ちよりも大切なこと」

「あなたの体がある場所に、魂を込めなさい」

こんな綺麗な言葉よりも、その後のクマさんの言葉のほうが素晴らしい。

「後悔するよりも同じ失敗を繰り返さないこと。狙った機種はとにかく狙え」

「自分の気持ちより大切なこと。それは設定。好きな台より設定のある台」

「俺がいく機種に 設定を込めなさい」

僕もこんなクズになりたい。