心が叫びたがってるんだ

それは一通のメールから始まった。

「こんにちは。わたしのこと覚えていますか?」

今やスマホではLINEとGmailを使うことが主流となり、全く使わなくなったキャリアメールにそれは届いた。

「ごめんなさい。申し訳ありません、覚えておりません。どなたでしょうか?」

即座に返信した。

キャリアメールでメールを書くのは本当に久しぶりだ。改めて全く使わなくなったことを実感した。あらゆる記憶を総動員してもこのアドレスには見覚えがない。もしかしたら誰か少し疎遠になった知り合いがアドレス変更などを経て連絡をしてきたのかもしれない。

返事はすぐにやってきた。あまり聞くことがなくなっていたキャリアメール独自に設定した着信音が鳴り響く。この音はあまりに懐かしい。

「覚えてないのも無理ないかもですね。数年前に一度、約束したんですが……」

数年前……?

それはおかしい。僕は1年ほど前にキャッシュバックに釣られて携帯電話会社を変更している。つまりGmailやLINEは変わっていないが、キャリアメールはアドレスが変わっている。数年ぶりです、とメールが来る可能性は皆無だ。完全に怪しい。

「あー、もしかしたら覚えてるかも。ところでどんな要件でしょうか」

本当にアドレスを変えた知り合いである可能性もまだ捨てきれないので、覚えているはずがない!そもそも知り合いじゃないだろ!と断罪するのも危険です。とりあえず丁寧に対応します。

「以前、援助で約束した、マリアと申します」

と相手は途方もないことをおっしゃるじゃないですか。おいおい、以前の俺は援助の約束したのか。この援助って絶対に、政府がよその国に援助するってのとは訳が違いますよ。首相が途上国に援助を約束、とは訳が違いますよ。

完全に肉体と金銭をやりとりする援助いわゆる援助交際ってやつです。そんな約束をするはずないというか、そもそもこのアドレスをそんなに長いこと使っていないのでありえなく、完全に詐欺の部類なんでしょうけど、適当に話を合わせます。

「あー、したかも!どんな約束だったっけ?」

とりあえず情報を聞き出さないといけない。

「Fで2.0 ゴム有りホ別3 ゴムなしホ別5という約束でした」

な にやら暗号めいた、今にもトラトラトラとか言い出しそうな文言が送られてきます。Fと示されたものがフェラを表していてフェラで2万、ゴム有りのおセック スで3万、ゴムなしで5万、いずれもホテル代は別途払ってね、ということのようです。おいおい、ずいぶんと高額だな。相場がどんなものか知らないけど、こ んな高額で約束するなんて過去の俺、裕福だったんだな。

「あー、そんな約束だったっけかな?でもさ、なんか高くない?」

ちょっと揺さぶりをかけてみると、

「でも、前はこれで約束したんです。前の時は私が急に怖くなっちゃって約束の場所に行けなかったんですけど、あの時はごめんなさい。でも今回は大丈夫なんで。踏ん切りがつきました」

これ完全に詐欺ですよね。人の記憶がないのをいいことに絨毯爆撃で過去に約束したってメールを送りまくる。適当にアドレスを打ち込んで送りまくったりしているのかもしれません。で、高額な金額で約束したことにして再度援助の話を持ちかける形で交渉する。

お そらく、この後は、何らかの理由をつけて前金を要求したりしてくるはずです。実際にはマリアなんて存在していなくて、男がメールを書いている可能性が大で すので、会うわけにはいきません。おセックスはもちろんできないし、会って金を持ち逃げも無理ですから、かならず事前に金を要求してくるはずです。

「で も、踏ん切りがついたといってもまだちょっと怖い部分もあって。マリア、臆病で本当に嫌なんですけど、自分のこと嫌いになりそうなんですけど、できたら前 金で貰いたいです。本当にごめんなさい。前金で受け取ってしまったらもう逃げられないので勇気が出て、待ち合わせ場所に行けると思うんです」

なるほど、なかなかのシナリオだ。以前にも約束したけど実現できなかったというストーリーにも合致する。なかなか考えてきたな。

こ ういった詐欺は実は今となってはなかなか貴重でしてね、大切に育んでいく必要があるんです。一昔前ならまだしも、現代では詐欺をする側も組織的になってき て効率的にマニュアル化されてますから、誘引するメールを大量に送ってあとは放置、なにかリアクションしてくる奴がいたとしても放置、相手にしない。こん なのばかりです。そんなの相手にして引っ掛けるなんて面倒なことするより、何もしなくとも引っかかってくるやつを待つほうが効率的なんです。

な ので、多くの出会い系にまつわる詐欺なんかは、最初の1通目で勝負をかけてきます。誘引する詐欺サイトのアドレスから何から扇情的なメッセージまで全て記 載して送ってくる。返信しても反応すらない、ある意味オートメーション化された詐欺が大部分を占めているのです。それだけにこういった対話を重視した詐欺 はなかなか貴重です。

そこで一つの思いが僕の中に浮かびました。最近の詐欺は面倒そうな相手は端から相手にしな い。でもこの相手は今時珍しく相手をしてくれる。ならば徹底的に面倒くさい感じで、それこそ嘘しか言わない詐欺師側のあらゆる嘘を封じたらどうなるか。一 体全体どこまで相手をしてくれるのか。

金の魅力と面倒臭さの狭間で揺れ動く詐欺師の心理、それが見たい。

こうして僕とマリアの熱い戦いの火蓋が切って落とされることとなったのだった。

 

奥まで餌を食いつかせろ!

マ リア側の心理に立った場合、こいつうざいなー、めんどうだなーと思いつつも相手をしてくれるには何が必要だろうか。そう、こいつは金を出すという確信であ る。詐欺を働くほどの人間だ、金は大好きに決まっている。ポイントは、金が余っていて騙されやすい人間だ。そういった人間を相手にしていると思い込ませて 餌に食らいつかせる。

「前払いね、まあ、条件が合えばオッケーだよ。で、いつ会うことにする?ちょっとすぐには難しいかもしれないんだよね。今はドルとランドの動きが激しくてね。気合入れて注視していないといけなくてさ。億の金が動くから慎重だよ」

FXで億の金を動かしている感じを絶妙に匂わせます。なんだよ、ドルとランドの動きに注視って。見たことすらねえわ。

「すごいですねー、そういった関係のお仕事なんですか?」

ほら食いついてきた。ついでに、騙されやすい感じも演出します。

「い や違うんだけど、趣味で始めたFXが爆益でさ、それもこれも知人の吉田さんから購入した幸運の壺のおかげ。値段はまあまあしたけど、購入してからというも のFXでは負け知らず、肩こりも解消して、気になる職場の女の子とのデートまで、ほんと、この壺のおかげですよ(笑)もう一個購入を検討してるくらいです (笑)」

なんかどっちが詐欺なのかわからなくなってきましたが、これでバッチリでしょう。金が有り余っていて騙されやすい人、と印象づけることができました。これでちょっとやそっとじゃ逃げない。うざいこと言いまくるぞ。

 

前払いの壁を突破せよ!

前払い。

詐欺行為においてこの障壁は思いのほか高い。事前に支払いをさせてあとは待ち合わせに現れず音信不通になる、もっとも理想的な形だが、騙される方もバカじゃない。生半可な理由では逃げられるとわかっているのに先に支払うやつはいない。

騙 す側もあの手この手で先払いさせる理由を考える。最も多いものが「以前に騙されたことがあるから信用するため先に払ってね」である。以前に体の関係に及ん だが約束の金が払われず逃げられた、もう信じられない、だから先に払ってねである。みずから「騙された」とカミングアウトする人間がよもや騙す側にはなら ないだろう、という心理もついているテクニックだ。

それでもこの理由は弱い。騙しはしない。なんなら会ってすぐ 金を渡すからと言われると弱いのだ。あくまでも会わずに金を払わせたいケースにおいてはほとんど効力を発揮しない。その点では、今回のマリアの「臆病で踏 ん切りがつかない。お金を受け取ってしまったらもう逃げられないから」はなかなか考えられている。まずはこの辺を切り崩してみる。

「前払いの話なんだけど、お金を受け取ったら踏ん切りがつくって話なんだけど、それってどういう意味?例えば振り込みか何かでお金払って受け取ってもらうじゃん。それでも踏ん切りつかなかったらどうすんの?こないの?金はどうなるの?俺ちょっとそのへん心配なんだけど」

まずはジャブ程度に。

「もし怖くて行けなくなったらお金お返しします」

まあ、こう言うしかないですよね。

「でもさ、返すって言ってもどうやって返すの?だって怖くて会いに行けないわけでしょ、ってことは手渡しも無理だ。じゃあ振り込みなりなんなりで返すわけだ。でもそれって、俺の振込口座とか教えないとダメでしょ。そこまでするのはさすがにちょっと嫌だよ」

まあ、僕がマリア側だったら、あ、この人面倒くさい人だ、やめとこう、ってこの時点でなるんですけど、マリアはばっちり餌をくわえ込んでますから返信を返してきます。

「絶対に逃げません、信じてください」

そうなると理論が崩壊するんですよね。

「じゃあ、先に払う必要もないね。だって、絶対に来るんだもん。踏ん切りをつけるお金があろうとなかろうと来るってことでしょ。それなら会ってから渡すでよくない?」

うわー、俺、うぜー。

「でも、それは……」

マリアは詐欺ですから会うってことは絶対にできません。絶対に先に金を受け取らねばならないのです。ですから次の手を打ってきます。

「言い出しづらくて隠していたんですけど、本当はすぐにお金が必要なんです。ですから先に渡してもらって、それから会う形でお願いしたいんですけど」

そらきた。まあ、そう言ってくれた方がまだ理由としては理解できる。

「うんうん。先にお金を渡すのはは全然構わないんだけどさ、やっぱり正直に話して欲しいわけよ。これから会うんだからお互いに信用したいじゃん。で、お金がすぐに必要なんだね。理由によってはすぐに渡せるよ。どんな理由ですぐに必要なのか話して」

「実は、私のペットが急病で、すぐにでも病院に連れて行かないと死んじゃうの。でもお金なくて……」

それは大変だ!メールをしてる場合じゃないんじゃない!?と思うのだけど適当に返信します。

「それは大変だ。親とか兄弟は頼れないの?」

まあ答えは決まってますよね。

「親も兄弟もいない。私とペットしかいないから。どうしても助けてあげたい!」

まるで僕が払わないことでペットが死ぬみたいな感じで攻め込んできます。

「大変だね、じゃあ振り込むよ。振込先教えて」

まあどうせ振込先なんて教えてこないだろうと予測てして送信しました。ちょっと前は架空口座とか用意する詐欺師もいたようなんですが、最近はなかなか厳しいらしく、口座を使ってくることはあまりありません。案の定、

「できればTunesカードで欲しい。カードをコンビニとかで買ってもらって、そのコードを教えて欲しい」

ほらきましたよ。これなら口座いらないですからね。でも、ここで大激怒ですよ。

「テメーはペットを病院に連れていくために金が欲しいんだろうが、テメーが行く動物病院はiTunesカードで支払いできるんか!」

たぶん、現金化する手段はあるんでしょうけど、ペットの生命がかかるほど切羽詰ってる人がとる行動ではない。まあ、この辺でゲームセットかなって思ったんですけど、それでもマリア、返事を返してくるじゃないですか。なかなか根性ある。

「ごめんなさい、ペットは嘘です。でも、本当に今すぐお金が必要なんです」

この根性はなかなかすごい。


会う前にiTunesカードが必要である驚愕の理由

「だからさ、嘘はやめてよ。納得のいく理由があるなら払うからさ、おしえてよ。言っておくけど前に騙されたから信用のためにとか言わないでよ。ついでに、どうしてもiTunesカードのコードが必要な理由もね。現金じゃなくてコードが必要な理由」

うわー、俺、うぜー。めんどくせー。

た ぶん、口座が用意できないんでコードが必要なんでしょうけど、それをカミングアウトすることはできません。詐欺だと自白するようなものですから。じゃあど うやって納得のいく理由を作り出してくるか、現金ではなくiTunesカードの理由、それも先に貰わないといけない理由。相手がどんな嘘を考えてくるか興 味津々です。しばらくすると送られてきました。

「実は、わたし」

なんか言いにくいのか、小分けにしてメッセージを送ってきます。

「やっぱり会ってエッチなことするわけですよね」

「そういうのってそれなりにエッチな気分にならないといけないじゃないですか、私も」

うんうん。そうだね。確かにそうだ。でも、ここからiTunesカードに繋げるの至難の業じゃないか。どうやってもっていくんだ。

「その、あの、わたし」

「こういうの言うとすごく恥ずかしいんですけど」

なんだよ、早く言えよ。

iTunesコードを見ないと興奮してこないんです」

は?

iTunesコードフェチなんです。あのコードを見ていないと興奮してこないんです」

なんだそりゃって思うんですけど、それがお前の精一杯かと思うと悲しくなってきます。とりあえず、おらよ、って感じでネットから適当に拾った使用済みのコードの画像を送ります。

「不思議ですよね。未使用のやつじゃないと興奮しない」

そりゃ俺も不思議だわ。ないわー確実にないわー、ほーらiTunesカードだぞー、きゃあああああ興奮しちゃう!それも5000円分!いくぅーーーいぐぅー!!!!!しかも未使用!ブシャービババババババババ!あほか。

 

LINEに誘引せよ

「な るほど、なんかiTunesカードのコード見ないと興奮しないってわかるかも。人の性癖はそれぞれだもんね。俺も部活みたいに山田高校ファイトー!みたい な声出ししないと興奮しないし。とりあえず、コード送るのはやぶさかではないんだけどさ、その前にLINEでやりとりしない?」

全然理解できなくて、例え話すら異次元でなんだよ部活の声出しってって自分でも思うんですけど、とりあえずLINEに誘います。

「LINEですか?」

「メールだと面倒だしさ。LINEの方がサクサクやり取りできるんでiTunesカードのコードも送りやすい」

今は相手のメールアドレスしかわからない状況です。少しでも相手の情報が多い方が良いのは間違いありません。まあ、名前を偽るのは簡単ですが、例えばLINEのアイコンのチョイスの仕方で本当に女なのかある程度予想できます。

「LINEも教えられないようじゃ信用できない。そんな相手にiTunesカード送れない。LINEすら教えられない相手に会うつもりなんてないってことでしょ。それって詐欺じゃん。それだったらもう別にいいよ」

ここは少し引いいておきましょう。なあに、すぐに食いついてきますよ。

「わかりました。LINEでしましょう」

「オッケー、俺のIDはXXXXXXXだから」

しばらく間があります。まさかLINEに誘引されると思ってなくて、今頃アカウントの名前変えたり、アイコンを女っぽくしてるのかな、と想像しながら待っていると、ペコンとLINEの通知音がなりました。

「こんにちは、メールのマリアです。これで合ってますか?」

お、きたきたと思いつつもアカウント名見るじゃないですか。

「○川 陽介」

ヨウスケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!

テメー陽介じゃねえか!なんかアイコンもムキムキした太ももの写真だしよ。もっとこう、マリアって名前にしてアイコンもミッフィーとかサマンサダバサとかにしてこいよ。

「てめー男じゃねえか!何がマリアだ!検索したらテメー北関東の陸上大会で7位に入賞してるじゃねえか。やるじゃねえか。なんだ、そのアイコンは。陸上で鍛えたご自慢の太ももか?」

っていうか、男でも自分の太ももをアイコンにしてるのはちょっとどうかと思う。ここで終わりと思いきや、陽介、すげえ根性あるのな。まだ返事を返してくるの。そこまで根性あるならちゃんとLINEも偽装してこいよ。

「すいません。弟のスマホからやってます。私の携帯止められちゃったんで」

なるほどなるほど。そうきたか。

「さっきペットのとこで親も兄弟もいないって言ってたじゃねえか。弟がニョキニョキ生えてきたか」

「いえ、存在を隠してました。ちゃんと姉と僕の二人です」

存在を隠す意味が全然わからないんだけど、なんか、姉と僕とか言っちゃってますからね。完全に陽介視点になってる。もっとちゃんとしようぜ、姉が陽介のスマホ借りてやってる設定だろ。


お前がいい

それにしてもまだ諦めないとは見上げた根性です。陸上やってただけあってなかなか根性ある。そういうやつ嫌いじゃない。

「でさ、陽介。お姉ちゃんは5万円払えって言ってるんだけどさ、陽介から見て姉ちゃんは5万の価値あると思う?」

「あると思いますよ。俺が言うのもなんですが、美人だしおっぱいも大きい」

なんの疑いもなく陽介が喋っとる。

「でもなー5万ってプレステ4より高いわけよ。プレステ4はすごいよ。ゲームだけじゃなくトルネでテレビ録画もできるし、ブルーレイも見れる。それ以上ってなかなかすごいことだよ」

「絶対にプレステ4よりすごいですよ。だからぜひ、前払いでコードを教えてください。姉は必ず行かせますんで。本人もノリノリですよ」

ど ちらも言及してないのに極めてナチュラルに陽介が交渉して姉を行かせるみたいなことになってるのが面白い。さらに姉ちゃんはプレステ4よりすごいってのも よく考えたらすげーシュールだ。ホント、こいつの根性はすごい。脱帽ものだ。普通ならここまでで4回は騙すことを諦めてるはず。敵ながらアッパレと言う他 ない。

たぶんきっと、これでも陽介は逃げずに根性見せてくれるはず。僕は最後の試練に乗り出した。

「陽介はすごいお姉さん思いなんだね、いいな、そういうの」

「そうっすか?」

「すごいと思うよ。お姉さんのために。ぜひ協力してあげたい。先払いでiTunesカードのコード送ってあげたい」

「おねがいします」

陽介もちょっとノリノリになってきた。コードもらえると思ったのだろうか。

「でもだめだ。君のお姉さんを抱くことはできない」

「え!?どうしてですか?」

「お姉さん思いの陽介を見てたら、その、あれだ」

「なんですか?」

動揺を隠せない様子の陽介。一気に畳み掛ける。

「お前のことが好きになった。お前を抱きたい。ダメかな?お前でいい。いや、お前がいい」

「え?え?俺男っすよ。おまけにデブっすよ」

陽介、完全に錯乱状態。っていうかデブなのかよ。

「その太もものアイコン最高、ゾワゾワきちゃうわ」

(平○ 陽介が退出しました。)

うひょー、逃げたー!さすが陸上やってただけあって逃げ足はえーなー。

 

結論

こういった根性のある詐欺でも男であることをカミングアウトさせ、お前を抱きたいと言うと逃げる。