愛の才能

僕だって誰かに頼られると嬉しい。それは人間の本質じゃないかと思う。誰かに必要となれないよりは必要とされたい。誰かの役に立って喜ばれることは自分にとってもなかなか嬉しいことなのだ。

僕は基本的に職場で嫌われていて、ハワイ帰りの女子社員が拷問のように甘いチョコを配り出したとしても、極めてナチュラルに僕だけ配布されないという、基本的に僕に対する女子社員の対応は火垂るの墓の西宮のおばさんに近い。

それくらい嫌われている僕なのだけど、意外や意外、結構役に立つことがある。それが文章の添削だ。

結 構長いことワールドワイドウェブに文章も書いていることもあってか、対外的に出す手紙や文章の添削をすることが多い。添削してもらうと読みやすく分かりや すくなるとなかなか評判だ。こんなクソみたいな文章を書いていても役に立つことがあるのだから、世の中わからないものである。

ビジネス文章はもちろんのこと、お礼の手紙、結構偉い人がどこかに送る文章など様々な種類の文章を添削してきて、力不足ながらもそれなりに対応してきたが、ちょっと突拍子のない種類の依頼が舞い込んできて困惑した。それがラブレターの添削である。

今時、ラブレターって思うかもしれない。最近はLINEとかの短絡的コミュニケーションが主流で、「セックス」「おk」といった塩梅である。自分の思いを手紙にしたためる場面はあまりないように思う。

残業をしていると、ハワイ土産のクソ甘いチョコを僕にだけ頒布しなかった職場のブスがやおら近づいてきて言った。

「チョコをあげたいんですよ。ちょっと相談に乗ってくれませんか?」

おいおいー。俺にバレンタインチョコ?まいったなーとか思うんですけど、普通に考えてそうではありませんよね。ハワイ土産のクソ甘いチョコをお僕にだけ渡さなかったんですよ。それすらないのにバレンタインにハート型のチョコを渡してくるとは思えません。

「チョコを渡すときに恥ずかしいから直接は渡したくないんですね。でも、それだと思いが伝わらない。だから中に手紙を入れようと思うんですけど、その文面が上手くいかない」

な るほど。そういったことか。昔はチョコを渡せばそれ即ち告白みたいなイメージはあったが、最近では義理だとか友情だとか同僚だか、愛の告白以外でチョコを 配ることも多い。そうなると、きちんと告白であると表明してチョコを配る必要が出てくるのだ。なんとも、本末転倒の例文になりそうな話ではある。

し かしながら、ラブレターの文面の添削。出来るかどうかわからない。なにせ書いたことがほとんどないどころか、もらったことすらない。完全に空想上の事象 だ。経験したこともないことを指導・修正するなど、童貞がセックスの教祖的なポジションでレクチャーするようなものである。必ずボロが出る。まずお尻の穴 に入れてとか言い出しかねない。

「誰か別の人に頼んだほうがいいんじゃない?僕は恋愛とかそういうのは書いたことないから」

川本真琴っぽく愛の、才能、ないのぅ、って言おうと思ったんですけど、そんなに親しくない人なんでやめておきました。

「男心からみて響くラブレターにしたい。でも他の男性には頼めない。恥ずかしいから」

と言うじゃありませんか。じゃあなんで僕だと恥ずかしくないのか徹底的に問い詰めて行こうかとも思ったのですが、まあ戦力外ってことでしょうね。

「じゃあ、慣れてないからいいものができるとは保証できないけどやってみるよ。男心を掴むラブレターね」

「ありがとうございます!どんなものになっても構いません。おねがいします。これが私が書いたやつです」

そう言って差し出された小さな紙には数行の文書が書かれていた。

バレンタインのチョコです。

いつも仕事でサポートしてくれてありがとう

これは私からの気持ちです。

突然で驚いたかもしれないけど本命チョコです

一生懸命作りました。

しっかり味わって食べてね

               みわこ

なるほど。短いけど気持ちが伝わってくるいい文章じゃないか。イメージとしてはチョコの中にチョコっと、あ、今上手いこと言ったね、とにかくチョコっと入っているメッセージだ、あまりに長文で紙が真っ黒になっていたら完全にサイコだ。文量的にはこれぐらいがちょうどいい。

も うこれ添削する必要ないじゃん。きちんと気持ち伝わってるし、それでいて、みわこさんのちょっと一人よがりな、例えばハワイ土産を一人にだけ配らない性格 の悪さも出ている。あえて添削するならば、最後の二行、作ったってとこと食べてねってとこは押し付けがましいので削除するか柔らかい表現に変える必要があ る。

けれどもね、そこでマカデミアンナッツみわこの言葉を思い出したのです。

「男心を掴む文章にして欲しい」

ようし、完全に男心を掴む文章にしてやろうじゃないか。やったろうじゃないか。

 

ミステリアスさを演出

なんだかんだいっても男はミステリアスな存在が好きである。UFO、UMA、超常現象、幽霊、これらが嫌いな男はいない。みんなミステリアスな、この世の科学で解明できないものが好きなのだ。

街 を歩く女性でも、例えば美女が歩いていてその容姿に心惹かれたとする。けれども本質的に容姿という要素に惹かれている割合はそんなに多くなく、本当はその 美女が持つミステリアスさに夢中になっているのだ。あの美女はどんな性格でどんな体で、どんな声をしているのだろうか。仕事はなんだろうか。まだ見ぬ部分 を連想して心を弾ませる。

そういった意味では、彼女の例文はあまりにミステリー部分、不可解な部分が足りない。全てを曝け出し過ぎで読んでいてドキドキもワクワクも足りない。ミステリー要素を付け足す必要がある。

さあて、チョコのような包み紙ですが、果たして本当にチョコでしょうか?

いつも仕事でサポートしてくれてありがとう

これは私からの気持ちです。

突然で驚いたかもしれないけど本命チョコです

一生懸命作りました。

しっかり味わって食べてね

みわこ

グッと良くなった。まさか毒でも入っているんじゃと不安になってくる。ドキドキしてくる。恋にはドキドキが必要ですからね。


怖さを足す

男はなんだかんだ言ってホラーが好きである。それもジワジワとくる怖さよりも、衝撃的な、スパッとくる怖さが好きである。そういった観点ではこの文章は恐怖が足りない。その辺を足してみる。

バレンタインのチョコです。

いつも仕事でサポートしてくれてありがとう

これは私からの気持ちです。

突然で驚いたかもしれないけど本命チョコです

一生懸命作りました。

しっかり味わって食べてね。お前を殺す。

みわこ

こえー、いま背筋がゾッとした!最後のセリフ怖すぎでしょー。


最後にいきなり真理に迫る

男は無駄なものを嫌う。全てに意味があることが望ましい。そういった観点では、たとえチョコに同封されている手紙といえども読んで良かったと思える「意味」が必要なのだ。得るものがない文章など文字の羅列に過ぎない。手紙の最後でこの世の真理に迫ってみる。

バレンタインのチョコです。

いつも仕事でサポートしてくれてありがとう

これは私からの気持ちです。

突然で驚いたかもしれないけど本命チョコです

一生懸命作りました。

しっかり味わって食べてね。すべての人はいずれ死ぬ。

みわこ

いいね、ぐっと良くなった。なんか深いこと言ってる感じになった。

 

翻訳→翻訳→翻訳

日本語→マレー語→日本語

それはバレンタインのチョコレートです。

いつも仕事でサポートされていただき、ありがとうございます

それはその私から感じです。

これは私のお気に入りのチョコレートは、突然のことで驚いされた可能性がありますされています

私たちは、一生懸命作りました。

私はしっかりと味を食べます

美和子

 

叙述トリックを使う

男はみんな叙述トリックが好きである。

バレンタインですね。

黒くて甘いものを送ります。

入手するのに苦労しました。

けれどもこれが私の気持ちです。

しっかり聞いてね

松崎しげる愛のメモリー                     

松崎しげる

バ レンタインの贈り物、甘くて黒い、と聞くと誰もがチョコを連想することを逆手にとったトリック。じつは松崎しげるの甘い歌声が入っているんだよ、甘くて黒 いじゃんと最後の一行で真実を暴露。すべてを塗り替える。包みに入っているCDをみて「チョコだと思ったのにそうきましたかー!」と読者に心地よい衝撃と 読後感を与える。

 

激アツ演出を入れる

激アツ演出が嫌いな男なんているの?

バレンタインのチョコです。「チャンスだぜ!」

いつも仕事でサポートしてくれてありがとう「ヴォンヴオン!」

これは私からの気持ちです。「ドンガッシャーン!(役物完成)」

突然で驚いたかもしれないけど本命チョコです「激アツですー!(プレミアボイス(赤エフェクト))」

一生懸命作りました。「俺たちの希望を取り戻せ!★★★★★」

しっかり味わって食べてね「プッシュボタンを押せ!(ドデカボタン)」

みわこジョジョーン「キリン柄カットイン」

 

次回予告風にする

もう一つの終局、もう一つの始まり

チョコの死は新たな命の誕生に過ぎないのか?

チョコの夢はやるせない虚脱と共に朽ちるのか?

チョコの希望は何も無い未来へと行き着くのか?

チョコの夢は繰り返す過去へと続くのか?

次回、バレンタイン劇場版 Death & Rebirth チョコ新生

溶け合うチョコは私を壊す

続きが気になる感じにする

バレンタインのチョコであったような、そうでもなかったような。記憶は定かではない。

「君はいつもそうだね」

教卓に腰掛けて彼女はそう言った。外には大きな雨が降っていって、ぬかるんだグラウンドの土をさらに液体へと近づけていた。

「私ね、もうすぐ死ぬの。だからもう花火は見れないんだ。この間の夏祭りが最後」

雨音が遠くなった。それはどこか非現実的で、僕ら二人を客観的に見つめるもうひとりの自分を作り出した感覚に近かった。

「そんなに悲しい顔しないでよ」

彼女は教卓からピョンと飛び降りると、今度は黒板の前に立った。こちらに背を向けながら、チョークやラーフルを弄っている。気のせいか、彼女の存在が薄くて、後ろ姿がまるで黒板にチョークで描かれたイラストのようだった。

「あの、俺、バレンタインの日……」

そこまで言いかけると、みわこは遮るようにこちらを振り返った。

「言わないで。わかってる。キミがバレンタインの日、園子といたこと知ってる。でも言わないで。だってそれだと悲しい思い出のままわたしあっちに行くことになっちゃうよ」

「で、でも……」

美和子はほとんど使われていない黄色のチョークを手に取り小さく言葉を書いた。

「バカ」

弱々しいその文字をみていると無性に悲しくなった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「バカヤロー!」

爺ちゃんの鉄拳が僕の頬に突き刺さった。

「バレンタインに花火をあげてえだって?もう、こちとら何年も先の予定を立てて花火作ってんだ。今だってオーストラリアであげる花火作ってる。それに料金どうするんだ、お前に払えるのか?」

「払えないよ。でも、どうしても花火を見せてやりたいんだ。一生かかってでもお金は返済する。だから頼むよじいちゃん。俺のせいなんだ。このままじゃ、あいつ、悲しいバレンタインの思い出をもったままになっちまう。それだけは」

「とにかく無理なもんは無理だ。諦めろ」

「じいちゃん……」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「ごめんね、バレンタインなのに呼び出しちゃって。美和子がどうしてもあなたに会いたいって」

「いいんですよお母さん」

随分泣いたのだろう。お母さんも目を真っ赤にしている。

「もうほとんど意識もないの。でも、あなたの名前だけはずっと言ってるのよ。会ってあげて」

「みわこ」

薄暗い殺風景な病室に横たわる美和子は、まるで生命のない人形のようだった。それが比喩でも何でもなく現実を表していることが悲しかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「みわこ、気がついたの!?意識が戻ったの!?大変!看護師さん呼んでくるわ!」

お母さんが足をもつれさせながら駆けていく。

「ごめんね、バレンタインなのに。無理やりお母さんが呼んだんでしょ」

「そんなことないよ」

少しの間、沈黙が流れた。重苦しい雰囲気が病室を包む。ドアの通気口から漏れてくる光だけが、かろうじて美和子の体の輪郭を指し示していた。

「もういいから、園子のところにいって。私は大丈夫だから」

「園子とは、別れたよ」

病室は暗闇に包まれていて、美和子の表情は見えなかった。きっと泣いているのだろうとなんとなく分かった。

「どうして?わたしのせい?」

「そんなことないよ」

「わたしのせいだ。園子に謝らなきゃ。園子に謝らなきゃ。わたしのせいだ」

見えなくても分かった。美和子の顔は涙でグシャグシャだ。

「どうして私、こうなんだろう。どうして病気なの。わたし、死にたくないよ。もっと楽しいことしたかったよ。浴衣を着て夏祭りに行って、りんご飴食べて、花火を見て、それが特別じゃない、来年も当たり前にできるって考えながら楽しみたかったよ。どうして私なの」

取り乱す美和子をそっと抱き寄せた。思ったより細く、重量感のないその肩は小さく震えていた。僕らはただ寄り添うことしかできなかった。

ヒューーーー

ドーーーーン!

「え……!?」

「花火!?」

大きな花火が病室を照らした。涙でグシャグシャになった美和子の顔が照らされる。僕たちはキスをした。

ヒューーーー ドーーーーン!

次々と上がる花火。

「綺麗」

「じいちゃん……」

「わたし夏祭りの花火が最後だと思ってた。でも、最後だと思っていても最後じゃないことあるんだね。これからもそういうのあるかな」

「いっぱいあるよ」

大輪の華が夜空を焦がす。僕らはその度にキスをした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「せんぱーい、待ってくださいよ。もう歩くの早すぎ!」

「別に一緒に登校してるわけじゃないからな」

「もう、先輩の意地悪!」

美和子がいなくなって二年になる。じいちゃんはあれ以来、オーストラリアから仕事の依頼が来なくなったとぼやいていた。相変わらず俺は、いるはずのない美和子の影を追い求めていた。

「え……」

時と呼吸が止まる。

「どうしたんですか?先輩」

「今のバス……」

「ちょっと待ってください。そっちは学校じゃないです!」

走ってバスを追いかけた。今のバス。美和子が乗っていた。絶対にあれは美和子だ。

バスが停留所に停る。美和子と思わしき影が降りてくる。

「すいません!」

息を切らしながら話しかける。相手は不思議そうな表情をしていた。

「あの、いきなりで失礼なんですけど。その。キミがちょっと知ってた人に似てて」

「もしかして、山岸君?」

「え、なんで俺の名前を知って」

「やっときてくれたんだ」

走り出したバスは、排気ガスと、これから壮大な時間旅行をする俺たちだけを残していった。

「山岸君、一緒に過去の美和子を助けに行こう。あの花火の上がったバレンタインの夜に」

「え!?」

つづく

 

これら全部をアドバイスとして提出したんですけど、これ全部盛り込んだら手紙の紙が真っ黒になっちゃうよ、紙が真っ黒な板みたいになっちゃうよって言われて、それじゃあどっちがチョコかわかりませんなガハハハと言ったところで全部ボツにされた。愛の、才能、ないのぅ。