恋するメンマ大盛りネギラーメン

「すっごい美味いラーメン屋あるんっすよ」

おっさんを誘う時、これほど魅惑的な誘い文句があるだろうか。どんなに気乗りしない時も、どんなに嫌いな相手でも、この誘い文句には勝てやしない。こんな誘われ方をしたら絶対に断れやしない。

国道沿いに「最高級に美味いラーメン屋」と看板に掲げて中はネチャネチャの粘着糊みたいな床と壁にしておけば、よく脂の乗ったおっさんが20匹は捕まると思う。それくらいにおっさんはラーメン屋が好きだ。

職場の、ちょっとイケイケ風の同僚、こいつがエグザイルのサングラスの破片から生まれてきたようなイケイケなやつなんだけれども、僕とこいつは全然話が合わない。持って生まれてきたものが完全に違う。彼はいつも音楽フェスなのかなんなのよく分からない会話をしていて、京都プロポーズ大作戦?みたいな話しを熱く語ってくれるのだけど、僕の会話の引き出しは、先日購入した快楽天の巻頭カラーが抜けなかった、くらいしかないのでそもそも会話にならない。

彼がフェスで女の子をナンパしたという武勇伝を語れば、僕はコンビニ快楽天を買ったら店員さんが気を利かして紙袋に入れてくれた、と語り、彼がフェスで知り合った女子たちと未だに仲良くしている、今日は飲み会、という自慢をすれば、僕はその快楽天をいれる時に紙袋が引っかかってなかなか入らなくて、けっこう高い位で辱められた、くらいの話題しかない。快楽天はとても良いエロ本なのだけど、やはり会話の引き出しとしては情けない。

そんな話の合わない彼がお昼を一緒に食べに行こうみたいに誘ってくる時は、どうせよく分からないパー券を買わされるとか、奢り目当てとか、早い話金づるで、完全に怯え切った小動物のように警戒していたのだけど、やはりラーメン屋の魅力には勝てない。美味いラーメン屋ときいたらもうケロッグもう我慢できない。快諾し、全く噛み合わない会話をしつつ、問題のラーメン屋へと歩いた。

「へいらしゃあああああああああいいいいいいい!」

入店すると、とにかく威勢が良い。これがもう、お、威勢がいいね、って感じではなく、なんかやりすぎなんじゃないかって思うほどの威勢の良さなのだ。もはや絶叫に近い。

「うえええええええええええええ!ごらいてえええええんん!!!」

一人の絶叫に応じる様に他の店員も絶叫する。とんでもない威勢の良さである。とにかくうるさい。こいつら、客が来るたびにこんなちょっとしたリオのカーニバルみたいになってるのか。

食券販売機でネギラーメンの食券を購入するのだけど、販売機の横には更生したエグザイルみたいな店員が仁王立ちでたっていて、何のボタンを押したかを監視していて

「ねぎらあああああああああああああめええええええええええええええん」

「うぃいいいいいいいいいべぎーーーーーらーめん」

「おらしゃああああああああああ!」

店員全てが絶対に安いシャブやってるわってレベルのトランス状態で、とにかくうるさい。っていうかラーメンにもシャブ入ってるんじゃないか。そんな不安が沸き上がってくる。

「麺の硬さどういたしやしょ!おらしゃ!」

みたいに更生したエグザイルが訊ねてくる。

「あ、硬めでおねが「おらしゃああああああああああああああ「はんちゃああああああああああああはあああああああああああああああああああああああああんんんんんんんん」

うるさくて麺の硬さが聞こえなかったみたいで

「もう一回いいっすか?」

とか再度きかれた。うるさすぎてオーダー聞き取れないって本末転倒じゃないか。もうちょっと声のトーン落とせよ。

とにかくとんでもない威勢の良さというか、この店員たちに写真撮らせてくださいっていったら絶対に腕組みしてズラッと並ぶわって思いつつ、

「すごい威勢の良さだね」

って同僚に言うと

「そうなんっすよ、こんなん絶対に美味いっすわ」

とのこと。どうやら、美味いラーメンの雰囲気作りという側面もあるようだ。威勢の良い店員がなんか格言っぽいもの書いてある黒Tシャツ着てオラシャ言ってれば、結構美味いかもって思ってしまうのかもしれない。

ただ、この店は完全に頭おかしくて、客の言ったセリフをシャブ打ちまくったオウムみたいに繰り返す傾向にあり

「おひやあああああああああああああああああああ」「おらしゃああああああ!」

「りょうしゅうしょおおおおおおおおおおおおおおお」「おらしゃああああ!」

「券売機10円釣り切れええええええええええええええええ」「おらしゃあああああ!」

という始末。頭のサイドギャザーぶっ壊れてるんじゃねえか。脳みそ駄々漏れじゃねえか。最後の釣り切れなんか黙って補充しとけよ、って思うのだけど、やはり雰囲気は大切なのだろう、同僚なんかはもうその威勢の良さにうっとりしてるくらいだった。

 そこで、ある疑問が湧き上がった。彼らは確かに威勢が良い。ラーメンの味は別に大したことなかったが、とにかく威勢が良い。じゃあ、威勢の良くない情けないセリフも威勢良く言ってくれるのだろうか。なんか情けないさセリフを威勢よく言う更生したエグザイルたち、その絵図をとにかく見てみたい。

そこで考えましたよ。ラーメン屋のメニューの中で、とにかく情けない単語、とにかく情けない単語、色々吟味した結果、これはもう、「メンマ」しかないと。メンマ好きの方や、メンマ農家の方には申し訳ないですけど、なんか語感がヘナヘナって感じじゃないですか。それにちょっと女性の方には申し訳ないですけど、その、あの、め、「メンス」に似てるじゃないですか。けっこう威勢よく言ったら情けないんじゃないかって思うんですよね。

もうここではネギラーメンをオーダーしてしまいましたので、メンマをオーダーすることはできません。同僚と適当に会話しつつ、毅然とパー券は断って職場へと戻りました。そして、仕事終わったあとに本屋に寄ってから再度、単身で問題のラーメン屋へと入店しました。

「へいらしゃああああああああああああああああああいいいいいいい!」

昼間以上のテンション。店内も客でごった返していて明らかにクライマックス。この人たち一日中このテンションってすごいな、と思いつつ券売機への前へといきます。そこではやはり更生したエグザイルみたいなのが目を光らせて券売機を見張っています。

ここでちょっとしたコツなんですけどここで「メンマ大盛りネギラーメン」の券を購入しては、そのようにオーダーされてオラシャされてしまうので得策ではありません。あくまで「メンマ」単独でオラシャされたい。そこでまずは普通にネギラーメンの券を購入するんです。で、急にメンマを欲したみたいな顔、そうですね、群馬に行った清原みたいな顔してですね、トッピングの「メンマ」券を買うんです。そしたら絶対にメンマオラシャされて情けないことになりますよ。

「ねぎらあああああああああああああめええええええええええええええん」

「おらしゃああああああああああ!ねぎいいいいいらああああああめえええええええ」

きたきた。ここでクルッと踵を返して、ちょっと「あ、メンマ食いたい」と呟くのも忘れずに、「メンマ」券を購入します。更生したエグザイルの眼光が光ります。くるぞ、くるぞ。

めんまあああああああああああああああああああああああ!ついかあああああああああ!」

「おらしゃああああああああああああ、めんまあああああああああああああ」

やだ、なんかカッコイイ。全然情けなくない。威勢良く言われると城門に帰ってきた兵団たちの勝どきのようでかっこいい。なんか「メンサ」(人口上位2%のIQを有する者が入会する天才集団)みたいでかっこいい。

彼たちは何を言っても勇ましく、威勢がよくてかっこいいのだ。情けない言葉なんて絶対に吐かない。ラーメンの味はイマイチだけど、その威勢の良さは尊敬に値する。メンマ大盛りネギラーメンを食し、店を後にする。彼らに情けない言葉を言わせることはできなかったのだ。

ふと、手に何も持っていないことに気が付く。しまった。来る途中本屋で買った本をラーメン屋に置き忘れてきた。急いで店に戻る。

「すいません、忘れ物しちゃって」

「忘れ物のおおおおおおおおおおおおお!おらしゃああああああああ!」

「うぃー」

ここでも彼らは威勢が良い。

「何をお忘れですか?」

「雑誌です」

「ざっしいいいいいいいいいいいいいいいいい!オラシャ!」

「確認のため、何の雑誌か教えてください」

快楽天です」

「快楽てええええええええんんんんん!おらしゃあああああ!」

あ、情けない単語でた。情けない単語でたよ。快楽天はどんなに威勢よく言っても結構情けないな。いいエロ本なんだけどな。彼らの情けないセリフが聞けたことに喜びつつ、店内のお客の視線に、自分が一番情けないことに気がついてしまった。

「またあのラーメン屋いきましょうよ」

エグザイルのサングラスの破片がお昼になる事に誘ってくる。

「いやちょっと、もういけないかな」

「なんでですか?」

さすがに快楽天とは言えず、ラーメンあまり好きじゃないとかお茶を濁して断ることしかできなかった。