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四畳半の戦場-2016-

繁華街から遠く離れた住宅街の一角に朽ち果てた看板が立っている。錆び付いたその看板からは物寂しさすら感じる。我々取材班は、その看板を毎月訪れる男に注目した。小さな包み紙を手に看板の前に腰掛ける中年男性。褐色の肌に深い皺が刻まれている。少しだけを話を聞いてみた。

 

かつて戦場だった場所

我々の問いかけに対し、男性は深くため息をついた後に答えた。

「ここはかつて戦場だったんだ」

その表情から、我々が全くその事実を知らなかったことに対する深い失望が感じられた。

「ここが戦場だったんですか? そんなまさか」

平成生まれの取材アシスタントが我慢できずに訊ねた。

「ああ、戦場だった。ここで何人も死んだ。ちょうどあんたくらいのなあ、未来も希望も持った男たちが沢山死んでいったんだ」

汚い身なりに不似合いなほど男の眼光は鋭く、迫力に圧倒されたのかアシスタントはそのまま黙り込んでしまった。

「では、ここには戦友の弔いに?」

その問いに男からの返事はなかった。ただ、懐から出した古びたスキットルの蓋を開けると中の液体を口に含んだ。そして、口の端を小さく上げると私の方に差し出した。

認められたような気がした。私に心を許してくれたような気がした。中には強いウィスキーが入っていた。一口だけ口に含んで一気に飲み干す。喉が焼けるような思いがした。

「話してくれますね。何があったのか」

私の問い掛けに、男は少し斜めに頷いた。

 

軍旗を掲げよ!

「ここはなあ、今じゃこんなだが、かつては賑やかでな」

ゆっくりとしゃべりだす。またスキットルからウィスキーを口に含んだ。

かつては多くの人が集まる賑やかな市がここに設けられてたいたようだった。棚には人々が楽しめる音楽と娯楽の物語が並べられ、それを目当てに多くの人が訪れていた。老若男女、まんべんなく訪れ、週末などは行列ができるほどだった。

「そんな市にも軍旗で仕切られた一角があってな。ひとたび軍旗をくぐるとそこはもう、別世界だった」

「戦場があった、ということですか?」

我々の問い掛けに男はかなりの時間を置いて頷いた。

「ああ、四畳半の戦場だ」

あまりの迫力にアシスタントの足が震える。無理もない。私も怖くて逃げ出したいくらいだ。男は我々の表情を確認するように一瞥するとさらに続けた。

「あそこにはエロビデオを求めて多くの戦士がやってきたんだ。四畳半の戦場にな」

 

四畳半の戦場

スキットルの中身が空になったようだ。逆さに振って何もでないことを確認すると残念そうに懐にしまった。

「軍旗をくぐると、すでに若い兵士が何人もいやがるんだ。どいつもいつも「正義」てやつを信じててな、ギラギラとした目をしてやがるんだ、そう、ちょうどあんたみたいな目だ」

「ヒッ!」

アシスタントはさらに後退りをする。慌てて男を制した。

「まあまあ、あまりいじめないでやってください。で、その若い兵士たちは「戦友」というわけですか?」

男は逆の懐をまさぐる。何かを探しているようだ。

「バカいえ。戦友なんてそんな上等なもんじゃねえ。あの戦場には敵も味方もありゃしねえ。あるのは自分だけ。甘えも妥協も一切許されない世界がそこにあるんだ」

「なるほど」

「年上を敬う気持ちなんてこれっぽっちもありゃしねえ。俺が新作の棚で選ぼうとしてると、準新作の棚からすっとんできて早速「死のカーテン」よ」

死のカーテンとは、棚の前でエロビデオを選んでいる人の前に、さも自分も選んでいるかのようにして立ちふさがり妨害する行為である。戦場ではローキック並に基本の戦術として知れ渡っている。

「俺の前に立ちふさがったのはリトルジョンだった。鬼どもの棲む世界はこうでなくちゃいけねえ。老兵にも一切の手加減はなしだ」

男は嬉しそうに語った。

「なかなかいい死のカーテンだ。よっぽどいい上官に仕込まれたんだろうよ。けどな、ムーブの際に左肩が開く癖はいただけねえ。ほら、新作の氷高小夜が丸見えだぜ。なんのために死のカーテンをやってんだか。足はすり足、そして腰で動くんだ。そうすれば上体はぶれない。おっと、他人にアドバイスとは、おれもついに焼きが回ったのかな」

たまらず質問した。

「どうしてそこまで必死になってエロビデオを?」

男は顔に刻まれた深いシワをさらに深く浮き彫りにさせて答えた。

「そこにエロビデオがあるからって答えるとかっこいいんだろうけどな。そんな綺麗なもんじゃねえ。大抵は旧作は1週間レンタル5本で1000円なんだ。お得と思うだろ?でもなそれは逆に一週間に一回しか借りられないことを示してるんだ。返してないのにまた借りに来たらどんな猿かと思われるだろ。だから、失敗すると一週間は不本意なままだ。だからなるべく偏ならないように2本は女優もの、2本は企画物(オムニバス形式)、1本はニッチな性癖ものを、みんなそうやって真剣に選んでる」

「そうですね、そこに新作や準新作の概念が絡んでくると複雑ですね」

「お、わかってるじゃねえか。新作は一週間レンタルの範疇じゃないから余程特別なときだけだな。誕生日とか満月が近いとか特別な日な。でも、旧作に落ちてきた時のためにチェックはかかさない」

男は懐からタバコを取り出した。くしゃくしゃになったタバコの箱からは、それ以上にくたびれたタバコが飛び出してきた。

「それで、若い兵士たちとの戦いは終わりですか?」

少し挑発的に質問すると、男は即座に答えた。

「次はサンダースよ。サンダースがすぐにクラスター爆弾を使いやがった」

クラスター爆弾とは、点ではなく面の破壊力を重視した攻撃だ。とにかく一気にめぼしい作品をキープして、あとからじっくり厳選する方法。上級者向けの戦略で初心者にはあまりおすすめできない。

「若いってのはいいことだよなあ。何も物怖じがない。くくっ、まさかクラスターとはな。くくっ、この俺に。面くらっちまったよ。でもな、戦場では甘えたことは言ってられねえ。俺だって全力で力を誇示してやったさ」

「ま、まさか」

手が震える。

「そう、そのまさか、黄泉がえりを見せたやったのさ」

「よ、黄泉がえり……」

棚にめぼしいエロビデオがない時に、「たったいま返却されました!」と返却したての作品が置かれている棚を物色することである。パッケージを見ずに借りる危険性と、棚に戻す店員の邪魔になることから現在ではジュネーブ条約により禁止されている。

「俺の黄泉がえりはそんじょそこらのやつとは違う。なんなら返却しに来た客の手元まで見てるからな。格の違いってやつを悟ったのか、リトルジョンもサンダースも適当に妥協したエロビデオもってすごすごと退散よ」

楽しそうに語る男、その反面で我々には大きな不安が胸に去来していた。男の話ぶりは、大きな悲劇を感じさせるものだったからだ。どこか寂しそうで、切なそうで、破滅的だった。風が吹き抜けた。日が傾き、少しだけ気温が下がったのを感じた。

「戦場に背を向けて退散するってのはよほどのことだ。なあに、まだ若いんだ。いくらでもやり直しがきくさ」

豪快にそう言ってのける男の言葉がなんだか虚しかった。

 

死の上陸作戦

彼は饒舌に戦場での技術を語り続けた。仏壇返し、SODフラッシュ、デウスエクスマキナ、どの技術も深い経験に裏打ちされた高等技術であるが、現代ではあまり役に立たないだろう。その事実も我々の心を締め付けた。それでも男は満足そうに続けた。

「技を駆使し、若い兵士を屈服させて気分は爽快だった、悠々とエロビデオを選んだよ。けれどもな、なんだか虚しいんだ。無性によう、虚しいんだ」

男の表情が曇った。

「なぜだかしらねえけど、リトルジョンとサンダースが血相変えて戦場に戻ってきやがった。一度戦場を退いた男が即座に戻ってくる。とんでもねえ違和感を感じたね」

「な、なにが起こったんですか」

「軍旗の隙間からカウンターを覗いてみたよ。そしたらよう、カウンターの店員が変わってやがったんだ」

「そ、そんな」

「さっきまで屈強な憲兵みたいな店員だったのに、かわいい女子高生にかわってやがるんだ。なるほどなあって思ったよ。だからリトルジョンとサンダースは戻ってきたんだと。恥ずかしいもんな。借りるエロビデオを女子高生に見られるのは。特にリトルジョンは妻子ある身だ。前に子供と一緒にアンパンマンのビデオ借りてたもんな。恥ずかしいのは避けたいに違いない」

我々は固唾を飲んだ。

「そ、それでどうしたんですか?」

「まるでよう、彼らの心の声が聞こえたんだよ。だから俺も心の声で応じてやったのさ」

男の口調にも熱がこもる。

「どうしよう、カウンターが女子高生のハナちゃんだなんて聞いてない。そもそもシフトが入ってないはずだろ。どうなってんだよ」(リトルジョン心の声)

「まじやばい、俺のこのバイブでサバイバルゲームを見られたら死ねる」(サンダース心の声)

「ここはいっそ、全部棚に戻して息子のためにアンパンマンのビデオを」(リトルジョン心の声)

「それとも強行突破、バイブでサバイバルを持って強行突破」(サンダース心の声)

「まちな!」

「は!?」(リトルジョン、サンダース心の声)

「あたら若い命を散らすでない。俺が行く」

「は!?あんた何言ってんだ。女子高生だぞ、あんたが持ってるそのビデオ持っていけるのかよ」(リトルジョン心の声)

「なあに、経験だけは豊富でね。俺がハナちゃんを引き付ける。その隙に回り込んで男の店員のところに行くんだ!」

「そ、そんな、あんた、死ぬ気か? それに俺たち、あんたが選ぶのを邪魔ばかりしてたのに……」(リトルジョン心の声)

「なあに、老兵は死なんよ。ただ消え去るのみだ。大丈夫だ。お前、いい死のカーテンしてたぜ、もうちょっと腰落としたほうがいいけどな」

「隊長……」(リトルジョン、サンダース心の声)

「おいおい、なんて顔してんだい。俺なら大丈夫だ。さあいけ、戦場でボヤボヤしてんな。なあに、生きて帰ったら酒でもおごってくれよ」

「隊長……」

颯爽と戦場を飛び出し、女子高生ハナちゃんの前の列に並ぶ。

「なにやってる!早く回り込め!」

リトルジョンとサンダースが回り込んで男店員の列に並んだ。目にはうっすらと涙を浮かべている。

「戦場で泣くやつがあるか。ったく、どいつもこいつも」

いよいよ順番が来た。

「会員証をお願いします」

颯爽と会員証を出し、何のためらいもなく手に持っていたエロビデオを差し出す。「レイプ!レイプ!レイプ!」というタイトルだけで懲役モンのビデオだ。

「おいおい、リトルジョン、サンダース、なんて顔してやがる。大丈夫、俺は大丈夫だ。それより、もう少しでお前らの順番だぞ。しっかり楽しめ。リトルジョンは家族にばれないようにな」

戦場ってのはこれだから恐ろしい。何が起こるのかわかりゃしねえ。意気揚々と差し出した「レイプ!レイプ!レイプ!」のバーコードが読み込めないようだった。ハナちゃんが何度も読もうとしているが、エラーが出るばかり。

「あのすいません。田中さん、バーコードが読み取れないんですけど」

不安そうに横の軍曹みたいな店員に指示を仰ぐハナちゃん。

「ああ、よくあんだよね。いいよ、手作業で入力するから」

「ありがとうございます」

端末を立ち上げる軍曹。

「ビデオのタイトルは?」

軍曹の問い掛けにハナちゃんは大声で言った。

「レイプ!レイプ!レイプ!です」

ゴフッ!

大声で読み上げられる懲役モンのタイトル。さすがにこれは老体には堪える。借りる恥ずかしさまでは耐えられるが、これはまさに致命傷。

「リトルジョン、サンダース、よく聞け。俺はもうだめだ。おそらく次の攻撃があった後、もうこの世にはいないだろう」

「隊長ーーー!」(リトルジョン、サンダース心の声)

「なあ、生まれ変わったら、戦争がない世界になてるのかな。争いなく、誰もが好きなだけエロビデオを借りられて、誰とも争わないで済む、そんな世界がくるのかな。新作も準新作も存在しない、高くない、そんな世界が来るのかな、うううう、見たかったよう、レイプ!レイプ!レイ……ガクッ!」

「隊長ーーー!」(リトルジョン、サンダース心の声)

硝煙の匂いと銃声、悲しげなリトルジョンたちの心の叫びだけが戦場にこだました。

 

「あ、いいや、こっちでやるからかして」

多くの兵士が戦場で天使を見た経験があるそうだ。彼らは奇跡のことを天使と呼ぶ。奇跡的な出来事が戦場ではしばし起こる。そして、ここでも天使が現れた。軍曹のような店員がハナちゃんからレイプ!レイプ!レイプ!を受け取るとレジで処理し始めた。ハナちゃんと軍曹がレジを入れ替わった形になる。俺はすんでのところで命拾いした形だ。

「お待ちのお客様こちらにどうぞ」

手の空いた天使の声は、リトルジョンとサンダースに向けられていた。

「バイブでサバイバル-サバイブル-でお間違えないでしょうか?」

ドォーーウン!

リトルジョン&サンダース戦死。

 

平和とは

オレンジ色の夕日が眩しかった。我々と男は違う色の夕日を見ている、なんだかそう感じられた。

「ここはなあ、戦場だったんだ。四畳半の戦場、多くの勇敢な奴が死んでいった」

沈黙が流れる。

「でも、あの時望んだ平和な世界になったのでは? いまや動画サイトで誰だって気軽に見られます。XVIDEOS、ThisAVなんかすごいですよ。誰とも争わず、いくらでも見られます」

我々の言葉に、男は静かに笑った。

「あんなものはエロビデオじゃない。少なくとも俺の求めたものじゃない。だってワクワクしないじゃないか。エロビデオを借りて家に帰るまでのあの気持ち。まるで恋人を連れ帰るようなあの気持ち。小僧にはわからんよ」

そう言って男はタバコの火を消した。レンタルビデオ屋の閉店を告げる看板が墓標のように見えた。彼はきっと、これからもここに通い続けるのだろう。

 

 

帰社途中、アシスタントが口を開いた。

「なんなんでしょうね。僕には理解できないな。ネットやスマホを使えばいくらでも簡単に見ることが出来るわけじゃないですか。それなのにレンタルビデオ屋で借りることにこだわって、わざわざ恥ずかしい思いまでして。生放送で素人が脱いでたりするんっすよ!」

「まあ、理解はきないよな、なんでそこまでって」

「そうですよ。馬鹿ですよ。手軽にエロいの見れるのに」

「でもな、もしかしたら彼はエロビデオの内容なんかどうだってよかったんじゃないかな。ああやってちょっとバカな男たちと争って、借りて、楽しんで、そうやって生きてることを実感してたんじゃないかな。そんな彼から見たら、今の状況は悲しいのかもしれないな」

「全然分かりませんよ、そんなの」

アシスタント君の鼻息も荒い。私は彼の肩をそっと掴んで提案した。

「じゃあちょっと、これからゲオでもいってエロビデオコーナーいってみるか?」

「まじっすか?」

「俺が子供の頃にオヤジに教わった死のカーテンを見せてやるよ」

「えーできるんっすか!?あ、まってくださいよ、歩くの早いっすよ、リトルジョンJrさん!」

来月もあの男に話を聞いてみたいものだ。あの、かつて戦場だった場所で。

 

 

 

Numeri 四畳半の戦場をリライト)