Tポイントカードはお持ちですか?という言葉はそんなに失礼ではない

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京都・河原町に「坂本竜馬中岡慎太郎遭難之地碑」というものがある。維新の立役者である坂本竜馬中岡慎太郎が何者かによって暗殺された近江屋の跡地にたつ石碑だ。

中学生の頃、修学旅行で京都に行くことになった。その中でも目玉がグループに分かれて京都の街で丸一日自由行動、というものでクラス中が色めき立った。みんな仲の良い友人とグループを作り、やれ金閣寺にいこう、やれ銀閣寺に行こう、銅閣寺はないよ、と絶好調な様子だった。

そんな中、嫌われ者だった僕は誰ともグループを組むことができず、最終的に余った同じくクズみたいな連中と組むことになった。あまりに暗い話なのでちょっとテンションを上げつつバンドのメンバー紹介風にイカれた修学旅行のメンバーを紹介するぜ!ってやってもあまりテンションが上がってこないので普通に説明すると、伝説的な不良とその子分、伝説的に性格の悪い山田、クラスメイトすら宗教に誘う伝説的宗教狂い、伝説的に手癖の悪い万引きマイスターの吉田、そして伝説的に嫌われている僕、とある意味伝説を有したイカれたメンバーだけで構成されていた。楽しい修学旅行になるはずがない。

事前にみんなで観光スケジュールを立てて担任に提出し、承認を得るのだけど、そのスケジュール立案の時間も皆はわいのわいの楽しそうで、やれ金閣寺にいこう、やれ銀閣寺に行こう、銅閣寺はないよ、とクソくだらないことを言って楽しそうだったが、こちらの死のグループは誰も喋りやがらねえ。

仕方がないので僕が嵐山にいってから金閣寺にいってと無難なスケジュールを立てていると伝説的不良が言った。

「お、坂本竜馬あるじゃん」

不良は総じて尾崎豊坂本竜馬が好きである。地図に記載された坂本竜馬の文字に激しく反応した。

「ここは絶対にコースに入れとけよ」

子分がそういって予定表に書き込んだ。勝手なものである。あとの予定は万引きマイスター吉田が万引きをしないよう商業地帯を避けることだけを考えて組み上げた。

いざ修学旅行が始まり、自由行動が始まると、伝説的不良はやれ「じじいくさい」だの寺院巡りを猛烈に批判しだした。子分も「こんなところ楽しんでるやつの気が知れない。どんなセンスだ」とスケジュールを組んだ僕を批判しだした。万引きマイスターも「万引きできる店がない」とみやげ屋のじじいのセキュリティの高さを嘆いていた。それでも伝説的不良は坂本竜馬だけは楽しみだったようで、

「次はいよいよ坂本竜馬だな!」

とご機嫌な様子。地図を見ながらその「坂本竜馬中岡慎太郎遭難之地碑」を訪れると、そこはパチンコ屋だった。パチンコ屋の軒先に申し訳ない感じでその石碑が佇んでいた。はっきりいってしまうと僕ら全員の予想と比べてあまりにもしょぼいそれがあった。

「お、おう、これだよこれ、これがみたかったんだー!」

明らかに予想よりしょぼいのに引っ込みがつかなくなった不良は、さも想定内であったかのように振舞う。子分も、「これがみたかったんっすよね!」と応じる。でも絶対にこいつは、あの坂本竜馬の石碑だから、もっと大規模な観光地が広がっていて、もしかしたら坂本竜馬暗殺アトラクションみたいなものまであると予想していたに違いない。

その証拠に、不良が組んだスケジュールには「滞在時間:2時間」となっている。この石碑の前で2時間である。組み上げた予定通りに行動していないことがばれると担任の鉄の拳による制裁が待ち受けているので、僕らはただただ石碑の前で待った。2時間、輪になって学ランの中学生が立ち尽くしているのである。僕らの血を生贄に坂本竜馬を復活させます、と言い出してもおかしくない雰囲気がそこにはあった。

そんな何もすることがない地獄の2時間の中で、万引きマイスターの吉田が突如として口にした。

「ごめんな、俺みたいなクズと同じ班になって。せっかくの修学旅行なのに」

こんなクソみたいな石の棒の前に2時間も立ち尽くすことになったり、自由行動がつまらないものになっている原因は自分である、と言いたげだった。俺なんかと一緒に行動するの嫌だろ?と言っていた。なんだか、僕の心の中の一番柔らか部分がぎゅっと締め付けられたような気がした。

「いや、俺のほうこそごめんな」

悪くないのに謝るという行為は一見すると美談に聞こえる。けれども、これは日本特有の悪しき習慣であるように思う。この行為は、無意識下で相手にも悪くないのに謝る行為を強要していることがあるのだ。それは何も生み出さないばかりか、謝ったという自己満足を引き出すだけで終わってしまう。あまり褒められた行為ではない。

この自由行動においても、悪いのは伝説的不良とその子分である。坂本竜馬暗殺ランドみたいなのを想像して2時間も時間枠をとったバカが悪いのである。悪くないのに万引きマイスターの吉田が謝る。万引きで捕まったときは頑として謝らなかったのに、こんな場面で謝る。すると、僕もなんだか悪い気がして悪くないのに謝らなければならないのだ。お互いに「自分がクズでごめん」と謝るのだ。中学生ながらなかなか理不尽な何かを感じ取ったものだった。

それと同じことが日常のコンビニでも巻き起こっている。

「合計で763円になります。Tポイントカードはお持ちですか?」

「持ってません」

「失礼しました。それでは237円のおつりです」

このやり取りをするたび、僕の心はぎゅっと締め付けられ、万引きマイスター吉田を思い出す。Tポイントカードをお持ちですか?と質問することはそこまで失礼にあたることなのだろうか。店員さんが失礼しましたと謝るほどの失礼な質問なのだろうか?

持っているのか質問して失礼に当たるものなど、「プライド」くらいしか思い浮かばない。

「合計で763円になります。プライドはお持ちですか?」

「持っていません」

「失礼しました。それでは237円のおつりです」

これなら絶対に謝ってもらわないと気がすまない。快楽天を購入するのがそんなに悪いことなのかと声を張り上げたいし、エリアマネージャークラスの謝罪を要求したいくらいだ。これに比べればTポイントカードはそこまで失礼にはあたらない。

さらにこちら側は、「実はTポイントカードを持っている」という負い目がある。何かのついでに作らされて全く使っていないTポイントカードが財布の中にひっそりと眠っていて出すのが面倒で持ってないと嘘を言っている自分を責め立てるような言葉に聞こえるのだ。

「すいません、本当は持ってるんですが出すのが面倒なんです。どうせポイントがある程度貯まる頃にはカードなくしてると思うし、意味ないんで貯めたくないんです」

正直にこう言うしかない。ここまで言われると店員さんもなんだか悪いことを聞いたような気になってくるはずだ。そうすると、お互いにそこまで悪くないのに謝り合うという、あまり後味の良くないことになってしまう。たかだか快楽天を買うだけでお互いにモヤモヤしたものを残してしまう。やはり過度に謝ることはお互いにとって喜ばしいことではないのだ。

そんなことを考えながらコンビニのトイレでウンコをしていたら、鍵がぶっ壊れていたみたいで、誰かがドアを開けようとした瞬間に閂が物凄い勢いで跳ね上がった。開けたのは女子高生だった。

コンビニのトイレを空けた瞬間に苦悶の表情でウンコをしているおっさんの大登場である。

「わっ、ごめんなさい」

顔を赤らめる女子高生。

「うわー、ウンコしててごめんなさい!」

気が動転して訳の分からない部分について謝るオッサン。

誰も悪くないのだ。女子高生も悪くないし、僕も悪くない。強いて言うならば簡単に開いてしまうトイレの鍵が悪いのだ。なのに僕らは謝ってしまう。女子高生が謝るから僕も謝らなければならず、これが

バンッ!

「お、ウンコか」

「おう、ウンコだぞ。もうちょいまってろ」

こういうやり取りであれば、誰も恥ずかしい思いをしなくて済むのである。訳の分からない謝罪もしなくて済む。過度に謝ることを改める。そうすることでもっと生きやすい世の中になるのかもしれない。

さて、冒頭のパチンコ屋の傍らに設置されていた「坂本竜馬中岡慎太郎遭難之地碑」であるが、数年後に訪れるとパチンコ屋は潰れ、サークルKになっていた。コンビニの前に石碑があるのもなかなかのものだが、それならば女子高生にウンコを見られた僕も遭難にに違いないので、このコンビニの前に「俺遭難の石碑(脱糞)」くらいの石碑をたててくれればいいのにと思う。狂ったようにTポイント貯めるので、100万ポイントくらいで建立してほしい。