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ルーティーン・キャット

ラグビーの五郎丸選手がキックをする前に行う一連の行動は、ルーティーンとして一気に有名になった。そもそも「ルーティーン」とは慣習の一種で、日常規則的に繰り返される生活様式、とくに一定の手順で行われる仕事を指す。早い話が、繰り返される決まった行動ということだ。

イチロー選手の打席に入る前の行動、琴奨菊関の琴バウワーなど、一流のスポーツ選手はこれらのルーティーンを有していることが多い。これには大きなリラックス効果があるからではないかと思う。

僕らは、日々が同じことの繰り返しであることを退屈だと思う反面、どこか安心している部分がある。毎日が変化ばかりの激動の日々では精神が持たないだろうし、気が休まる暇がない。同じことの繰り返しであることは意識している以上に心が休まるものなのだ。

ウチの親父は毎日、NHKの朝のドラマを観るらしい。そんなに面白いのかとたずねると、そんなに面白いわけではないらしい。じゃあなぜ観るのかと問うと、安心するから、らしい。毎日同じ時間に同じチャンネルで、同じ出演者が似たようなことをしている模様を鑑賞することに安息を覚えているのだ。

そういえば、僕も全く同じことの繰り返しに安堵を覚えることがある。それが職場までの通勤の道のりだ。

毎日同じルートを歩いていると、全てが繰り返しで構成されていることに気が付く。同じ場所で中学生の二人組とすれ違い、同じ場所で中学生の三人組の後ろを歩くようになる。その少し先で小学生の集団とすれ違い、角を曲がった家のところではおじいさんが水まきをしている。これらは寸分たがわず毎日繰り返される光景で、少し家を出るのが遅くなって、すれ違うポイントなどがずれるとほのかな違和感を感じるほどだ。たぶん、知らず知らずのうちにこれらは僕のルーティーンになっているのだと思う。安心しているのである。

たぶん、すれ違う中学生や小学生、爺さんにとっても僕がルーティーンの一風景なのだろうけど、実はそうやって繰り返しの日々を生きているのは人間だけではない。

通勤経路のちょっとした坂を上った先にある一軒家の横を通ると、一匹の猫に出会うことができる。バルコニーの先にある大きなガラス窓に佇む猫はいつもレースのカーテンの向こう側に座っていて、じっとこっちを見て佇んでいる。なんだか見守られているような気すらしてくる。

もしかしたら、この猫は室内飼いの猫なのかもしれない。この猫にとって外の世界は全くの未知なのだけど、毎日同じ時間に外を眺めて、同じ人間を見る。そうすることで彼も安心を得ているのではないだろうか。レースの向こうに見える茶色の猫も同じようなものだと思うと、なんだか妙に愛おしく感じたものだった。

同じように中学生とすれ違い、小学生の集団の会話を聞き、不愛想な爺さんの姿を見ながら通勤経路を歩く。いつものルーティーンだ。そして一軒家の前に差し掛かる。今日も猫はいるだろうか。やっぱりいた!けれども、いつもと違うところが一つだけあった。いつもは堅く閉ざされている窓ガラスが開け放たれていた。

いつもと違う。

ルーティーンが崩れたことに不安を覚える反面、妙に興奮した。いつもガラス越しに見るしかなかったルーティーンの風景と交流することができる。なんだか妙に胸が高鳴った。

「ツーツーツー、おーい」

猫に呼びかけてみる。レースカーテンの向こうの猫はいつものように佇んでいる。彼もまたルーティーンを壊してしまうことに怯えているのだろうか。大丈夫だ、その殻を破ってみるといい。繰り返しの安心はなくなるかもしれないが、それによって新しいルーティーンが生まれるはずだ。大丈夫勇気を出して!

隣の空き地に生えていた雑草を猫じゃらしみたいにして猫を誘惑する。家の敷地に入らないように、チラチラと猫じゃらしを見せて誘惑する。

「おいでーおいでー大丈夫、安心してー勇気を出してミケ(勝手に名前つけてる)」

猫はなかなか殻を破らない。勇気を出さない。ルーティーンが崩れることを恐れている。大丈夫、安心して、おいで!

「おいでおいでー!」

家の中の家人がやってきて、ひょいと猫をつまみ上げた。

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ガーデンオーナメント 茶トラねこ ネコ置物

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これだった。こんなもん窓際に置いとくなよ。

ルーティーンが崩れることを恐れて殻に閉じこもっている猫かと思ったら、中が空洞で全体が殻で構成された猫だった。

あまりの恥ずかしさに、僕は猫を手懐けようとしていたのではなく、自分自身が猫じゃらしに興奮していただけ、とアピールするために酔拳のような踊りを披露したのだけど時すでに遅く、その模様をいつももうちょっと先ですれ違うOLに目撃されており、今度は「置物の猫を猫じゃらしで果敢に手懐けようとしていた男」という蔑んだ目で見られるというルーティーンでが追加された。

さらに、それから後もあの日は別に置物の猫を勘違いしたわけではなく、もともと猫じゃらしに興奮する人間だからというアピールで、OLとすれ違う時は風で揺れる植物に興奮する物まねをする必要が生じてしまい、ルーティーンってホントくそだなと思うしかなくなった。