女に嫌われない女の叱り方

駅から放射状に延びるレンガ通りの歩行者天国に古本市が出ていることがある。市内の古本屋のいくつかがテントを立てて本棚を並べ、通行人に古本を売りつけようとしてくるのだ。結構大規模な市で、そういったテントが何百メートルも続き、ただでさえ歩行者の多い通りを大混雑させている。

僕は基本的に本を読まない。本を読むのは嫌いだから、中学生の時の読書感想文も読まずに書いていた。提出しなければならないのだけど読むのは面倒くさい。そこで確か、ノンノかなんかに「OLたちが読んだ赤毛のアン」みたいな特集がされていて、それをほぼ丸写して提出したくらいのポテンシャルだ。中学生男子の読書感想文なのに「私たちOLにとって赤毛のアンとは」とウィットに富んだ書き出しで始まる読書感想文もなかなかパンチが効いていた。

そんな事情もあって特に古本市に興味もなく、掘り出し物の本があるかも、とか微塵も考えず、この通りの先にあるココイチでライスの量を400gにするか500gにするか、500だとすげえ食う人みたいで恥ずかしい、けど腹減ってるし、って迷っていたくらいなのだけど、本棚の一角が妙に光り輝いているのを感じた。

もちろん、本当に眩い光を放っていたわけではなく、なにか気配を感じただけなのだけど、ほら、よくあるじゃない、人生を変えた一冊の愛読書との出会い、とか、なにか導かれるようにこの本に出会ったんです、みたいな、ああいった愛読書との出会いがあるのかも、とその光り輝く気配の方へと歩いて行ったのです。はたして、そこには僕と本のどのような出会いがあったのか。異様な気配を放つその本を手に取り、タイトルを眺めた。

 

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「女に嫌われない 女の叱り方」

 

なんだこの本、と思うのだけど、絶対にこの本が何らかの気配を放っていた。まさか本当にこの本が僕の人生を変えうる愛読書となるのか。

値段を見ると、かなり表紙も色褪せていて年季が入っている感じなのに定価865円が強気の300円。正直に言うと30円でもいらないのですが、何らかの気配を放っていたことを考えると買わないわけにはいかない。どうしたものか。

そもそも、以前にも書いたが僕は人を叱ることができない。相手の事情に配慮し、叱るべき案件が本当に叱るべきものなのか考え、然るべき叱りなのか考えてしまうからだ。結果、この世の中にほとんど然るべき叱りは存在しない、という結論に至ってしまう。結果として叱れなくて、周囲からはクソほど舐められることになっている。

そりゃもちろん、叱らなければならないという思いはあるわけで、その思いがこの本と僕を引き寄せたのかもしれないけど、残念ながら、僕はこの本のタイトルを理解することができない。なぜ女性に限定しているのか分からないからだ。僕は男性であろうが女性であろうが叱ることができない。けれどもこの著書は明らかに女性だけをターゲットにしていて、女性は叱りにくいという基本から話が始まっている。それは裏を返せば男性はいくらでも叱りやすいという思いがあるのではないだろうか。言っておきますけど、男性であろうが女性であろうが叱るのは難しいですから。

もちろん、言わんとすることは分かるし、この著書が目指していることも分かる、でもそれは僕が求めているものとは違うのだ。これが愛読書になるはずがない。けれども、出会ってしまったものは仕方がない。僕はこの本を買わねばならないのだろうか。

ちらりとレジを見ると、大盛況なのか臨時で設置されたレジには行列ができている。本を手にし、その行列の一番後ろに並びながらパラパラと内容を確認した。

内容は予想通りといえば予想通りで、男性と女性の心理の違いの説明からはじまり、なぜ女性を叱るのが難しいのかと言う話題が続く。詳しく内容を書くわけにはいかないので興味のある方はぜひ購入して読んでほしいが、いよいよ内容は核心へと至る。

 

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 「なぜあなたは嫌われるのか」

 

職場で、全員が忌み嫌う「夏祭り準備」というものがあるのだけど、それの次に嫌われている僕としてはなかなかキャッチーな見出しだ。叱り方が悪いから嫌われる、じゃあどういう点が悪いのか考えてみようという章だ。

読み進めていくと、「こんな叱り方をしていませんか?3つ以上あてはまったらアウト」みたいなチェックシートが出現してくるのだけど、そこで衝撃の展開が僕を待ち受けていた。

 

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ま、前の持ち主がチェックシートに〇をつけてるーーー!!!

そうなんですよ。これ古本なんですから当然ながら新品で買った人が存在するはずなんです。当然ながら、本屋で数ある本の中からこの「女に嫌われない女の叱り方」を選んで買ったわけですから、女性のことを叱れなくて、なおかつ嫌われずに叱りたいという思いが存在した人がいたんですよ。で、その人が電車の中で〇でもつけたのか、けっこう乱れた感じの〇でしっかりチェックしてるんですよ。んなもん売るときに消せよ。

で、そのチェックシートの内容を分析していくと、どうやら前の持ち主、叱りたいのは部下とかそういった女性社員ではなくて、自分の娘さんのようなんですね。年頃の娘さんに対してどう叱っていいのか悩んでいるっぽいんです。

「朝寝坊するのは夜早く寝ないからだ(〇)」

ってなってますから、たぶん娘さんは夜更かしなのでしょう。

「そんな派手な格好で恥ずかしくないのか(〇)」

ともなってますから、たぶん、ドクロとか十字架とかキリストとかチェゲバラとかの入った服を好んで着ている娘さんなのでしょう。

「うるさい音楽をやめなさい(〇)」

ラジカセとか肩に担いでドゥンツクドゥンツクやっている娘さんなのかもしれません。

「よくそれで女がつとまるな(〇)」

ってなってましたから、そりゃあね、お父さん、そんな叱り方してたら嫌われますわな、となぜか頷いてしまいます。

で、基本的にこの本、流し読みして分かったのですが、嫌われないための叱り方はほとんど書いてありません。この叱り方はダメだ、これはダメだ、お前はダメだ、としか書いてなくてあまり得るものはありません。僕としては赤いオープンカーに乗りながら助手席に娘を乗せてですね「いいか、エリカ、自動車保険ってのはな」って言い出すようなスマートな叱り方を示してくれると期待していたのですが、あまりそういうのはありませんでした。

そうなると、前の持ち主の動向が気になってくるわけですよ。この鉛筆でチェックシートに記入しちゃう、娘が派手でドクロとかキリストみたいな服を着て、ラジカセ担いでいて女がつとまらない娘を持つお父さんの動向が気になってくるんです。

どうもお父さん、生真面目な性格のようで、本の中にアンダーラインが引いてあったりメモが書いてあったり、もう悲しいくらいにこの本のことを心の支えにしていて、なんとか娘を叱りたいという気持ちが出ていてすごいんです。例えば、「ぜいたくは敵だ!」という叱り方は良くないですよ、というセンテンスに対してはもう思いが爆発しちゃったんでしょうね。

 

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「ぜいたくは敵だ!」「そうだ!」

ですからね。なかなかいないですよ。本に「そうだ!」って書く人。

それでも先に読み進めていくと余白に以下のような記述が。

 

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「ヨシミ✖」

一瞬、「ヨシミメ」かとも思ったのですがたぶん「ヨシミ✖」でしょう。心配になってきます。何が✖なのでしょうか。もしかして娘の名前がヨシミで、それに嫌われない叱り方を実践してダメだったということでしょうか。

 

いよいよこの本の最終章。基本的にこの本はこんな叱り方はダメと羅列してあるだけでどうするべきかほとんど書いていないのですけど、最後にアリバイ的にさらっと「こういう叱り方するべき」みたいなことが書かれているんですね。それもあまり本質的じゃないんですけど。

で、どうもお父さんも最後まで読み進めてきて面倒になったのか、もう本の内容を無視したメモになってきているんです。

 

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「ヨシミ、24時キタク」

たぶん、ヨシミが24時過ぎてからラジカセを担いで帰ってきたんでしょうね。ご近所迷惑です。それに対する親父さんの怒りが感じられるメモです。

最終章はものすごくて、1ページごとにヨシミの悪行がメモされているんです。几帳面なお父さんの性格が出ていて、メモされているんです。もう本文の内容はあまり読んでいませんけどメモには釘付けですよ。

「ヨシミ、傘をなくす」

「ヨシミ、ゴミ出し当番をサボル」

「ヨシミ、テレビ台にあった500円を盗む」

「ヨシミ、家に金を入れず」

「ヨシミ、母に暴言」

「ヨシミ、3日間家に帰らず」

明らかにヨシミがエスカレートしていってるんです!あきらかにヨシミが暴走している。そしてそれを叱れないお父さんに苦悩と言うか葛藤も伝わってくる。ってかこれ、ヨシミもたいがい狂ってるだろ。

で、この本はこういう叱り方はダメだよって書かれているけど具体的にどうするべきかはあまり書かれていない。きっとそれでお父さんが叱れない状態になってしまったのではないかって思ったんです。

僕は怖くなったんです。このまま読み進めていったらもしかしたら、衝撃的な展開が待ち受けているかもしれないじゃないですか。最終ページに「もうヨシミはこの世にいない」とか書いてあったらどうしますか。血痕とかついてたらどうしますか。叱れないお父さんがヨシミをその手で殺めてしまうような内容が示唆されていたら、これはもうホラーですよ。古本市で手に入れた本からホラーな展開が始まるってけっこうベタですよ。

いよいよ手触り的には残り1ページ。ここまで「ヨシミ 物を投げる」「ヨシミ、母に怪我をさせる」とかなりバイオレンスにエスカレートしている様子。最終ページ、どんな衝撃的なヨシミの悪行が!!!!!!!!!!それともお父さんの犯行が示唆されるのか!!!死とか殺とか呪とか書いてないでくれ!頼む!お父さん!ヨシミ!祈るような気持ちでページをめくった。

 

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「パプアニューギニア」

なんでやねん。国やんけ。

本の本文も全然意味が分からないけど、メモも意味が不明という、ただ一つだけわかっていることは、お父さん、上手に娘を叱れなかったんだろうなあということだけです。よくよく考えると、僕は男性女性問わずに叱ることができない人間なのですが、女性を叱ることはより難しい。これはやはり、好かれたいという気持ちが根底にあるからではないでしょうか。好かれたいほど気に入っている人間だからちゃんと叱りたい、けれども叱ると嫌われるかも、そんな表裏一体の思いがあるから人は苦悩するのかもしれませんね。

ちなみに、レジでは「あー、この人、女の人を叱れないんだ、ふーんでも嫌われずに叱りたいんだね」と思われるみたいで、快楽天を買う時より恥ずかしかったのですが、間違いがないようにレジの女性店員さんがタイトルを復唱してくれるんですが、

「「女性に嫌われない女性からの叱られ方」でよろしいですか?」

って間違えられておもいっきりドМの人みたいなタイトルを大声で言われて辱めを受けたのですが、それでも叱れませんでした。

 

家に帰り、アマゾンを見ていたら同じ本の中古が1円から売られていた。

www.amazon.co.jp

1円だぞ、1円。

これを300円で買わせるなんて、あのレジの女を叱りつけてやりたい。