プロフェッショナル ウンコ漏らしの流儀
「魂までは漏らさない」
人類にとって切っても切れない行為、排泄。その排泄に苦しめられている一人の男がいた。男はもがき苦しみ、涙した。そして一つの境地に辿りつく。本当に脱糞とは敗北なのか?
「僕はね、成人超えてからウンコを漏らしたことがない人間を信頼しないんですよ。それは本当の悲しみを知らないってことですからね」
彼は言う。悲しみとは敗北ではない。脱糞は敗北ではないと。一人の男の戦いが始まった。
(BGM[Progress]が流れ始める)
脱糞家pato。
50回以上ウンコを漏らした男。
(オープニング終了)
都内某所。ターミナル駅のバス停に男はいた。何やらパソコンを駆使して調べ物をしている。
-何をしているんですか?
「いやあ、これからちょっとバスで千葉の奥地までいくんですけど、そのバスにトイレが付いているか調べてるんです」
バス会社のホームページや、過去に同じ路線に乗った人の感想などを調べていく。あまり収穫はなかったようだ。
「わかりませんね。けっこうこういうことあるんです。出たとこ勝負というか。どうにも多くのバス会社がトイレのことを軽く考えているんです」
男にとってトイレは生命線だという。トイレのないバスは走る棺桶とまで揶揄するほどだ。もっと深刻に扱って情報提供をしてほしい。不安そうな表情でバスを待つ。
「あ、きましたね。はい、トイレありません」
男はバスを見ただけで即座にトイレの有無を判断した。
「あの形状のバスならば、最後尾にトイレをつけるしかないんです。でもほら、最後尾の窓が塞がれてないでしょ、トイレのあるバスはあそこが塞がれてるんですぐ分かるんです」
バスがゆっくりと停留所に停まる。
「さあ、戦争が始まりますよ」
男は笑顔でバスへと乗り込んだ。まるで不安なんてひとかけらも存在しないかのように。
バスは都会の町を抜け、高速の入り口へと吸い込まれていく。男はトイレの有無を気にしていたわりには涼しい顔で景色を眺めている。
-トイレの有無は大切ですか?
「大切ですね。僕の場合、トイレに行けない状況になるとトイレに行きたくなる。トイレがあるならば別に行きたくはならないんです」
-いまトイレがないですが?不安ではない?
「そうですね。トイレ行きたいですよ。不安です。たぶん漏らすと思います」
-そのわりには落ち着いている感じがしますが
「実際、トイレのないバスってかなり危険なんです。まず我慢できなくてバスを降りてもトイレがある保障はない。おまけにこれ高速走るやつでしょ。そもそも停留所がほとんどない。さらに渋滞にはまる危険もある。走る棺桶ですよ、トイレのない高速バスは」
-でも焦ってないですよね?
「はははははは、そう見えますか?いまむっちゃ熱を帯びたオナラでてますよ。かなりやばいです」
男はスマホを取り出しなにやらがちゃがちゃと打ち込みだした。
-それは?
「Twitterです。今まさにウンコ漏らしそうって実況してます」
男は自らの窮地を実況しだした。多くのフォロワーが男の戦いの様子を見守る。中には「漏らせ」「いけー!」と煽る人間もいるが、大半は固唾を飲んで見守っている。
「こうやって実況することで誰かを勇気付けられたらいいかなって」
男の主張は一貫していた。計算によると、同じ時刻に同じように漏らしそうで苦しんでいる人間が5000人はいるという。この世界では常に5000人が便意と戦っている。そのひとりひとりに苦しんでいるのは自分だけではないと教えるつもりで男は実況をしている。
「そもそもウンコ漏らしってそこまで恥ずかしいことなのかって思うんです」
そういった男にもある転機があったという。
(漁村の風景に変わる)
男は地方の小さな漁村で生まれ育った。両親の元で明るく育てられウンコ漏らしとは無縁の生活を送っていた。
(幼い頃の祖父と枇杷の木の横で撮影した写真)
無事小学校に入学したとき、一つの事件が起こる。
「堀田君がね、入学式でウンコ漏らしたんです」
隣に座っていた堀田君がウンコを漏らしたという。入学式の最も静粛とした場面で、隣に突如ウンコが出現した、何もない空間に突然現れたように感じたらしい。その事実がまだ少年だった男には衝撃的だった。ここからウンコ漏らしと寄り添う人生が始まった。
自分は堀田君のようになりたくない。その思いが男の直腸を刺激する。悩める日々が始まった。ある時は入試のとき、ある時は合唱コンクールのとき、あるときはゼミの発表会のとき、大人になるまで腹痛との闘いの日々だった。
「この腹痛さえなかったらもう少し上等な人生だったんじゃないかな、そう思うことはあります。正直なところはね」
そんな男に転機が訪れる。20歳を超えて参加した同窓会。そこに成長した堀田の姿があった。
「誰かが言ったんです。堀田君に。お前、入学式でウンコ漏らしたよなって。すごい心無いこというヤツがいるもんだって思いましたよ」
堀田は冷やかす周囲の男たちを一瞥して、少し笑みを浮かべながら言ったという。
「俺がウンコ漏らしたから今のお前たちがあるんだろ」
頭がカチ割られる思いがしたという。堀田が漏らしたからこそ、その後の小学校生活はリラックスして臨めた。入学式でウンコ漏らす以下のことなんてそうそうない。俺はみんなのために漏らしたんだぞ、そんな口ぶりだった。
「正直、ウンコ漏らしで嘆いている自分が恥ずかしくなっちゃって。誰かのために漏らすウンコってあるんだなって思いました」
何人かが集まった集会所で、みんなウンコを漏らしそうだったら、率先して漏らして後に続きやすくしたい、そんな考えが浮かんだ。誰かのために漏らす、そんな生き方もあるんだと。
「見てください、バスが休憩でパーキングエリアに入りますよ」
-トイレに行かないんですか?
「行きませんよ。行ける状況になると行きたくなくなりますから。ひっこんじゃいました」
バスが出発する。男はまた腹痛が再発したようだ。小さく小刻みに動き出した。
-それは何を?
「ああ、腸内で出番待ちしているウンコを左右に揺さぶって体積を小さくしています」
-それは腹痛を楽にするため?
「(笑)。そんなに安直なことではありませんよ。そんな単純なことじゃない。まあ、説明しても分からないと思うんで」
男は説明を拒む。それでも食い下がると、嫌々ながら答えていった。
「質量はそのままで体積を小さくする、ギューと圧縮するとどうなります?密度が上がりますよね。それを物凄く圧縮していくと、そうですね、例えば地球ほどの大きさのものを質量そのままに2センチくらいにまで圧縮すると、極端に増大した重力により押しつぶされてブラックホールができあがります。それと同じで、腸内でウンコを小さくしていったらブラックホールができるんじゃないかなって。すごくないですか、腸内にブラックホールできたらもうウンコ漏らすことないですよ。そこに吸い込まれるんで」
この男。どこまで本気なのか分からない。
いよいよバスは高速を降り、目的地の町まで着いたようだ。我慢するのもあと僅かの時間。男は気が緩んだのか、堰をきったかのように饒舌に喋りはじめた。
「僕は基本的に成人超えてからウンコ漏らしたことがない人間を信用しません。本当の悲しみを知らないってことですからね」
男は悲しみの向う側を見ている。本当の悲しみを知った上で、どうすればそれがこの世界から消えるのかを考えている。
「そして、今僕がこうやってウンコ漏らしたことを発信しつづけていくことには意味があるんです。ウンコ漏らしが一般的になったら恥ずかしくないと思うんです。堀田君だって、幼き日の僕だって、悩む必要なんてなかった。まるでピザを頼むように当たり前にウンコを漏らせたらって。まあ、難しいでしょうけどね(笑)」
(BGM[Progress]が流れ始める)
ずっとさがしてた 理想の自分って
もうちょっとかっこよかったけど
僕が歩いてきた日々と道のりを
ほんとはジブンっていうらしい
バスがターミナル駅へと吸い込まれていく。
「さあ到着しましたよ」
-間に合いましたね、よかったです
「いいえ漏らしましたよ」
-え?
「高速降りたとこで漏らしました。周りに迷惑をかけずに漏らす。汚さないどころか匂いすら出さないのは基本中の基本です。漏らしたことすら感じさせないようにしないと。これは最低限のマナー」
-どうしてそんなに平然としていられるんですか?
男は一呼吸おいて口を開いた。
「ウンコは漏らしましたけど、魂は漏らしてませんから」
男は満面の笑顔を見せた。まるでウンコ漏らしなど概念自体がこの世に存在しない錯覚を覚えるほどに。
「さあ、替えのパンツにはきかえましょう」
少しでもこの世から悲しきウンコ漏らしを減らしたい。明るいウンコ漏らしを。脱糞家patoの戦いは明日も続く。
世界中にあふれてるため息と
君と僕の甘酸っぱい挫折に捧ぐ
”あと一歩だけ前に進もう”