ファミコン狂時代

お、そりゃあ、なんてゲームだ?ふんふん、アンチャーテッドってゲームの最新作?すげえな最近のゲームは。まるで映画じゃねえか。自分で動かす映画なんてとんでもねえ時代がきたもんだな。

すげえもんだ。今やそのスマホっていうんか?電話機でゲームができたり、映画みたいなゲームをプレイできたり、知らないやつと対戦できたり、俺らの時代では考えられないことが起こってる。ん?技術の進歩はあたりまえ?まあ聞け、いいから聞け。カラフルな世界ってのは人を惑わせるんだ。この世界がモノクロだったらどんなに楽か。鮮やかな色彩であればあるほど人は悩む。それをお前が分ってるのかって話だ。

あれはまだこの国に活気があった頃でなあ、大人も子供もみんな輝かしい未来ってやつを夢見てる、そんな時代だった。子供たちはゲームウォッチっていうのかな、ピコピコやるゲームをやり出したくらいでな、白黒の画面で活躍するポパイに一喜一憂したもんだったよ。

そこにな、任天堂からファミコンってやつが発売されたんだ。ありゃすごかったね。とにかくすごかった。美麗な画面に大容量のボリューム、心を鷲掴みにされるゲーム性、それが家のテレビでプレイできるっていうんだから、なんていうか未来が家にやってきた、そう思ったね。

ただな、値段が高かったんだよ。確か15000円くらいじゃなかったかな。今にして思えばなんてことない値段だけどな、当時は子供のおもちゃにそれだけの値段をかけるってあまりないことだったんだよ。

そりゃあ欲しかったさ。とにかく欲しかったさ。俺はいまだに当時のファミコン、あれはオーパーツなんじゃないかって疑ってる。あの時代の技術力を楽に超えてそうで、異星人の技術が入ってたんじゃないかって思ってる。そんなオーパーツが家に来たらどれだけ素敵なことだろうか、そう夢に見ていたよ。

でもな、うちは特に貧しかったという事情があったんだけど、とてもじゃないがファミコンが欲しいなんて言い出せる雰囲気じゃなかった。カセットまで入れたら2万円超えるしな。子供心に家計が火の車なのは察していて、そんな中でファミコン買ってくれって言えるほどさすがの俺も鈍感にはできちゃあいなかった。

家にファミコンがやってくることは諦めた。でもファミコンはプレイしたい。めくるめく未来ってやつを体感したかったんだろうな。貧しかった俺が選択した道は、接待ファミコンってやつだ。

うちの近所には金持ちの息子が住んでいてな、そのガキが同級生だったんだけど、当たり前のようにファミコンを配備していた。このお大尽のガキは性格の悪い嫌な奴だったんだけど、ファミコン目当てで付き合ってたんだ。とにかく我慢してりゃあファミコンをプレイできる。そうなりゃ我慢するだろうよ。

ただ、やはりそこは接待プレイでな、好き放題にやらせてくれるってわけではないんだ。基本的には観戦だな。お大尽のガキが華麗にプレイしているのを眺めていることが多い。そこで、上手いねだとか、今のすごいねとかまあ、適当にお大尽の機嫌をとっておおくわけだ。

すると、気を良くしたお大尽がベースボールをやろうって持ち掛けてくる。すげえ初歩的な野球ゲームで、守備が全部自動で球投げて打つだけのゲームよ。このコンピューターの守備がバカでな、セカンドゴロが外野まで転がっていってランニングホームランになるとかザラだった。

その対戦相手を仰せつかるわけよ。もちろん勝ってはいけないわけ。勝とうものならお大尽がヘソ曲げて今日のファミコンは終わりってなるだろ?それを阻止するためにわざと負けるんだけど、あまりにわざとらしく負けてもお大尽が機嫌を損ねるわけだから、まあ、一生懸命やったのに力及ばなかった、みたいに負ける演技力が必要なのよ。ほんと面倒くさいガキだよ、お大尽は。

でもなまれに9回裏、二死満塁、打てばサヨナラ逆転みたいな場面になるわけよ。ここで凡打をかまして負ければ白熱の死闘を制したお大尽ってことですこぶる機嫌がよくなるわけ。そうすると後のファミコンライフも大きく変わるんだから、とにかく大切な場面だ。

お大尽が球を投げる。棒玉だ。こいつ下手すぎるだろ。絶妙にタイミングをずらしてバットを振る。よし、セカンドゴロだ。予定通り凡打でこのまま試合終了。と思ったら、さっき言ったとおりコンピューターの守備がゴミでな、球をとる動作をしながら取れなくて立ち上がる、ってのを外野フェンスまで繰り返してやがる。ランバダ踊ってるみたいになってんだ。そのままランニングホームランよ。お大尽ブチ切れ。これやるとな三日はプレイさせてもらえなくて観戦だけになるんだわ。

そんな接待漬けの毎日の中、今でも忘れられない事件が起こった。あいも変わらずファミコン目当てにお大尽の家に遊びに行ってるんだけど、妙にお大尽の機嫌が良い日があったんだ。確か何か新しいおもちゃを買ってもらったとかだったと思う。なんかお大尽はそっちに夢中で、ファミコンなんて別にどうでもいい、みたいな雰囲気を醸し出してた。

そこでな、俺はちょっと冒険してみたんだ。一世一代の大勝負を仕掛けてみたんだ。

「あ、あの、できれば一日だけファミコンを貸してほしいんだけど」

ありえないことだった。まだカセットの貸し借りなんてものも文化としてあまり根付いていない時期だった。そんな中で本体ごと貸してくれなんて言語道断。基本的にありえないことだった。神を冒涜する行為に近いタブーだった。でもな、俺には勝算があったんだ。

「いいよ、明日には返してね」

俺たち貧乏人にとってはファミコンってもう宝石さ。でもな、お大尽にとっては数あるおもちゃの一つにすぎねえんだ。興味が薄くなり機嫌も良ければ貸してくれる可能性は十分にあった。あとはタイミングの問題だけだった。

すぐにファミコンを取り外し家に走ったさ。あれほど嬉しかったことは後にも先にもなかったな。ドキドキして胸が張り裂けそうで、すげえ空が青かったな。まるで鳥たちも祝福してくれているように感じた。

家に帰って早速、我が家のテレビにセッティングよ。いつも見ている我が家のテレビ、あれにファミコンの画面が映る。想像しただけで気を失いそうだった。ファミコンを見た弟のテンションも上がってる。普段は言うこと聞かないくせに兄の言いつけを守ってよく手伝いやがる。

今でこそゲームとテレビの接続は簡単だけどな、当時はRFスイッチっていうのかな、導線みたいなのを剥き出しにして、それをテクニカルにテレビ裏の端子に接続しなければならなかったんだ。これがなかなか難しくてな、すぐに導線が切れちまう、そうしたらハサミを使ってもっと線を出したりする必要があったんだ。これに手こずってな、ワクワクしながら待っている弟を尻目に結構長い時間やっちまったんだ。

いよいよケーブル接続も終了し、ファミコンをテレビの前に設置した。なんていうか神々のような威厳を感じた。我が家に神が、オーパーツがやってきた。言葉では言い表せない圧倒的なスケールがそこにはあった。

なんかさ、神が降臨するときって眩い光と壮大な煙がイメージされるだろ?俺には神々しい光も厳かな雲も全部見えた。

「電源入れようよ」

弟が言った。こいつ、こんな真剣な顔ができるんだって思った。気づかないだけでこいつも成長してるんだな。なんだかうれしくなっちゃってね。ファミコンって家族の絆や成長を実感させてくれるって思った。伊達にファミリーの名前を冠しているわけじゃあない。

「まかせろ」

ゆっくりと電源のつまみを押し上げた。動かなかった。

あまりにも舞い上がっていたんだろうな。お大尽から借りることができた、その有頂天な気持ちで電源アダプターを借りてくるの忘れちまったんだ。これはとんでもない大失態だ。外を見ると、もう暗かった。RFスイッチの接続に手間取ったからだ。今からお大尽の家に行き、電源アダプターを借りるなんてことはできない。夜遅くに出歩くとすげえ怒られる。

「ファミコンできないの?」

弟は不安そうな顔をした。兄として、弟の笑顔を守らないといけないと思った。あの笑顔を取り戻さないといけないと思った。弟を不安にさせてゃならない。そしてなにより、ファミコンをやりたい。様々な思いが去来した。

「大丈夫だ、兄ちゃんに任せろ」

俺には勝算があった。

我が家は自営業だったという事情から、貧しくはあったが当時としては最先端の留守番機能付き電話機を所持していた。この時代の電話機ってのは黒電話のように、電話線に繋げば使えるものが主流だったけど、我が家の電話は留守番機能でテープを再生したりするために電話線以外に電源アダプターを繋ぐ必要があった。あのアダプターがファミコンのアダプターに似ている。

すぐに電話機のアダプターを引っこ抜きファミコンに接続する。ビンゴ。アダプターの端子はしっかりとファミコンに刺さった。これでファミコンをプレイできる。弟にも笑顔が戻った。いよいよ、我が家に神が降臨なされる。兄弟二人で大きな唾を飲み込み、一呼吸おいてついに電源を入れた。

もああああああー

ファミコンから物凄い煙が噴き出した。別府?っていうくらい煙が噴き出した。

おそらく、アダプターの電圧みたいなものが全然違っていたんだと思う。ファミコンの中の何らかのナイーブなものが焼け焦げていっているような匂いがした。

「お兄ちゃん、なんか煙でてるよ」

弟の問いかけに

「大丈夫だ」

と答えることしかできなかった。神が降臨する時に煙はつきものだ。そう言い聞かせることしかできなかった。大丈夫だ、大丈夫だ、きっとこの煙は環境が変わってファミコンが戸惑っているだけなのだ。そのうちなんかバチバチと光を発し始めた。神が降臨するとき、眩い光と厳かな煙が生じる。俺には神が降臨するそれらが出ているよう見えた。当たり前だ、実際に光も煙もでてるからな。

いよいよファミコンからの白煙は色付きのものに変わっていく。テレビの画面は荒れに荒れている。何らかがクライマックスを迎えていることは容易に想像できた。

「お兄ちゃんやばいよ!」

「やばくない!」

そのセリフと同時に、ぶちゅんという聞いたことのない鈍い音をたてて煙が止まった。それっきり、何度電源を入れてももう、ファミコンは動かなかった。神は死んだのだ。

あの時はなあ、死ぬかと思ったぜ。お大尽に借りたファミコンを焼いちまったわけだ。荼毘に付されたファミコンもって母ちゃんに報告したら死ぬほど怒られてな。親父にもすげえ怒られたさ。知らない人が客観的に見たら、彼、この後自殺するの?って指摘してもおかしくないくらい怒られたさ。

結局、両親は俺たち兄弟のためにファミコンを買う金を貯金してたんだ。その金も、お大尽に弁償するのに使われちまってな。今でも思い出すと胸が苦しくなるよ。なんであんなことしちまったんだろうって。

今は恵まれてるよ。テクノロジーも信じられないくらいに向上して、すげえ面白いゲームをできる。でもな、あの時、セカンドゴロがホームランになるようなベースボールをやってる時のような楽しさはねえんだ。結局、技術じゃねえんだろうな。夢中になって右往左往した、そんな経験が楽しんだろうよ。

だから、俺は今だってプレステ4でゲームするし、WiiUでスプラトゥーンにする。スマホでだってゲームもする。でも何十年後にこのことを覚えて語れるかっていうと自信がねえんだ。恵まれすぎってのも悲しいもんよ。カラフルだからこそ人は迷う。今の恵まれた時代はカラフルな世界そのものなんだ。

あの日、あの時のファミコンに熱狂した時代、愚かなことも楽しいことも教訓も全部そこに詰まっていたような気がする。願わくば、今お前が熱中しているゲームもそうやって何らかの人生の糧になればいいよな。そうなるように祈ってるよ。技術がどれだけ進歩したって、人間の根本は変わらねえんだから。

 

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