兵どもが夢のあと

広島市内から国道2号線を通って山口県方面へと走っていくと、左手に海が見えるようになるポイントがある。静かな瀬戸内海とそこに浮かぶ島々が見える絶景ポイントだ。少し走れば宮島も見えてくるし、よーく目を凝らせば厳島神社も見ることができる。広島を堪能できる場所といってもいい。

ただ、この風景をジグソーパズルとするならば、ここには大切な1ピースが足りない。本来ならこの高架の橋脚の陰から大切なものが見えなければならないのだ。

小学生だったころ、修学旅行で広島にやってきた。吹けば飛ぶような、コンビニすりゃありゃしない田舎町の子供たちにとって、広島の街並みは想像を絶する大都会だった。広島中心部の天まで届きそうな高層ビル群や異常に広い道路、今日は祭りでもあるのだろうかと思いたくなる賑やかな人通り、全てが初めての体験だった。

原爆ドームや原爆資料館の見学を終え、バスに乗り込み宮島へと移動する。世の中にはとんでもない都会があるものだとボーっと車窓を眺めていると、急に視界が開けた。瀬戸内海の海に島々が見えたのだ。初めて見る瀬戸内海は、本当に海なのかと疑いたくなるほど静かだった。

「おい、あれをみろ!」

誰かが声を上げた。バス内が騒然とする。まるでバスの行く手を遮るかのように目の前には真っ赤な観覧車がそびえたっていた。信じられないデカさだ。とても人類が建立できるものとは思えない。そのスケールに田舎の子供たちはただただ震えた。たぶん、黒船が来た時の江戸の人はこんな気分だったんだろう。

「こちらがナタリーランドです。なんと、みなさんは明日訪れる予定になっています。天気が良くなるといいですね」

バスガイドがそう言った。そう、僕らは明日、この巨大観覧車を形成するナタリーランドで遊ぶことになっている。遊ぶといえば野を駆けてカマキリを捕まえたり、藪に捨てられたエロ本を探したりとそういったことしかしてこなかった僕らが、この観覧車および遊園地で遊ぶ。なんだかちょっと想像できないレベルの場違い感があった。

宮島観光も終わり、いよいよ修学旅行最終日となった。ついにあのナタリーランドを訪問することになる。みんなとにかく楽しみなのかバス内は落ち着かない雰囲気だった。宮島からナタリーランドは本当にすぐだ。僕らの期待と不安、そして輝かしい未来みたいなヤツを乗せ、バスはナタリーランドへと吸い込まれていった。

「おい、観覧車行こうぜ!」

「わたしはループザループ!」

「わたしは怖いからメリーゴーランド」

入園し、自由時間となると、みんな手に手を取り合って思い思いの乗り物へと走っていった。ただ、この時の僕は本当にどうかしていたとしか思えないのだけど、何をトチ狂ったのか僕は乗り物には向かわなかった。観覧車にもジェットコースターにも目もくれず、友達とつるむこともなく、たった一人でゲーセンへと向かった。たぶん、こういう場面であえて孤独にゲーセンに行く俺、ニヒル、みたいに考えていたのだと思う。完全に頭おかしい。

平日ということもあり、ナタリーランドにはほとんど客がいなかった。ただでさえ客がいないのに、遊園地に来てまでゲーセンに行こうとする人は皆無だったのだろう、他に客は誰もいなかった。薄暗い店内に赤や緑のランプがピコピコひかり、よくわからないコミカルな音を発しているだけだった。

ぐるっと見回すと、寂れたゲーセンの雰囲気を醸し出しているものの、そこはさすが遊園地のゲーセン、多人数で楽しめるようなゲームを中心に置かれており、一人で没頭できるようなゲームはほとんどなかった。ただ、星占いができるマシンの横に、なんだか妙に気になるゲームが置かれていた。

「野球拳」

筐体にはそう書かれていた。画面を見ると、なんだか頭の悪そうなお姉さんがおっぱいを揺らしながら踊っている。「私と勝負ヨ、勝ったらイイコトしてア・ゲ・ル」となかなかパンチの効いたことが書いてあったように思う。

「なんなんだ、これは」

なんだか妙に心を鷲掴みにされた。とにかくプレイしてみようとコイン投入口を見ると何のためらいもなく「300円」と書かれていた。異常なインフレだ。持ってきた小遣いの額を考えるとおいそれと手が出さるものではない。けれどもやはり僕も修学旅行の雰囲気に呑まれていたのだと思う。ほぼ全財産ともいえる300円を投入し、ついに「野球拳」をプレイし始めた。

「えーい、負けないぞー!それじゃあはっじめるよー!」

そこそこ純度の低いシャブでも食ってる感じのテンションでお姉さんが声を上げる。誰もいないゲーセンにその声が響き渡った。画面を見るとピンクのハートが3つ左上に並んでいる。これがどうやらこちらのライフで、3回負けるとゲームオーバーになる感じだった。対してお姉さんのライフは5個ありそうだ。丸が5つ並んでいる。はなから対等な勝負でないことに恐怖を覚えた。

じゃんじゃんじゃじゃじゃじゃ!

この世にこれほど安っぽい音楽ってあるかって唸りたくなるくらいチープな音楽がスピーカーから流れる。ちょっと音割れしていた。

「やーきゅーすーるーなーらーこういうぐあいにしやしゃんせ」

お姉さんがあほっぽく踊る。このムービーをお姉さんが死んだときに葬儀で流したらどうなるかな、なんて考えていたら、

「アウト!セーフ!よよいのよい!」

といったところで手荒くムービーが止まった。どうやらここで備え付けられたグーチョキパーのどれかのボタンを押すらしい。迷わずチョキを押した。

今思うと、このタイムラグがすごかった。完全に中で仕組まれているのだろうけど、ボタンを押してからしばらくガリガリ中で音がしていて、画面は止まったままだった。絶対にこれインチキだわと唸りたくなるレベルのタイムラグがそこにはあった。

「パー!」

繰り出した手がなのか、それとも頭が、なのか、とにかく途方もないアホっぽさでお姉さんが手を繰り出す。手のひらをこちらに差し出しているのでパーなのだろう。またガリガリといいながらムービーが止まる。次の準備なのだろう。

「あーん、負けちゃった」

こちらの勝ちだ。お姉さんのライフが一つ減る。このままいけば、5回勝つのも夢ではない、勝てたらいいな、くらいに思っていた。しかし、次に衝撃的ムービーが流れ出す。

「あまり見ないでね」

お姉さんがそう言いながらネグリジェみたいな服を脱ぎ始めるムービーが流れた。おいおい、負けたら服を脱ぐのか!?すげえな広島、こんな破廉恥なゲームがあるのか。驚愕した。それと同時に、途方もないプレッシャーがわが身を襲った。勝てたらいいな、クリアできたらいいな、くらいに思っていたら、勝つほどお姉さんが脱ぐのである。絶対に負けられない戦いがここにある。

「よーし、いくぞ!」

ジャンケンポン!

ジャンケンポン!

あれよあれよという間に三連勝だ。とんでもない。自分は何をやってもダメで、顔も不細工で何の取り柄もない人間だと思っていたのだけど、野球拳の才能があったのだ。将来は金持ち専属のプロ野球拳プレイヤーになるしかない、そう思っていた。画面の中のお姉さんは下着姿になっている。

「あと2勝・・・!」

いける!絶対にいける!

ジャンケンポン!

ジャンケンポン!

あれよあれよという間に2連敗した。あっという間に残りライフは1、完全に追い込まれる形になった。こちらは服を脱がなくていいので本当に助かった。この先が見たい、どうしても見たい、この先が見えるなら死んでもいい、この命、投げ出してもいい。まさか修学旅行で来た遊園地のゲーセンで命を懸けた勝負が行われるとは夢にも思わなった。

「アウト!セーフ!よよいのよい!」

まだ心の準備ができていないのに、お姉さんが踊りだす。どうする。普通に出したんじゃ負けてしまう。こいつらはイカサマしている可能性がある。ええい、ままよ!僕はチョキを押すと見せかけてグーを押した。完全にバカだ。コンピューター相手にフェイントするのもバカだし、おまけにチョキと見せかけたなら押すのはパーだ。相手がチョキに引っかかってグー出したとしたらあいこにしかならない。

なのに意外や意外、なぜか画面にはチョキ。図らずも勝利を収めてしまうこととなった。

これでお互いに残りライフは1。お互いに後がなくなった。次が最後の勝負になる。お姉さんはパンツのみの状態だ。ただ巧妙に腕で隠していておっぱいは見ることができない。

「次は絶対に負けないんだから!」

そういう画面内のお姉さんに

「その強がりがいつまで続くかな」

そういった。

音楽が流れ始め、ついにファイナルバトルが始まる。これはもう、野球拳ではない。人類とコンピューターの戦争だ。僕は人類サイドの代表であり、このマシンがコンピューターサイドの代表で。もし、ここで人類が負けるようなことがあれば、時間の問題でマシンに支配された未来がやってくるに違いない。絶対に負けるわけにはいかない。人類のため、未来のため。

「アウト!セーフ!よよいのよい!」

どうする。さっきはチョキと見せかけてグーで勝った。けれども同じ手が二度通用するほど甘い相手じゃないのはわかってる。どうする。どうする。くっ、ボタンが、ボタンが押せない。怖くて押せない。これで人類が負けると思うと。

「なんだよ、情けねえな」

ケン!(誰?)

「俺に勝ったライバルだろ、こんなところで弱音吐いてるんじゃねえよ」

ケン、おまえ・・・。

「全く、世話が焼けるわね。いい、野球拳の基本は強い心、絶対に負けないっていう強い心。1回戦で私を倒したあなたの強い心を見せなさいよ!」

アズミ!(誰?)

「ふぉっふぉっふぉっ、若いのう。その若さが命取りにならねばいいが」

ちょ、長老!(誰?)

うおおおおおおおおお、俺は負けるわけにはいかない。夢半ばで去っていった友のためにも、好敵手のためにも、師匠のためにも、そして人類のためにも。神よ、僕に力をください!

バシューーーーーン!

グーを押した。

ゆっくりと目を開ける。神よ。どうか、どうか。

画面にはチョキが表示されていた。

「やーん、まけちゃったー、本当に強いのね」

小さくガッツポーズした。場末のゲーセン、その片隅で、人類代表はガッツポーズをした。人類は勝ったのだ。とにかく勝ったのだ。

「仕方がない。ちょっとまってね」

画面の中のお姉さんが物陰に消える。そして手だけが陰からすっと出てきて、ファサッと持っていたパンティが床に舞い落ちる。そこで画面にデカデカと「GAMEOVER」と表示された。

放心状態で呆然としていると、さらにマシンから機械音がして、「オメデトウ ショウヒン ダヨ」とかいってガコッとマシン下部からカプセルが飛び出してきた。カプセルの中にはパンティが入っていて、なんか様々な感情が入り混じって僕はその場で泣いてしまったんだ。

「ここではな、戦争があったんだ。人間と機械の戦争が」

現在ではナタリーランドは閉園し、マンションと商業施設になっている。かつてここで乗り物には一切乗らず、人類を代表してマシンと戦った勇気ある少年がいたことを知る人は少ない。

そして、マシンから出てきたパンティをどうしていいのかわからずポケットに入れて持って帰ったら、母親がそれを発見し、「息子が修学旅行で女子のパンツを盗んできた」と担任に連絡し、女子だけの連絡網でパンツ泥棒と伝達された人類代表の男の子がいたことも決して忘れてはいけないのだ。そう、ここはその男の子の墓標なのだ。

 

 

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