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モンティ・パイソンは飛んでこない

ターミナル駅の人ごみを抜け、階段を上った先にチーズ・ショップのようなおしゃれな売店があり、さらにその先に行った場所に小さな広場がある。そこに立つ人々はほとんど何らかの待ち合わせをしていて、その先にある何かを楽しみにしながら思い思いの時間を過ごしている。

僕は人との待ち合わせおいて基本的に2時間くらい前には到着するように行動している。そうしないと気持ち悪いからだ。結果、2時間は待ち合わせ場所で待つことになるわけで、そこで繰り広げられる人間模様をまざまざと見せつけられることがある。

「すいません、モンティパイソンさんですか?」

彼女はそう言って僕に話しかけてきた。まるで10代の娘が頑張っておしゃれしてきた、みたいなファッションに身を包んでいたが、よく見ると結構歳いってる。30代半ばといったところだろうか。格好だけが若い女性だ。

「いいえ、たぶん違うと思います」

モンティ・パイソンは、イギリスの代表的なコメディグループだ。どう次元が捻じれようとも少なくとも僕はモンティパイソンではない。

「おかしいなあ、ここで待ってるって言ったのに。おかしいんですよ。3回も待ち合わせ場所変更するし、言ってる事どんどん変わるし」

彼女はマシンガンのようにそう言った。普通なら僕がそのモンティパイソンとやらでないと分かった時点でコミュニケーションは終わりのはずである。なのに彼女はお構いなしに続けてくる。

あまりの勢いに僕はどうしていいいのか分からず、「19歳でガンになったとき、わたしはいい子でいるのをやめました」って言われた時の桜井君みたいな顔をしていた。

「おかしいですね。3回も待ち合わせを変えるなんて」

僕は基本的に人見知りなので知らない人にそこまで深く会話を合わせるつもりはなかった。けれどもスパムメールをゴミ箱に捨てるように完全に無視する度胸もないので、適当に調子を合わせることにした。

「ですよね。見てください、これ!」

受け入れられたと思ったのか、そう言って彼女はさらに近づいてきてスマホの画面を見せてきた。そこには出会い系サイトっぽい画面が表示されていた。

「なるほど、確かにコロコロと待ち合わせ場所を変えてますね」

出会い系サイトで会う約束をした男が何度も待ち合わせ場所の指定を変えてくるようだった。相手のハンドルネームが「モンティパイソン」だった。それだけ見せられて会話が終わった。

しかし、しばらくするとまた彼女が話しかけてきた。

「待ち合わせ場所を何度も変えてくるってなんなんですか?」

彼女はモンティパイソンの行動にかなり不信感を抱いているようだった。基本的に何度も待ち合わせ場所を変えるのは闇取引の基本だ。身代金の受け渡しや非合法な品物の取引など、何度も待ち合わせ場所を変える必要がある。あらかじめ決めていた待ち合わせ場所で取引をすると、仲間や警察が待機していたり事前準備を許してしまうことに繋がるからだ。

「たぶんですけど、それらの待ち合わせ場所、全部、近くに誰でもはいれる大きな商業ビルがあります」

「どういうこと?」

出会い系サイトの待ち合わせにおいて、相手がどんなモンスターであるかというのは重要すぎるほどに重要だ。ただ、ドラクエのようにいきなりエンカウントしてしまっては逃げるに逃げられないことが多々ある。基本的にボス戦では逃げるのコマンドは効かないものだ。

僕がそういった待ち合わせをするなら、かなり安全な場所で待ち合わせ場所を見下ろすだろう。まるで自転車修理マンがパンク個所を探すように、ビルの上からまじまじと待ち合わせ場所を見る。そういった意味で、モンティパイソンは何度も待ち合わせ場所を変えたのかもしれない。

「もしかしたらビルから見張ってるのかもしれませんね」

軽い気持ちで言った言葉だが、妙に彼女のカンに触ったらしく、ブツブツと許さない、許す、許せ、許すこと、とか謎の四段活用をブツブツと呟きながら肘のあたりをかきむしり始めたのでなんか怖かった。

(早く来てくれよ、モンティパイソン)

あまりの恐怖にそう祈った。彼女は色々と臨界である。この様子をビルの上から見てるんだろ、早く来てくれよモンティパイソン。お前の責任だろ。早く来いよ。そう祈りながら佇んでしばらくすると、また彼女が話しかけてきた。

「やはりあなたがモンティパイソンさんですよね?」

とんだ殺人ジョークだ。断じて違う。

「いいえ違います」

言い返すが、死んだオウムみたいな瞳をした彼女は聞き入れない。

「違うことが違います。あなたがモンティパイソンです」

意味が分からない。まるでスペイン宗教裁判のように彼女は僕を問い詰めた。

「ビルの上から監視してるとか言って、本当は間近から見ていたんでしょ、あなたがモンティパイソンです」

「違いますって」

完全にサイクル野郎危機一髪だ。やはり彼女を無視するべきだったのだ。ただ、彼女は完全に僕をモンティパイソンだと信じて疑っていない。どれだけ弁解しても藪蛇だ。これはとんだ濡れ衣。そこである提案をした。

「メールで連絡取りあってるんですよね?モンティさんと。それならば今ここでモンティパイソンさんにメールを送ってみれば?それで僕にメールが届かなければ疑いは晴れるでしょう」

僕は水戸黄門が印籠を示すようにスマホの画面を誇示し、さあ送ってみろとジェスチャーで伝えた。女はすぐにスマホを取り出し、メールを打ち込みだした。それはまるで魚が水中で踊るような手つきで、フィッシュ・スラッピング・ダンスのようだった。

「送りました」

メールが来るはずがない。僕はモンティパイソンではないのだ。誇らしく、ややどや顔でスマホの画面を見せていたが、とんでもないことにスマホがバイブし始めた。完全に何らかの情報が着弾したことを知らせるバイブだった。

「ほら、やっぱり!」

なんでやねん。

いやいやいやいや、違う。これは僕が待ち合わせしている相手が、「20分くらい遅れる」ってメッセージ送ってきただけだ。断じて君からのメールではない。それにLINEだから。くそっ、どんなタイミングだ。

「ちがうってほら、今来たのは待ち合わせしてる友達から」

そういってLINEの画面を見せるのだけど

「そういう細工をしてるんでしょう。あなたがモンティパイソン、わたしを監視して楽しかった?」

義賊デニス・ムーアが嘆いたように、何を言っても信じない彼女の存在を嘆いた。

「ほら、ちゃんと見てください。さっきのバイブはこの友達からきたメッセージです。時間も見てください!」

そうやって見せた画面には確かに友人からの「20分くらい遅れる」ってメッセージが表示されていたのだけど、その上のやり取りも表示されていて

「今日は鹿児島でアナルがふやけた話してやるから」

「お、たのしみ。どうやってアナルがふやけたんだ」

「まあ、楽しみに待ってろよ」

っていう、外国に流出したら国辱ものの会話までしっかり読まれてました。

「アナルがふやける……」

彼女はヒトラーがいる民宿を見つけたみたいな表情でそれらの文章を読んでいて、しまった、俺と友人の途方もない恥をさらしてしまったーと思ったのだけど、それでもこれで僕がモンティパイソンではないと理解してくれるならいいかって思っていたら

「やはりあなたがモンティパイソンさんですね。アナルの話するのはモンティパイソンさんしかありえない!」

お前とパイソンはどんな会話をしていたんだと思いつつ、それでもやはりモンティパイソンはやってこなくて、待ってる間ずっと、あなたがモンティパイソンでしょ、と言われ続けてました。

結局、モンティパイソンは来なかった。ビルの上から覗いてたであろうモンティパイソンは飛んでこなかった。

彼女はしばらく僕の周りでブツブツ言ってて許さない、許す、許せ、許すこと、とか謎の四段活用を呪文のように唱えてて怖かったけど、1時間くらいしたらどこかに行った。

それから、待ち合わせに遅れてきた友人とお前のメッセージのせいで大変なことになったと盛り上がったけど、鹿児島でアナルがふやけた話はしてくれなかった。期待だけ持たせて話さないのは、完全に許さない、許す、許せ、許すこと、だ。まあどうせ、鹿児島のデリヘル嬢あたりにナッジ・ナッジとアナル舐めをされたってだけだろうけど。