読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アドバイスアドバンス

「ええ、ビックリしましたね。驚きましたよ。それはありえないって。ええ、確かにアドバイスしましたよ。なんだかすごい緊張してるみたいだから、ちょっと掴みのジョーク入れたらどうかってアドバイスしたんです」

「いやねえ、私も出過ぎた真似かなって思ったんですけどね。、もう見ちゃいられなくてアドバイスしたんですよ。なんだかブツブツと掴みのジョーク、掴みのジョーク言ってて気持ち悪いでしょ、普段から意味不明にブツブツ言ってる気持ち悪い人でしょ、いつか事件起こすんじゃないかって冷や冷やしてたわよ。だからアドバイスしたんですよ、あまりにベタなジョークは滑りやすいから、ブラックな感じにしたらどうかって」

「ああ、はい。言いました。ブラックな感じにしたらどうかって、ちょっと失礼くらいの紙一重のジョークが導入部分では最適かって思ったんです。僕はアップルとかのプレゼンを見てますけど、結構失礼な感じのジョークってうけますよ。聞く方は予想してないですからね」

「見ちゃいられない緊張でしたね、ブツブツと失礼なジョーク、失礼なジョークってうわ言のように呟いていて、だから言ってあげたんですよ、失敗したっていいんじゃないかって、確かに偉い人たくさんのプレゼンですよ。でも、座って聞いてるのは野菜だって思えって。神様レベルが聞いてると思ったら余計に緊張しますもんね」

「挨拶は大事だぞって言いました。掴みのジョーク入れるにしても挨拶の後に入れるべき、そう言いました」

「ミスった時のフォローが大切と言いました。一番良いのはミスをミスと感じさせないというフォローです。例えば、英語の綴りを間違えてると気づいたときに、もちろんすぐに訂正するのがベストなんですけど、そのままずっと間違えて行って誰も気づかなかったらハッピーじゃないですか、それくらい図々しい感じでいけって言ってやりましたよ」

「いつもの自分を出せって言ってやりました。日本代表だって自分たちのサッカーできなかったから負けたとか言うでしょ、いつもと違うことやろうとするからボロが出るんですよ。だからいつもの自分でいい。何も演出する必要はないって言ってやりましたね」

「わたし?わたしはいつもそうですが、好きにやってこいって一言だけアドバイスですよ。信頼してますからね。そう、あのプレゼンは確かに大切でした。ものすごいメンツが聞いてますからね。でも、いちいち口を挟んでも仕方ないでしょう。好きにやってこいと言いましたよ。ただまあ、少しだけテクニックは教えましたね、一番前に座ってる人の良さそうな人を弄るとけっこうウケるぞって。え?わたしが悪いんですか?まさか」

「ええ、そうなんです。なんかみんなにアドバイスもらっちゃって。自分ってもしかしたら結構愛されてるのかなって思ったんです。でもね、アドバイスって基本的に適当なこといってるんですよ。結局は他人のことですからね。そう痛感しました。そう、あんなことになるなんて……。ええ、自分が悪いのは分かってます。確かに緊張しすぎでした」

満員の観衆、その全てがグレーや紺の色使いであることが少し面白かった。全員が落ち着いた色のスーツを着て座っていて、ポマードとトニックと防虫剤の匂いが充満している、そんな空間だった。この空気を缶詰にして売り出したら、少し父性を求めているOLなんかに売れるんじゃないか、そう思った。

会場の照明が少しだけ落とされる。落ち着いた色合いの人々も一斉に談笑をやめ、こちらを向く。今度は真っ黒な頭髪だけが綺麗に並んでいる状態になった。黒、黒、黒、白が少し入った黒、黒、黒、肌色、黒、黒、肌色といった塩梅だ。

司会者によって僕が紹介される。いよいよ出番だ。緊張で胸が高鳴る。沢山のアドバイスを心の中で復唱しながら登壇した。「掴みのジョーク」「ブラックな感じ」「失礼な感じ」「聴取は野菜」「挨拶」よし、行くぞ!ついに登壇し、マイクに向かって第一声を発した。

「おはようございます、クソ野菜ども」

例えば、ほとんど人が入ってこないような森の奥深くに入ったとしたら、そこは無音だろうか。いいや、きっと音がする。野鳥が鳴いているかもしれない。どこかで水が流れる音がするかもしれない。風の音が、空気がそっと動く音だって聞こえるかもしれない。人が立ち入らない森の奥だってそうなのだから、きっとこの世には無音の場所なんてない。こんな考えが嘘だと思えるほど、会場は静まり返って無音だった。

(無音の場所がこんなところに)

そんなこと言ってる場合じゃない。ウケなかった、滑って、それどころかざわつきすらなく完全に無音、すべったどころの話じゃない。

(ここはやっちまったのだから謝った方が)そう考えた刹那、またアドバイスが心の中でリフレインした。「ミスった時のフォローが大切、そのままいけ」そう押し通すべきだ。ここで謝ったら単にバカな人じゃないか。ここで押し通し、自分はこういう発言を演出として用いているとわからせるべきだ。

「なんだあ、元気ないな。あれか野菜は野菜でも腐った野菜か」

遠くで小鳥がさえずる音が聞こえた気がした。

京都東山区にある三十三間堂には1001体の千手観音が並んでいる。俗に「三十三間堂の仏の数は33033体」といわれるが、これは全然数が足りない。実は、法華経などには観音菩薩が33種の姿に変じて衆生を救うと説かれている。つまり、この1001体の観音が33の姿に化身するので1001×33で33033体なのである。お偉い聴衆たちはまるで三十三間堂の観音のように微動だにしなかった。そうだ、京都に行こう、まるで三十三間堂にいるような錯覚に陥った。

もう何が起こってるのか分からなかったが、とにかくまたアドバイスがよみがえった。「いつもの自分を出せ」「一番前の客を弄れ」よし、あのハゲチャビンを弄ろう。いつもの僕を出して弄ろう。

「ちょっとーなに、その表情は、まったくもー、僕がアメリカの凄腕ハッカーだったらハッキングであなたの素性を丸裸にして、ブリトニースピアーズの名義であなたの家で勝手にパーティーを催すよ。ったく、それくらいのことだよ、これは。でもね、僕はアメリカのハッカーじゃないんですよ。ブリトニースピアーズでもない」

もうレベル高すぎて意味わかんねえよ。

1001体の三十三間堂の観音たちはやはり微動だにしなかったが、何体か阿修羅っぽいものが混じってるような感じだけは読み取れた。

そこからは何とか取り繕ってプレゼンをしたらしいけど、あまり覚えていない。ただ、僕の次にプレゼンをした爽やかそうなイケメンが、すごい丁寧に挨拶してプレゼン初めて、合間に挟んだちょっとしたジョークとかすげえつまらないのにドッカンドッカンウケていたのだけは覚えている。

アドバイス、それは本当に親身になってされている場合でも、結局は何の役にも立たない。所詮、人は人、他人から発せられる言葉は小鳥のさえずり以上の意味を持たない。本当にその人をすべて理解し、状況も、それまでの心情も、全て理解したうえでアドバイスすることなどほとんどないのだから、言葉は悪いが、適当に言ってるにすぎないのだ。それを真に受けすぎると、とんでもないことになる。本気で言っているアドバイスなどほとんどないのだ。

ただ、この会合が終わった後、結構偉い人に、ジョークっぽくも結構真顔で言われたアドバイス、

「次の仕事探した方がいいんじゃないか?」

これは結構本気のアドバイスだったと思う。