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草津よいとこ一度はおいで

草津の民ってのはとにかく心が広い、懐が深い、そう思うよ。

京都府の隣、滋賀県に草津市という場所がある。滋賀県の南西部に位置し、県庁所在地大津市に次ぐ人口第二の都市だ。市内には立命館大学などを有しており、実は人口密度は仙台市や熊本市などの政令指定都市を上回る。なかなか活気のある街だ。

しかしながら、そこそこ大勢の人が「草津」と聞くと、「ああ、草津温泉ね」となってしまうのもまた事実である。特に関東圏の人ほどその傾向は強い。群馬県の北西部に位置する吾妻郡の草津町に燦然と輝く「草津温泉」、こういってしまうとなんだが、知名度はこちらのほうがあると言えてしまう。

ここからは僕の私見なのだけど、関西圏ならまだ草津市という存在が広く知られているので良いのだが、例えば関東の方に来て「草津に住んでます」と自己紹介しようものなら「ああ、あの温泉の、いいよね」と言われるはずだ。「いやいや、そうじゃなくて滋賀県の」といちいち訂正しなくてはならない煩わしさを感じているのではないだろうか。

例えば、僕が草津出身で、「ああ、温泉の」みたいなニュアンスのことを言われたら怒り狂うし、僕が草津で権力を握る闇のフィクサーだったら私兵を率いて群馬の草津に攻め入る。もう一つの草津を殲滅せよ、この世に草津は二つもいらんのだよ、それくらいの決意だ。けれども草津市民はそれをしない。現代の聖母と呼んでも過言ではないほどに慈愛に満ちた民なのだ。

そういった煩わしい思いをしつつも、相手を憎むでもなく、友好の手を差し伸べる。滋賀県の草津市と群馬県吾妻郡草津町は1997年に友好都市提携を結んでいる。とても懐の深い人たちなのだ。

けれども、懐が深いといっても限度があるように思う。多くの人は相手の懐の深さを見誤り、どんどんエスカレートして怒りを買ってしまう。人間は基本的に相手を舐めるようにできている。相手が優しいからと調子に乗ってはいけないのだ。つまり、笑顔で許してくれるからと言って、滋賀県草津市の人の前で「温泉」は禁句なのである。これくらい相手に気を使ってコミュニケーションをとることが大切なのだ。絶対に草津市で温泉は言ってはいけない。

さて、先日の週末、ひょんなことから僕はこの慈悲深い草津の民が暮らす草津市へ舞い降りることとなった。

少し事情があり、ひょんなことから手に入れた廃車寸前の軽自動車を、まだ乗れるし車検も残ってるし、ということで実家の親父が欲しいと言い出し、じゃあやるよってことで東京からブリブリと運転して実家に向けて走っている時のことだった。

新東名をひた走り、名古屋を超えて伊勢湾岸自動車道から新名神へとはいったときだった。何か異音がした。車から叫びのような悲鳴のような、明らかに正常ではない断末魔っぽい異様なキーキーという音がした。

まあ、廃車寸前の車だし、けっこうひた走ってきたし、車がおかしくなってきたかな、と思いつつ不穏な何かを感じるも、警告灯の類は一切点灯しないので恐る恐る運転しているとどんどん音が大きくなっていく。こりゃいかん、次のパーキングまで2キロ、そこで車を停めて点検だ、と思った瞬間だった。

モアーっとボンネットから白煙が!

ぎゃー!前が見えない!いかん、死ぬ、車が火を噴いて爆発炎上する、とにかく停まらないと!とブレーキを踏むも、エンジンが停まってしまってるのでブレーキが固くて全然停まらない。それでも許してくれない白煙、もうもうと噴出されてくる。

「サイドブレーキ!」

焦るも、サイドブレーキがある場所にサイドブレーキがない!パニックになりながらも、そうだ、この車は一番左のペダルがサイドブレーキだと思い出し、なんとかトンネルを抜けたあたりで停まることができた。車も爆発炎上せず、安全な路肩へと停車できた。しかも目の前が非常電話という都合の良さ。

車から降りて非常電話お使おうとするも、運転席側はもろに車道なわけで、トラックがビュンビュン走ってる。こっちからでると死ぬと思いつつ、助手席に移動して助手席側から脱出する。途方もないデブの僕が軽自動車の中で移動するのは苦難と呼ぶしかなく、あまりに窮屈さにジャージが脱げてしまい、半分尻が出た状態だった。

幸い、深夜だし、通りかかる車もものすごい高速走行してるので僕のことなど見えるはずはない。これは乗車前の点検を怠った自分への戒めなのだ、恥ずかしい思いをするべきなのだ、そう自分を律し半ケツのまま非常電話をかける。どうせ誰も見てない。


高速道路で半ケツなアタイ、と少し背徳感を味わいつつ電話をかける。


「事故ですか?故障ですか?」

爽やかそうな、絶対に彼女にフェラとかさせなさそうなボイスの男が出る。

「なんか、異音がしてて、おかしいな、こわいな、いやだなーっておもいながら運転してたら」

なぜか白熱して稲川淳二っぽく状況を説明する。

「バーッて!白煙が上がったんです!」

完全に怪談のクライマックスみたいになっとる。

「はい、こちらでも確認しました。監視カメラでいま見えてます。もう少し端に車を寄せることは可能ですか?」

「いえ、もう動かないので無理です」

「了解しました」

なるほど、ここはトンネル出口だから監視カメラで見えるのかな?と思いつつ、誰も見てないと思って半ケツだった自分を思い起こし顔から火が出るほど恥ずかしくなった。白煙があがってもおかしくない。

その後はまあ、レッカーを呼んだり保険会社に電話したりする。なんでも40分くらいでレッカー車が救出に来てくれるらしい。深夜なのでそのまま修理というわけにはいかないので、レッカーの会社が車を預かってくれて、そのまま翌朝に修理工場までもっていってくれるらしい。修理するにせよ、廃車するにせよ、とりあえずもう僕自身は必要ないらしく、連絡しますとのことだった。

救助に来てくれたレッカー車は、これまたフレッシュで爽やかそうなイケメンが運転していて、絶対に彼女とかにクンニしなさそうなやや潔癖っぽい男だった。テキパキとぶっ壊れた車をピックアップしてくれて、僕もそのレッカー車に乗り込む。

「いやー、よかったですよ。車が壊れただけで、お怪我がなくてよかった」

若いのに、しっかりと僕を気遣ってくれる。絶対にクンニしないであろその口で慰めの言葉がポンポン飛び出してくる。モテる男はこうでなくてはならない。

「いきなり白煙を噴きましたか?」

壊れた時の状況について質問される。また僕のスイッチが入った。

「なんか、異音がしてて、おかしいな、こわいな、いやだなーっておもいながら運転してたんです。やだなー、こわいなーって」

「バーッて!白煙が上がったんです!」

大・熱・演

そんなやり取りをしていたら高速を降り、見慣れない町が目の前に広がっていた。

「ここはどこですか?」

「滋賀県の草津です」

一瞬、草津温泉?と思ったがそれは絶対に口にしてはいけない。草津温泉は群馬だ。ここは立命館とかある草津だ。

「へえー結構都会なんですね」

「大学生とか多いですね」

目の前に広がる草津という街は大学生が青春を謳歌し、素朴な女子大生がサークルの先輩にクンニされそう、そんな街並みだった。

「どうします?修理にしろ廃車にしろもう大丈夫なんで、今日はどこかに泊まってもらって、明日は東京に帰られても大丈夫ですよ」

親父に車を渡すために東京からひた走ってきたが、その車が荼毘に付された以上、もう行く意味はない。スゴスゴと東京に帰るしかない。

「あ、大きなネカフェある。ここなら駅まで近いですか?」

今日はとりあえずネカフェで夜を明かし、明日になったら電車で東京に帰ろう、そう思った。明日駅まで移動することを考え、なるべく駅に近いネカフェに泊まりたいと思った。

「うーん、ちょっとここからは駅まで歩きますね。でもまあ、草津駅って滋賀でもナンバーワンの都会ですから、きっと駅前にもネカフェありますよ!草津駅まで送りますね!」

爽やかメンにそう促されて草津駅へと移動する。お兄さんにお礼を言って別れる。本当に草津の人は暖かくていい人だ。彼女にクンニくらいしてやれよと思いつつ、レッカー車とぶっ壊れた車のテールランプを見送った。

さて、確かに草津駅前は都会だ。でかい商業施設もあり、飲み屋街みたいなものも形成されている。しかし、いくら歩いて探してもネカフェがない。もう深夜ということもあってほとんどの店は閉店していて、フィリピンパブみたいなものしか営業していない。

この規模の駅前にネカフェがないってありえるのかと思いつつ、スマホを取り出して検索する。スマホはパケット通信の速度制限になっていて、インターネット初期の時代にプレイボーイのサイトでエロ画像見ていた時みたいな速度になってるんだけど、それでも頑張って検索すると、どうやら駅前には深夜に営業しているネカフェはないようだった。

YourFileHostを見てるときみたいな通信速度のスマホで頑張って検索したところ、どうも数キロ先までいかないとネカフェはないらしい。ホテルに泊まることも考えたが、明日、東京まで帰る電車賃を考えるといさかか心細い。やはり安いネカフェに泊まりたいと思った。

仕方ないので歩き出す。数キロ歩いた、ネカフェがあった。インターネットの怖いところは、ネガティブな情報が掲載されにくい、という点にある。例えば、〇〇が設置されました!〇〇がオープンしました!といったポジティブな情報はインターネットに掲載され、そのままずっと残る。けれども、〇〇は撤去されました。〇〇は閉店しました、みたいなネガティブ情報はあまり掲載されない。もうとっくに潰れたりしているのに、いつまでも開店の華々しいニュースなどがネット上では生き続けていることが多々ある。

つまり、いまこうして検索して出てきたけど、このネカフェが潰れていて整体マッサージの店に代わっていても何ら不思議ではないのだ。数キロ歩いてそれはきつい。祈るような気持ちで歩き、ヘロヘロになりながら問題の場所に到達すると、そこには燦然と輝くネカフェがあった。よくぞこの店を潰さないでいてくれた、草津の民へ感謝した。

なんとかネカフェに滑り込み、すこしばかりの休息をとる。隣のブースのおっさんのイビキがうるさく、それだけならばだいいのだが、どうも睡眠時無呼吸症候群らしく、数分に一度、イビキも呼吸も完全に止まるのでハラハラして全く眠れなかった。

朝になってネカフェをチェックアウトする。

とにかく、昨日と同じ距離を歩けば駅まで行ける。けれどもできれば歩きたくない。そんな思いが僕の中にあった。となりの無呼吸症候群のせいであまり眠れなかったし、昨日はいろいろなことがありすぎて疲れていた。とにかくバスに乗って駅まで行きたい。

結構歩いてきたとはいえ、このへんは普通に草津駅の勢力圏であるはずだ。バス停さえみつければ必ずや駅行きのバスがあるに違いない。幸いなことにネカフェの前は比較的大きめの道路だ、探せばすぐに見つかるだろう。

そう思って右往左往するのだけど、全然バス停が見つからない。下手したら探すために歩いた距離で駅まで行けたのでは?ってくらい歩いたのだけど見つからない。スマホで検索しようにも、もう通信速度がテレホタイム10分前にフライングして繋いだ時みたいになってるので検索しきらない。

いよいよ諦めて駅まで歩こうかとトボトボと歩き出したその時だった。目の前にバス停が!ついに救われた!やはり神はいたのだ。それも草津にいたのだ!急いで駆け寄る、うおー!一時間くらい待つぞー!それくらいバスを欲していたんだー!目の前に衝撃の光景が広がった。

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草津は俺を兵糧攻めにする気か。一日一本やないけ。

これならもう廃止にしちまえよ、出かけるために乗っても帰ってこれないじゃないかと思いつつ、それを許している草津の民の懐の深さを感じた。

さすがに5時間も6時間も待てないので諦めて駅まで歩きだす。草津の名誉のために言っておくと、その先にも「まめバス」と呼ばれるバスのバス停があり、そこそこ本数はありそうでしたが、結構時間が合わなかったので歩いていくことにしました。

こうしてなんとか草津駅に到達し、東京まで帰ることができたのですが、思うんですよね、草津の民の懐の深さってすごいなって。街の人はみんな親切だし、なんかすごくいい雰囲気が街にはあって、できれば駅前にネカフェがあってほしいんですけど、すごくいい街なんです。

今回はトラブルがあって草津に降り立ったわけなんですが、今度は最初から観光目的で草津に行きたい、そう思いました。なんといっても草津の人々は懐が深いですからね。

それにしても、高速で車から白煙が上がったときはびっくりして、まるで温泉街みたいだって思いましたよ。草津で温泉街みたいな白煙が上がったわけですから、まるで草津温泉みたいでしたね。

 

 

 

 

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