こころ

大学時代、僕は貧しかった。

大学しかないような田舎の町の山奥に要塞のようにそびえたっていた大学に通っていた僕は、大学の近くに住むことができなかった。大学しかないこの街には、大学の横に学生たちが住む学生街みたいなものが形成されており、オシャレなマンションやコンビニ、カフェ、ショップが立ち並んでいたが、当然、そういった区域は家賃もお高く、とてもじゃないが住むことができなかった。

そうなると、山奥の町のさらに山奥のアパートに住むことになる。アパートの所在地の住所に「水源地」という名称が入っていたくらいなので、どれくらい山奥なのか想像していただけると思う。清らかな水が出るのである。家賃は駐車場込みで3万円だった。

そんな貧しいアパートに住みながらも生活は苦しく、お金がなさ過ぎてフリカケだけを食べる日々が続いたこともあった。勘違いしないでいただきたいのだが、御飯にフリカケだけなんて貧しい!ではない。正真正銘にフリカケだけをサラサラ食べてその日の食事を終えていたのである。本当にその日を生きていくことだけが大学時代の最大の目標だったような気がする。

Kという男がいた。Kは学生街に住む裕福な学生で、ピカピカのマンションに住んで真っ赤なスポーツカーに乗っているような典型的なブルジョア大学生だった。貧富の差は歴然たるものだったが、なぜか不思議と馬が合った。

「いやー、お互いに進級できてよかったな」

僕に合わせてランクを落とした、場末の定食屋でKは言った。ちょうど今のこの時期のように桜のつぼみが少しづつ開き始めているような、春のようで肌寒い日だった。

「進級はいいんだけど、また教科書代を捻出しないとやばいわ」

僕は言った。僕にとって切実な問題は、年度初めに購入する教科書代だった。全てをフル装備で揃えるとなると楽に3万円は越してしまう。内容が専門的な教科書であればあるほど、その値段は天文学的に跳ね上がる傾向にあった。つまり、進級すればするほど講義の内容は専門的になるので、教科書の値段が跳ね上がることが予想された。

ここまでの学年で、教科書を全く購入せず、講義の内容と想像のみで単位を取得していった僕だったが、さすがに限界が見え始めていた。どうしても必要な場面ではKの教科書を写していたが、さすがにそれでは対応しきれなくなっていた。

「俺が教科書買ってやろうか?」

Kがヒレカツを口に運びながら言った。

「いや、それはいかんでしょ」

僕は丁重に断った。さすがにそれをしては彼との友人関係は終わりだと思っていたからだ。Kにここまで気を使わせてしまう貧しい自分を恨んだ。教科書をなんとかしなければならない、そしてKに気を使わせてはいけない、様々な思いが入り混じり、僕は鉛のようなご飯を口に運んだ。

新学期が始まり、ある講義に赴くと、鬼のような教授が絶望的な言葉を口にした。

「この講義は指定の教科書を持っていないものは受講させません」

それは絶望、であった。教授は口調から厳しさが伺えるような人物で、精神的に向上心のないものは馬鹿だと言わんばかりの人だ。こっそり教科書なしで受講してうやむやで済ませるなんて通用しなさそうだった。

「どうする、俺が貸してやろうか?」

Kは言った。また彼に気を使わせてしまった自分を恥じた。金がないとはこんなにも恥ずかしいことなのである。もうKは教授指定の教科書を購入していた。値段は3600円だ。決して出せない金ではないが、これを出してしまうと、月末までフリカケすら食えないことが確定してしまう。

「それはできない、君とは友達だ」

僕は言った。まっすぐ前を見ていった。

「ありがとう、でもどうするんだ?この講義、必修だぜ。教科書買わないと進級できないぜ」

僕らは熱い友情の中でもがき苦しんでいた。そして、あまりに頭の悪い僕がとった行動は、もう時効だから言ってしまうけど、教科書を丸写しするというものだった。400ページからある教科書を丁寧にノートに写していく。図や写真なども絵が得意だったKがそれっぽく模写していく。1週間かかった。それだけ過酷な作業だったが、ついに次の講義に間に合わせてつぎはぎだらけの手作りの教科書は完成した。意気揚々と講義へと向かう。

「さて、みなさん教科書は購入しましたか?購入してもらってこう言うのもなんですが、この講義でその教科書は使いません。独学で勉強する時に使用してください。それでは講義を始めます」

我が耳を疑った。Kも茫然自失だったが、それ以上に僕の失意が大きかった。書きすぎて腱鞘炎みたいになってる右腕がプルプル震えていた。なんでこんなことするんだ、こいつはって思ったのだけど、Kが持っている教科書を見て納得した。著者は、今壇上に立っている教授だった。

つまり、自分の著書を講義にかこつけて買わせているだけだったのだ。使わない教科書を買わされた皆も不憫だが、それ以上に暗記する勢いで全部書き写した僕はもっと不憫だ。

それ以来、自分の立場を利用して著書を宣伝するという行為を憎むようになった。それは決して悪いことではないが、僕にとってはあの全く報われなかった腱鞘炎を思い出し、悪の権化のように思える行為なのである。自分の著書の宣伝、それを大々的にやることは最も憎むべき行為なのである。そういうことはあまりしたくないね。

ということで、

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