消しゴムに願いを

雨の日はお昼ごはんにラーメンを食べに行くことにしている。いつもとは違う道を傘を差しながら歩いていき、微妙にまずいラーメン屋に行く、そういうルールにしている。

坂道を少し降りた場所に小学校が近いからか、あまり交通量の多くない道路なのに不似合いなほど立派な歩道橋が設置してある場所がある。階段の横に斜面もついていて自転車も持って上がれるくらい立派な奴だ。

その歩道橋の下は雨が差し込まないのでアスファルトが乾いている。そこに差し掛かると傘を打つ雨音が一瞬だけ消えてなくなりホッとするのだけど、それと同時に何とも言えない切ない気持ちになる。あれは中学生くらいの頃だったろうか、あの日もこんな雨の日で、歩道橋の下で反響する雨音を聞いていた。

梅雨特有の湿っぽい空気が教室に蔓延していた。がちゃがちゃと騒がしい喧騒と湿度は混沌とした不快感を与えてくれる。みんな足元が少し濡れていて、肩のあたりもしっとりしている。言葉には出さないが少しだけ不快感を感じているようだった。

「ねえ、この間のおまじない、すっごい効き目あったよ。高橋君に話しかけられたもん」

「うっそ!ほんと?わたしもやってみよう」

僕の席の後ろはクラスのブスたちの集会所みたいになっていた。どうやらブスたちの間では「おまじない」みたいなものが流行しているらしく、やれ、「しおりに好きな人の名前を書いて恋愛小説に挟んでおくと思いが伝わる」だとか、「匂い付きの紙に好きな人の名前を書くと向こうがこっちを意識すようになる」だとか、そういう情報交換をしてやいのやいの言っていた。

こいつらそのうち黒魔術でもやりはじめるんじゃないかとか、悪魔でも召喚し始めるんじゃないかって思ったのだけど、話を聞いていると彼女たちの「おまじない」はそれなりに効果があるみたいだった。

「でね、ここに高橋君の名前を書いてピンクの紙で包むの。それを家の電話機の下に置いておくと話しかけられるらしいのね。なんでも電話ってコミュニケーションの象徴だから、それで話しかけてくるんだって!やってみたら本当に話しかけられたの!今日委員会だからって話しかけられたの!」

そりゃ高橋君だって用事があったんだから話しかけたんだろうよ、むしろ話しかけられることを見越してまじないをしたんじゃないかって思うのだけど、彼女たちはすごく楽しそうだった。

授業開始のチャイムが鳴り、蒸し風呂のような湿度の中、授業が始まった。ただ、先生もこの熱帯雨林のジャングルのような不快指数マックスの教室で授業をするのが嫌だったのか、ワークブックの問題を解くように指示された。半分自習みたいな形で授業が進行していく。

僕も比較的まじめに問題を解いていたのだけど、消しゴムを忘れてきたことに気が付いた。やべっ、と思い、なぜか筆箱に入っていたミキサー大帝のキン消しで消そうと試みたが、黒いモヤみたいに広がるだけで全然消えない。どんどんワークブックのページが黒い板みたいになっていき、ミキサー大帝も黒人みたいになるだけだ。

消しゴムを借りようと左右の席のヤツを見たが、あまり貸してくれそうにないやつらだった。仕方ないと後ろの席のブスに借りようと振り返ると、ブスは隣の席のブスと「こうやって解くんじゃない?」みたいな相談に夢中だった。

まあ、消しゴムくらいかりてもいいか、そう思って「消しゴム借りるね」と断って返事を待たずに机の上に置いてあったブスの消しゴムを手に取った。

すると、ブスがものすごい勢いで泣き出した。ちょっととてもじゃないが、信じられないレベルで号泣しだしたもんだから、とんでもない大騒ぎになってしまった。

結局、ワークブックどころではなくなって、ミキサー大帝で真っ黒になったものをそのまま提出した。消しゴム触っただけでそこまで泣くか、頭おかしいんじゃないか、心なしか釈然としない思いを抱えつつ、その日の授業は終わった。

謎が解けたのはその日の放課後だった。掃除当番だった僕は机を移動させて真面目に掃除していた。ブスの机を運んだ時、ピロッと1枚の紙が机の中から飛び出してきた。

「おまじないの方法」

ブスたちが休憩時間のたびに話し合っている効果的なおまじないの方法を紙にまとめたものだった。いろいろ、よくこんなこと考えつくよっていうまじない方法が書かれていたのだけど、その中の一つが目に留まった。

「好きな人と両想いになる方法」

「好きな人の名前を紙に書いてください。紙のパッケージのついた消しゴムを用意して、そのパッケージと消しゴムの間に誰にも見られないよう挟んでください。1か月後に両想いになれます」

完全に狂気の沙汰としか思えない。あまりこういうことは言いたかないけど、そんなことをしても両想いにはなれない。なれるはずがない。なにばかなことやってるんだ、と思ったのだけど、このおまじないには続きの記載があった。

「ただし、一か月の間にその好きな人に消しゴムを触られてしまったら、効果がなくなります。それどころか、逆に嫌われてしまいますので、絶対に触られないようにしましょう」

こういったインチキ的なおまじないは、こういう条件をつけてもっともらしく見せる傾向がある。誓いと制約みたいなもので、こういう条件を付けることで信憑性が増すようだ。はんっ、バカバカしい。あまりに非科学的な文章の羅列にちょっとイライラしてきた時、全ての点が線で繋がった。

1.後ろの席のブスはおまじない好き
2.その中に好きな人の名前を消しゴムに入れるというのがある
3.ただそれを好きな人に触られると逆効果になる
4.僕が触ったらブスが泣いた

これから導かれる答えは一つ。

「謎は全て解けた」

つまり、あれでしょ、ブスは僕のことが好きで、それをまじないにしてたってことでしょ。おいおいー、まいったねこりゃ。そんな遠回しなまじないしなくても直接言ってくれれば。だいたい、そういうブス、じゃないやブスとかなんでそんなひどいこというの。だれだ、そんなひどいこというのは。よく見たら結構かわいい。おっぱいもでかい。その山川さんが僕のこと好きなわけでしょ。それでまじないしちゃった。だったらそれを僕が触って台無しにしちゃったわけだ。すげー申し訳ない。でも安心してほしい。そのおまじないは効き目ないよ。だって僕が触って台無しにしちゃったけど、別に嫌ってないもん。

もうその日の夜は眠れなくてですね。布団に入りながら、山川さんの、俺の名前を消しゴムに入れてたんだ。かわいいとこある。あとおっぱいも大きい。あれが俺のものになる、みたいなことを悶々と考えてました。半分はおまじないも効果があるのかもしれない。

次の日、また梅雨の鬱陶しい雨の中、寝不足気味に登校すると僕の机の中に手紙がはいっていた。ははーん、ラブレターだな、そう思いましたね。昨日のあれでおまじないが台無しになってしまった。号泣してしまった。でも、でも、諦めきれないよう、手紙出してみよう、はずかしいけど、勇気を出して、ファイト、美佐子!

OIOI~。なんだよかわいいじゃねえか。いやーまいったな。まいりましたな。いやーおっぱいがね、でかいんっすよ、そんなこと思いながらテクニカルに折りたたまれた手紙を開くと、そこには、

「学校の近くの歩道橋の下で待っててください」

はいきた。きましたよ。もうドキドキですよ。もう意識しちゃってその日の授業は後ろを見れなかったんですけど、早く放課後になれ、早く放課後になれって念じてましたね。すぐ放課後になるおまじない、とかあったらやってたかもしれない。

だいたいね、おまじないって結構かわいいじゃないですか。そういうの見てすぐ黒魔術とか非科学的とか言っちゃう男子ってモテないと思う。そういうのやっちゃう女の子って健気でかわいいんですよ。

放課後になった瞬間に、ちょっと山川さんの方を見て、待ってるからみたいな顔して教室を出ました。バシャバシャと水たまりの水を跳ね上げ、歩道橋に向かいます。

歩道橋に下は雨を避けられるようになっていて、なんだか学校で告白するのは恥ずかしい、でも明日も雨だよね、雨の中外で待ってもらうのも悪いし、そうだ、あそこの歩道橋の下で待っててもらえれば雨にも濡れないし、みたいな山川さんの優しさ、みたいなものが感じられます。いい子だね、おっぱいもでかいし。

まず山川さんが来たら、勝手に消しゴムを触ったこと、泣かせたことを謝ろう、そしておまじないを台無しにしたことを謝ろう。すると、うそ、なんでおまじないのこと知ってるのってなる。ちょっと予行演習だな

「うそ、なんでおまじないのこと知ってるの?」

「見ちゃってさ、おまじないの方法。好きな人の名前を入れるんだよね」

「うん。中は見てない・・・よね?」

「みてないよ。でも、見なくても中はわかる。だって、その好きな人に触られるとダメなんだよね。だから泣いたのかな。僕が触って泣いたということは」

「もうバカ」

「もっと効果のあるおまじない知ってる?目を瞑ってみて」

まあ、雨の中、上のセリフを全部一人で熱演してるわけわけですよ。さあ、はやくこい、予行演習はばっちりだ。

でもね、待てど暮らせど彼女は来ないの。雨の中ずっと歩道橋の下で待ってたんだけど、全然来ない。カンカンカンと大きな水滴が鉄骨を打ち付ける音をずっと聞いてた。そのうち日が暮れてきて真っ暗になって、道路を走る車のヘッドライトが水たまりに反射しだしたとき、もう彼女は来ないと諦めて家に帰りました。

その日の夜は眠れませんでしたね。布団に入りながら、なんで彼女は来なかったのか。恥ずかしかったのか。なぜ勇気を出さなかったのか。もっと勇気を出しやすい風土を僕が作り出してあげるべきだったのか。悶々と考えて眠れませんでした。

次の日、学校に行くと山川さんは普通で別に変った様子がない。ただ、ブスどもが「効き目ないのかな?」「遅れてでてくるんじゃ」みたいなことをヒソヒソ言ってました。なにかおかしいなと思いつつ、忘れ物ボックスに向かいます。

実は、掃除のときに拾った彼女たちのまじないの紙には他にも色々とまじないが書いてあって、それを直接返すのもあれだなと思って忘れ物ボックスに入れておいたんですね。思うところあってちょっとそれをもう一度見ようと手に取ってみると衝撃的なことが書いてありました。

「嫌いな相手を消す方法(実行には細心の注意を払うこと)」

みたいなことが書いてあるんですよ。その方法を見て気を失うかと思いました。

「嫌いな相手を歩道橋の下に立たせてください。その際に思いを念じた紙を持たせてください。長ければ長いほど効果があります。2時間待たせれば相手はトラックに轢かれます

これいくらなんでもひどすぎるだろ。なんだあのブス。トラックに轢かれるとか、ほんとに轢かれたら後味悪くて泣くだろお前ら。

おかしい、おかしい。あいつは僕のことが好きなんじゃないのか。好きだから僕の名前を消しゴムに書いてまじないをかけた。だから触られたときに泣いた。あの涙はなんだったのか。もう訳が分からなかったんですけど、数日後にチャンスがあったんでブスの消しゴムをみたんです。トラックに轢かれるとか何かの間違いだ。ブスは僕のことが好き。だからここには僕の名前が書いた紙が入ってるはず。ドキドキしながら紙を取り出してみると、そこには衝撃的な名前が。

「石橋貴明(とんねるず)」

しらねーよ。ぜってー本人触りにこねーよ。なんなんだよこのブス。

結局、彼女はおまじないの効力とかそういうのではなく、単純にクラス一のブサイクである僕に消しゴムを触られたことが悲しかっただけみたいなんです。で、黒魔術で僕をトラックに轢かせて亡き者にしようとした。嫌われすぎだろ。

おまじない、とは心の平穏なのかもしれません。願いをかけることで、実際にそれが叶わなくとも心が平穏になる。そういうことを人類は太古より積み重ねてきたのです。僕は彼女の願いを敵えてあげることはできませんでしたが、できれば彼女の願いが彼女の思いが石橋貴明氏に届いていればいいなあと思うのです。

ちなみに、僕が今やってる「雨の日にラーメンを食べる」はその彼女たちのおまじないの紙に「雨の日にラーメンを食べると金運が良くなる」って書いてあったのを実践しているだけです。

 

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