夏の魔物

夏といえばホラー、という感覚が実のところよくわからない。

怖い話やなんかを聴いて怖い思いをして、ぞーっとなってなんや寒くなったわ、暑いに夏にはこれが一番やな、となるために夏はホラーなんだと思うけど、あいにくデブにそれは通用しない。

例えばお化け屋敷に行ったとしたら、怖い思いをして走り回って叫んで、出るころには汗グッショリ、なんならちょっと湯気でてる。Tシャツの色もちょっと変わってるくらいだ。涼しくなったわーとは絶対にならない。

そういったわけで、夏にホラーなんて本来なら逆に暑くなって汗だくになるのですが、世間一般ではホラー特番なんかも増えてですね、やはりそういう雰囲気になってきますから、夏はホラーなんでしょう。というわけで今日はちょっとそういう話をしてみたいと思います。

僕がまだ子供だった頃、町の片隅に見るからに恐ろし気な洋館が立っていた。それは昔、産婦人科の医院だったらしいが、とうの昔に廃業していて完全なる廃屋だった。レンガ造りの古めかしい壁にツタが覆い茂り、見るからに何か出そうな外観だった。

もちろん、もともと産婦人科だったという極上のいわくもあるわけで、夜になるとホルマリン漬けの胎児が動き出すだとか、分娩中に死んだ母親が子供を探してさ迷い歩くだとか、もっともらしい噂が独り歩きするようになっていた。

当然、知る人ぞ知る有名な心霊スポットとして日々、不良グループやカップルなんかが隣町や隣の県からやってきて楽しんでいく一大観光地になっていた。もしかしたら、誰か行くんだかしらないよく分からない記念館なんかよりも重大な観光資源だったかもしれない。

そういった有名な心霊スポットなのだけど、終わりが来るのは早かった。土地と建物を誰かに買われて取り壊されることになったのだ。やはりいわくつきの土地と建物、ということでただでさえ田舎なので安いのに、破格というレベルで安く買い取られたらしい。

いくら安いといっても地元で結構名が轟いている心霊スポットを買うヤツなんているのか、誰だよ、その物好き、頭おかしいんじゃないか、どこのだれだよって思うけど、なんてことはない、買ったのはうちの父親だった。

うちの親父は自営業をしていて、それを自宅でやっていたのだけど手狭になっていたので新しい拠点が必要だと考えていた。そこで激安だった心霊スポットを購入し、そこを更地にしてプレハブを建てることにしたのだ。

祟りとか呪いで取り壊せない、とかそういうことがあるかと思ったが、別にそんなことはなかった。単に不気味ってことで噂が独り歩きしていただけの場所なので、そういった呪いの類はなく、すぐに更地になってプレハブが建った。僕が高校生の時だ。

これに喜んだのは、実は僕だった。思春期真っただ中だった僕は、家にいるのが煩わしく、このプレハブで過ごすことが多くなった。家からも離れていて親の干渉がない。さらにはトイレも台所もあって畳の部屋まである。おまけにクーラーも完備だ。気楽すぎてここで暮らすことしか考えられなくなっていた。

親父が仕事を終えるとこのプレハブは誰も使わなくなる。そこに移動していって自由な夜を満喫する。もともとは著名な心霊スポットだった場所ということもあって最初はすこし怖い気持ちもあったが、次第に慣れていった。ただ不可解なことが全くなかったと言ったら嘘になる。

金縛りにあったり、ドアの向こうから数千人くらい歩いている雑踏のような音が聞こえてきたり、金縛りにあい、どうしようかと思っていたら、自分の周りに散乱していた書類を踏みしめる音だけが聞こえてきて、その音が螺旋状に自分に近づいてきたりと、そういった不可解なことがあった。けれども、今日はその中でも最も怖かった話をしたい。

その日は、なんだか疲れていてすぐに寝た。プレハブの中には畳の休憩所みたいな小さな部屋があり、そこに布団を持ち込んで寝ていた。あまりの暑さにクーラー全開で寝ていたのだけど、一晩中つけっぱなしは良くないので程よい時間に切れるようにタイマーをセットしていた。

ただ、その時間設定があまりよくなかったみたいで、暑苦しさに目が覚めてしまった。たぶん、カーテンの隙間から見える暗さからいって真夜中のようだ。このプレハブでこんな時間に起きてしまうと、たいてい金縛りにあう。いやだなーこわいなーと思いつつ布団の中でうだうだしていると、声が聞こええてきた。

「・・・クス」

「・・・クス」

うわー、なんかでてきたー、声が聞こえるーいやだなーこわいなーと思いながら布団の中で震えていると、その声はさらにはっきり聞こえてきた。

「・・・ックス」

「・・・ックス」

「セックス」

絶対セックスって言ってる!

どういうことだ。なんで霊がセックスって言うんだ。もしかしてなんだけど、霊って結構女性であることが多いし、僕の好きな黒髪の地味目な女性であることが多い。僕らは無意識のうちに幽霊を真面目なものだと捉える傾向にある。つまり、彼女たちはこの世に出てくる原因となった恨みだとか呪いだとかを真面目に覚えていてそれをはらすために人々を怖がらせると考えるのだ。けれども、これは幽霊の中でも優等生なのではないだろうか。つまり、もっと幽霊にも不真面目な奴がいて、例えば何らかの呪いがあるのに出てくるんだけど、でもセックスしたいや、みたいなヤリマンの幽霊が存在していてもおかしくないのである。だいたい、この現世で真面目に一つのことに打ち込める人間なんてそうそういない。みんな何か別なことに心移りする。なぜ幽霊になると真面目に呪いに打ち込めると考えるのだろうか。そちらのほうがおかしい。幽霊になったのに競馬に狂う、幽霊になったのに強いイベントの日にパチンコ屋に並ぶ、そんなことがあるようにセックスに打ち込む女幽霊もきっといるはずなのである。

なんてことだろうか、セックス狂いの女幽霊が来た可能性がある。これはちょっと一大事だ。おそらくこのまま展開していくと、僕は大きな決断を迫られるだろう。つまり、幽霊と性行為をするのか、それとも人間の女性がいいと拒むのか、その決断をきっと強いられる。

ガサガサ

声は聞こえなくなったが、明らかにプレハブの周りを動く気配がする。完全にセックス霊が来ている。プレハブ周りの雑草が描き分けられるガサゴソといった音が聞こえる。どうも、その音から察するに気配は1つではない。最低でも4つはありそうだ。

まいったなー4体のセックス霊か、どうするか。頭の中にはハーレムもののAVが予習復習のように流れ始めていた。

ガタガタガタ

この畳の部屋からは直接見えないが、入り口の引き戸を強引にガチャガチャやる音が聞こえてきた。普通なら恐怖に叫びたいところだが、セックス霊だと思うとあまり怖くない。

「よし、決めた!」

霊でもいい。そう思った。これはもう経験しておくべきだと思った。むしろ、最初に霊で練習しておくほうがプレイの幅も広がりそうだ。意を決して僕は布団から起き上がり、入り口へと向かった。電気をつけると霊がびっくりすると思ったので、暗闇の中を進んでいった。霊でも電気を消してって恥ずかしそうに言うのかなって思った。

ただ、入り口付近に霊の姿はない。なるほど、さすが霊だ、霊的にじらしてきやがる。入り口のドアを開けて外に出て、裏手に回った。本当に茂みの中に4つの人影が見えた。本当にいた。

5P

そう思った時、その人影が叫んだ。

「うわー、ごめんなさい」

「ゆるしてくださいゆるしてください」

その人影は2組のヤンキーカップルだった。どうも、隣の県から来てる人たちみたいで、肝試しに行こうぜってなって怖い廃産婦人科の洋館の噂を聞きつけてここの来たらしい。ただ来てみたら洋館ではなく、プレハブだったのでおかしいと思って色々と調べていたら、僕が出てきて腰が抜けるほど驚いたらしい。

なるほど、最初に聞こえたセックス的な声は、こいつらこの後にそういうお楽しみの話をしていたんだな。

僕は恥じた。追い込まれて、もう初体験は霊でいいと決断するまでに至った自分を大いに恥じた。それはよくよく考えると寒気がするほど怖いことなのだ。そう、霊とかそういうのではなく、そこまでしてセックスしたい自分が怖い。自分の中に封印された悪魔みたいなものを感じて怖くなった。この自分の思いが一番のホラーだった。一番怖い。

ここはもう心霊スポットではない、とヤンキーカップルに告げたのだけどどうもまた廃産婦人科だという情報だけが再ブレイクしたらしく、この夏は毎晩のように肝試しにヤンキーやカップルが来ていた。もう説明するのも面倒なので、そういうやつらが来るたびにシーツかぶって霊のふりして追いかけまわしていた。ひどいときはロケット花火を打ち込んでくるヤンキーとかいたので、500メートルくらいは全力疾走で追いかけまわしてやった。完全に汗だくだ。

やはり夏のホラーとは涼しくなるなんて代物ではなくて、汗だくになるものなのだ。