ジーンズメイトノスタルジア

はじめて東京にいったのは19歳の時だった。確か、ネットで知り合った友人に会いに行ったのだと思う。


はじめて見る東京は本当に大都会で、なんだか恐ろしさすら感じるほどだった。今日は祭りですかな? と言いたくなるほどの人混みなのに、祭りではないらしい。今でもはっきり覚えているのだけど、その時は広末涼子主演の「20世紀ノスタルジア」という映画をやっていて、新宿のあちこちにそのポスターが貼ってあった。


その時に衝撃を受けたのが「ジーンズメイト」なる存在だ。たしか、いまや映画館になっている建物のちょっと手前くらいにあったと思う。もしかしたら今でもその店舗はあるのかもしれない。その存在に僕はひどく驚いたのだ。


それはジーンズなどを中心にカジュアルなファッションを売る店なのだけど、なぜだかデカデカと「24時間営業」と書かれていたのだ。今でも覚えている。黄色い紙に相撲取りみたいなフォントでそう書いてあった。

 

田舎者だった僕は24時間営業で? 

カジュアルな服を? 

なんで?

 

とひどく混乱したものだった。夜通し売る意味がちょっとよくわからなかった。


深夜に、やっべ、ジーンズ切らしてた! よかった、ジーンズメイトが開いてた! となるならばまあ分かるが、そういう状況にならない気がする。本当に24時間売る意味がわからなかった。きっと、大都会東京の、それも新宿の店だから深夜にジーンズが必要になる人がいるんだろう、19歳だった僕は無理やりにそう理解した。

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それからずいぶんと年月が経ち、時代は平成から令和へと移り変わっていた。僕の手元に何十年ぶりかに「ジーンズメイト」という単語が燦然と存在していた。ジーンズメイト株主優待券が9000円分、巡り巡って僕のところにやってきたのである。


ジーンズメイトはいつの間にか結果にコミットするライザップの子会社になっているらしく、そのライザップの株を持っていた人がもらったらしい。ライザップとジーンズメイトが繋がらなくて不思議な感じがするが、とにかくその優待券が様々なところをたらいまわしになってきて、結果的に貰えるものなら何でも貰うという僕のところにやってきた。


これを持っていけばジーンズメイトで9000円分の買い物ができるらしい。僕の胸は躍った。やはり、あの日、初めての東京で観たジーンズメイトは僕にとって都会の象徴みたいなところがあった。そんなところで9000円分も買い物ができるのである。血沸き肉躍るとはまさにことなり。


ドキドキしながらジーンズメイトに行く。関西の店舗だった。たしか天王寺かどこかだったように思う。都会の一等地に構えられた綺麗な内装の店舗。やはりそこには都会の象徴たるジーンズメイトがあった。

ただし、一つだけ大切なことを忘れていた。


そう、初めてジーンズメイトをの存在を知り心をときめかせたのは19歳の僕だった。けれどもそれから歳月が過ぎ、このジーンズメイトに降り立った僕は40を超えたおっさんだ。ずっと気づきもしなかったけど、この年齢でジーンズメイトのカジュアルさはいささかきついものがある。


店内を徘徊して商品を物色していて気が付いたのだけど、やはり若者向けだけあって、そのファッションの攻撃性は高い。手提げバックなんかはプールの時に使うのかな? と思うほど無意味に透明だったりするし、財布などの小物もチェーンなどの攻撃力高めのギミックが付いている。鎖鎌とか売っていても違和感がない。それほどの攻撃性だ。


シャツの柄も、決して悪くはないのだけど、例えば自分と同い年の同僚が着ていたら「おいおい狂ったか」と言いたくなるような若作り的なデザインが多い。肝心かなめのジーンズもやはり攻撃力が高いものが多い。刺繍などが入っていて攻撃力+4みたいなデザインのものもある。


「もしかしておっさんが着るものってないんじゃないか」


落ち着いて店内を見回すと、やはり客層が若い。これはとんでもない場所に来てしまった。場違いな場所に来てしまったと足が震えてきたほどだった。やっとこさ自分のしでかしたことの重大さに気が付いたのだ。


それでも9000円分の無料券を無駄にしてはいけない。おつりが出ない券なのできっちりと9000円使い切らなければならない。攻撃力高めのジーンズか、シースルーバッグか、それとも鎖鎌サイフか。悩みに悩みぬいたが、どうしてもそれらが買えなかった。若作りした痛いおっさん、みたいになることを恐れたのだ。


結果、どんなに攻撃性が高くとも外からは見えない、という理由でトランクスを買うことにした。全般的にトランクスも攻撃性が高く、若者がはきそうなものが多かったが、落ち着いて探せば落ち着いたものもある。それらを9000円分購入することにした。


どれだけの枚数だったか正確な数は忘れてしまったが、レジのお姉さんが「トランクスの密輸でもするの?」みたいな表情で観てくるくらいの枚数だった。なんとかトランクスをチョイスし、事なきを得たように思えたが、そのチョイスにも大きな問題があった。


Lサイズしかなかったのである。


僕はまあ、デブなのでやはりパンツのサイズにおいてもXLくらいないときつい。なのにこのジーンズメイトにはXLサイズのトランクスがないのである。他のファッションは攻撃力高めのくせに、トランクスだけ攻撃力低めでLサイズが上限なのである。


「まあ、Lでもはけるだろ。9000円無駄にするわけにはいかないしな」


そう思ってLサイズを買い占めたのが間違いだった。


次の日から、そのジーンメイトのトランクスをはくのだけど、やはりLサイズは小さいのか、必ずその日のうちに破れるのである。ビリっとケツのところが豪快に破れるのである。普通に一人で仕事しているときなどは、お、破れたな、、と思うだけなのだけど、例えばけっこう深刻なトーンで怒られているときなど、破れたことがおかしくておかしくて、それでも怒られているから笑ってはいけなくて。とんでもない状態になってしまうのだ。


毎日、かならずトランクスが破れる。


この異常事態に最初は戸惑ったものの、そのうち慣れてきて、だいたい午後2時前後に破れる、というところまで掴んでくる。


そして、必ず尻の部分が破れるから、じゃあ前後逆にはいたらどうなるんだとやってみると、バリンと今度は豪快に前が破れる。尻が破れるより前が破れたほうが、なんかちんこがでかくてパンツが耐え切れなかったみたいな感じがして気分が良い。

そんな毎日のようにパンツが破れる日々において、事件が起こった。


サウナに行った日のことだった。脱衣所には体重計が置かれていて、そこに大学生の集団が群がっていた。どいつもこいつもひょろひょろで、ちんこなんかふにゃふにゃだった。なんかツイッターで「なう!」とか「ドルチェ&ガッバーナ」とか呟いていそうな感じだった。


そいつらが体重計の周りでワイのワイのしていて「やれ太っただとか」「俺が一番筋肉がある」とか大盛り上がりだった。僕はサウナの前後でどれだけ体重が変わったか知りたいので、入る前に体重計に乗ることにしている。彼らがいるとサウナ前の計測ができない。早く体重計あけてくれんかなとその光景を眺めていた。


やっと彼らの体重マウント合戦みたいな謎の儀式が終わり、体重計があいたので、さっそうとパンツ一丁の姿で向かった。それに気づいた大学生の一人が他の仲間に目で合図をする。


(おい、あのデブが体重計に乗るらしいぜ)


なんだか雰囲気的にニタニタと僕のことをバカにするような空気が流れていたのを感じた。


(何キロかな)


(ちょっと盗み見てやろうぜ)


(あのトランクスの柄やばくね)


被害妄想が過ぎるかもしれないけど、本当にそういう空気があった。でも、ここで引き返したら本当に負けた気がするので、僕は堂々と体重計に乗った。俺はデブだが何か? みたいな感じで乗った。その瞬間だった。


バツン!


トランクスが裂ける午後二時がやってきて、体重が確定する瞬間に裂けた。その裂けた瞬間に確定しかけた体重がちょっとだけ揺らいだのを見逃さなかった。


デブが体重計に乗った瞬間にパンツが裂ける。これはこの世の中の面白いランキングの中でもかなり上位に位置すると思う。8位くらいには入ると思う。


大学生たちは笑いを堪え、全然関係ないつるっぱげのじいさんまで笑いを堪えていた。この瞬間、脱衣所の中が今にも裂けるトランクスの様に張り詰めた空気で満たされた。


ジーンズメイトのファッションは攻撃力高いくせに防御力低いな」


焦った僕は体重計の上でわけのわからないことを呟いていた。


とにかく、こうしてデブはバカにされる。これはもうダイエットをするしかないのか。せめてLサイズが裂けない程度まで。それにはジムに入るべきか……。ということは結果にコミットするライザップか!

こうして、最初は意味不明だったライザップとジーンズメイトがひょんなことから繋がってしまい、体重計の上でケツをスースーさせながら、何かを納得したのだった。


19歳の時に驚いたジーンズメイト。僕にとってはそれは都会の象徴ではなく、尻がスースーする感覚の象徴でしかないのである。