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広島カープと僕

8月24日、東京ドームにある歌が流れた。その歌の歌詞はまるで別の意味を持っているようだった。この日、2位巨人に勝利した広島カープに優勝へのマジック20が点灯した。優勝マジックが点灯すること自体が広島カープにとって25年ぶりの快挙だった。

学生時代を広島で過ごした僕にとって、広島カープは特別な存在だ。あまりファンじゃなくてもファンになってしまうような、そういった土壌が広島にはあった。言うに及ばず、やはり大学の教授陣や職員たちもカープファンであることが多かった。みんな口には出さないが、カープの快進撃が続くと嬉しそうだったし、負けが込んでくると悔しそうだった。

定年間近のお爺ちゃん職員さんがいた。彼は実習工場と呼ばれる場所に常駐する職員で、我々学生や職員が実験に使用する機械なんかを依頼に応じて製作する役割を持っていた。作業所の一角に部屋を構え、油の匂いが充満する狭い室内に旋盤やらボール盤やらが並んでいる。その部屋の中央で油まみれの作業着を着て汗だくになって機械部品を製作している、そんな爺さんだった。

職員の多くはカープファンであることを口に出すことはあまりないと言ったが、この爺さんだけは違っていた。カープファンであることを隠そうともしなかった。完全にあからさまだった。

僕らは製作してほしい部品をある程度わかるようにイラストにして持っていくことが多かったのだけど、カープが勝った次の日などは爺さんもかなりの上機嫌で、

「おう、この図じゃわかりにくいな。今度はもっとちゃんと書いてこいよ」

などと優しく語りかけてくれて、良い雰囲気で製作してくれるのだけど、負けた次の日などは最悪だった。まず、開口一番怒鳴る。

「あ?なんだ?これは図か?え?お?こんなもので作れると思うか?え?お?」

と完全にヤクザが獲物を詰める時そのもので、泣かされるほど怒鳴られた挙句、結局部品も作ってもらえないという状態に陥ることが多々あった。

結果、僕ら学生はその実習工場に行って部品を作ってもらわなければならないという時は、前日からプロ野球中継やスポーツニュースを凝視し、カープ勝ってくれ!と祈るような気持ちで見ていたのである。カープが負けたらもうその実習工場にはしばらく近づかない、それくらいの気概だった。

そんな気持ちでカープを見守っていたら、やはり熱烈なファンになっていくもので、僕ら学生もなんともなしにファンになっていった。もちろん、実習工場で部品を作ってもらわなければならないので勝って欲しいのだけど、それ以上にカープという球団のことが好きになり、優勝して欲しいと純粋に思えるまでになっていたのだ。

しかしながら、悪いことに当時のカープはあまり強くなかった。「カープは鯉のぼりの季節まで」という格言がまかり通るほど、最初はそこそこ頑張っているのだけど、5月くらいから失速していくのがお決まりのパターンだった。つまり、負けてばかりだった。

部品を作ってもらわなければならないのにカープは連敗続き。実習工場に近づけない日々が続いた。魔の要塞と化した実習工場はひっそりしていて、まるで死の匂いが充満している戦場のようだった。誰も近寄らない暗闇の奥からガシャコンガシャコンと旋盤が動く音だけが聞こえていた。

もうカープが何連敗しただろうか、明日こそは部品を作ってもらわなければと野球中継を見るのだけど、勝ちそうな気配すらない。もう完全に終戦ムードで、負けることが当たり前みたいな感じになっている。いつものペナントレースだ。けれども、一回でも勝ってくれないと困る。実習工場に行かねばならないのだ。頼むから勝ってくれ、懇願するような気持ちで眺めていたが、全然勝てなかった。

「達川時代のカープ」この単語は未だにファンの間で集団狂気の代名詞として語り草になっている現象だ。詳しくはここを参照されたい。

www2.atwiki.jp

悪いことに当時は完全に「達川時代のカープ」であった。

それでも、なんとか久々にカープが勝ちそうな状態になった。試合の終盤までカープがリードし、あとはいかに綺麗に試合を締めるのか、そんなチャンスが訪れた。そこで僕は考えた。

「このまま今日はカープが勝つだろう。そうなると、連敗中にずっと製作依頼できなかった連中が明日は押し寄せることになるだろう。そうなると実習工場は長蛇の列だな。下手したら明日中に終わらず打ち切られるかもしれない。そうなったらまたカープが勝つの待ってたらいつになるかわからんぞ」

僕が導き出した答えは、朝一に実習工場を襲撃する、だった。老人だけあって彼は鬼のように朝早く出勤してることはわかっていた。6時くらいには実習工場で作業を始めていたはずだ。そこに依頼に行けば一番乗りになるだろう。そうと決まれば早起きしなければならない。すぐに野球中継を消し、眠りについた。

次の日、5時に起きて実習工場に向かった。やはりというかなんというか、実習工場には人影すらない。ほかの連中を出し抜いたことに言いしれない優越感を感じた。時間は6時前、まだ爺さんも来ていないが、昨日はあのままカープが勝ったはず、そろそろ上機嫌で出勤してくるはず。ワクワクしながら待っていると、手にスポーツ新聞を持って爺さんが出勤してきた。

「おはようございます」

完全に俺の勝ちだ。これで部品を作って貰える。爽やかに、かつ勝ち誇った感じであいさつをしたが、老人の反応は芳しくなかった。むすっとしていて挨拶すら返してこない。

鍵を開けてもらい、実習工場の中に入る。おかしい、カープが勝ったはずなのになんだこの不機嫌さはなんなんだ。心がざわつくのを感じた。老人がデスクの上に無造作にスポーツ新聞を投げ置く。衝撃の見出しが躍っていた。

「カープ、劇的逆転負け」

同時に終戦だとか達川無残みたいな文字が躍って紙面を賑わせていた。どうやら、もう勝てるだろうと早寝してしまったが、その後、劇的に逆転負けしたらしい。

殺される。

そう思った。ただでさえ、負けた次の日は近づいてはいけないのに、劇的逆転負けの次の日なんて、旋盤で削られてもおかしくない。命を取られる危険だってある。とんでもない場所にきてしまった。

殺られるならその前にこっちから先に殺ってやるか。棚の上にあった鉄の塊が目に入った。それくらい命の危険を感じて思い詰めていた。

「おい!」

老人に強い口調で呼ばれた。僕はビクッとなった。絶対に怒鳴られる、そうなったらもう、殺るしかない。あの鉄の塊で……。ビクビクしながら近づいていくと、老人は、僕が持ってきた汚いイラストを見ながら、部品を作ってくれていた。そして、作業をしながらポツリと言う。

「91年に広島カープが優勝したのを知ってるか?あの時は強くてなあ」

老人は、少しだけ目に涙を浮かべていた。なんだか僕はすごく切ない気持ちになった。

広島の人にとって広島カープがどれだけ大きな存在なのか実のところは僕にはよくわからない。けれども、広島が優勝してくれて、この老人がとんでもない上機嫌になって依頼していない部品まで作ってくれる日が来たらなんだか面白いなあ、そんな気がした。

あれからさらに長い年月が過ぎ、それでも広島カープが優勝することはなかった。そして2016年、8月24日、ついにマジックが点灯する。広島カープの応援歌、「それいけカープ」の歌詞の四番には優勝を強烈に意識した歌詞が記載されている。

晴れのあかつき 旨酒をくみかわそう 
栄冠手にするその日は近いぞ
優勝かけて 優勝かけて
たくましく強く躍れ
カープ カープ カープ 広島
広島 カープ

25年ぶりに、この歌詞が本当に意味を持って歌われたのだ。この25年間、全く意味を持たず夢物語だったこの歌詞が、現実的なものになった日だった。

当時で定年間近だったご老人だ、今、この歌を元気に聞けているかどうかもわからない。けれども、あの老人が元気でこの歌を聴いていて、いま、とんでもない上機嫌だったらいいなあ、そんな気持ちでカープの快進撃を眺めているのだ。

頑張れ、広島カープ、優勝へのマジック4!

 

 

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富士登山のススメ

中央自動車道をひた走り、山梨県河口湖インターを抜けて左手に富士急ハイランドを望みながら、富士山5合目までスバルラインをひた走る。深夜ということもあって、富士吉田五合目に車で入ることはできず、かなり手前の奥庭という駐車場に駐車するように指示された。ここから五合目まで歩いて上る必要があるらしい。計画より早めに登山が始まることとなってしまった。

車を降りると、予想以上の寒さが我が身を包んだ。山に登るわけだしまあまあ寒いだろう、そう想像した寒さより2ランクくらい上の寒さに少し絶望的な気分になる。

奥庭駐車場にはトイレが完備されている。真っ暗な闇夜に浮かび上がるトイレは少し心強い気分にさせてくれる。しかも比較的新しい造りであり、利用者もそんなに多くないためか綺麗だ。これから始まる登山を考え、少しでも体を軽くするという意味でウンコをしておくことを勧める。

5合目に向かって歩き始める。登山道とは違い、舗装されたアスファルトだ。街灯はないが異常なほどに星空が明るいので危なくはない。30分ほど歩くと富士五合目に到着した。本来の登山開始地点となるべき場所である。

富士五合目には売店や登山用品店など、ちょっとしたパーキングエリア並みに店舗が揃っている。深夜ということもあって全て閉店していたが、一段低い場所にある駐車場に備えられた公衆トイレが煌々と明かりを放っている。綺麗で近代的なトイレである。

5合目とは言ってもこの時点で標高は2300m程度ある。水は貴重品である。トイレに使われる水もそんなに多くないのか、若干、匂いが気になるトイレである。みんな綺麗に使うよう心がけることが大切だ。基本的に、これより先の登山道のトイレは、処理に費用が掛かるため原則として有料である。それを心に留めておく必要がある。

いよいよ高山病対策のためこの五合目で少し時間をつぶし、いよいよ登山開始となる。登山道へと入っていくと緑豊かで緩やかな勾配のハイキングコースのような道のりが続く。楽勝じゃないかとここでペースを上げすぎると後々大変なことになるので少しペースを抑え気味に歩く。

30分も歩けば6合目に到着する。6合目には安全指導センターみたいなものがあり、係の人が常駐して登山マップを配ったりしている。その先には公衆トイレとしてよく工事現場に置かれているような仮設トイレが4つほど並べられているので、できればここでウンコを済ませておきたい。使用料は200円である。

6合目を超えると富士山の景色は一変する。ほとんど岩肌となり、植物などはあまり見られなくなる。勾配も急になり、なかなかしんどいぞ、という気分になってくる。次の山小屋までは頑張ろう、という気持ちが湧いてきて山小屋が心の支えとなってくる。息を切らしながら7合目、山小屋「花小屋」へと到達する。

花小屋はトイレ完備の山小屋であるが、その使用料は200円である。バイオ式の処理方法を採用しており、比較的綺麗である。できればここでウンコを済ませておきたい。全く関係ない話だが、登山ルート全ての山小屋はポケモンGOのポケステに登録されていて、ジムまで存在する。

花小屋で少し休憩を取った後に出発するが、ここからは比較的山小屋が密集した地帯となる。つまり、次の山小屋は目と鼻の先であり、もう見えている。とりあえずあそこまで行ってみようか、という気分になってくるので良い。

少し登ると本当にすぐに「日の出館」という山小屋に到達する。こちらもトイレを完備しており、使用料は200円である。可もなく不可もなしといったトイレである。先ほどの花小屋で行きそびれた人は是非ともここでウンコをしておきたい。

また次の山小屋が見えている状態で、気分的には新宿駅のホームの端から代々木駅のホームが見えているような感じなので、なんとか頑張って登る。するとすぐに「七合目トモエ館」に到達する。本当にこの辺はラブホ街のごとく山小屋が密集している。

七合目トモエ館のトイレは200円で水洗式が採用されている。ここまで行きそびれた人も是非ともここでウンコを済ませておきたい。

少し登ると「鎌岩館」という山小屋に到達する。山小屋とは思えないほどに造りがしっかりとした建物であり、かなり頑丈そうな印象を受ける。木目調の室内が清潔感を演出している。

トイレもやはり頑丈で綺麗な造りであり、是非ともお勧めしたい。使用料は200円で水洗式である。時間にもよるが、ここまで山小屋連発であるので、トイレは比較的空いているような印象を受ける。

少し登るとすぐに「富士一館」という山小屋に到達する。この富士一館の名前の由来は、今のように近代的な建物の山小屋が作られるようになった一番最初の山小屋、という意味らしい。そんなことはどうでも良く、トイレ使用料は200円である。次の山小屋まで若干の距離があるのでできればここでウンコを済ませておきたい。

いままで連発で山小屋があったが、どうもそれに慣れてしまっているようで次の山小屋までちょっと距離がありすぎるんじゃないかと考えたりする。それでも冷静に考えると距離は短いほうだ。少し疲れが見えてくるが頑張って登ると「鳥居荘」という山小屋に到達する。トイレは200円である。少し距離があったので溜まっている人も多いだろう。できればここでウンコを済ませておきたい。

また少し距離が開くが、頑張って登っていくと「東洋館」という山小屋に到達する。ウッドデッキを備えた近代的な山小屋で、下から眺めていると要塞のようにすら見える。トイレは洋式で200円。次の山小屋までそこそこ間隔があるのでできればここでウンコを済ませておきたい。

これまでの間隔に慣らされていると、ここの距離は長いように感じる。八合目「太子舘」は標高3100mにある。3000mを超えてのウンコはなかなか経験できないことであるので、できればここでウンコを済ませておきたい。使用料は200円で水洗の洋式である。

蓬莱館 200円 和式水洗
白雲荘 200円
元祖室 200円
八合目富士山ホテル 200円 綺麗
胸突江戸屋 200円 洋式 バイオ・循環式水洗
本八合目トモエ館 200円 水洗
御来光館 200円 バイオ式

全てのトイレでできればウンコを済ませておきたいが、特に御来光館は頂上までで最後のトイレである。必ずウンコをしておきたい。トイレの場所が若干わかりにくいので、注意深く探すか店の人に聞いてみよう。そしていよいよ頂上である。

頂上のトイレは使用料が300円である。みんなここまで疲労困憊で到達するためか綺麗に使おうという意識が薄れるのか、頂上のトイレはお世辞にもあまり綺麗とは言えない。時間によっては行列を作るほどのこともあるので十分に注意が必要だ。

下山ルートは基本的に山小屋がないが、いくつかのポイントで登りで通ったルートに合流して山小屋を利用できるようになっているのでそこでトイレを利用すべきである。

7合目まで降りてくると下山道独自のトイレ施設が現れる。下山道七合目公衆トイレで使用料は200円でバイオ水洗形式である。ここまでくればいよいよ下山も終わりである。6合目からは登りと同じルートに合流するので、トイレの心配もあまりない。

以上、富士登山のレポートである。できれば体調を整えて富士登山をすることをお勧めする。下痢状態で登り、全てのトイレを利用すると、4000円近くかかってしまい、間違いなく生涯の中で一番トイレに金を使った日になってしまうからだ。

来年の登山シーズンも是非とも違う登山コースのトイレを調べにいきたい。

 

 

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エンペラー松本は空の向こうに

セミの声はいつだって煩かった。けれども不思議なことに今、窓の向こうから聞こえてくるセミの声より思い出の中のセミの声のほうが幾分か静かな気がする。何層にも折り重なったセミの声の中で僕らはどんな青春時代を過ごしていたのだろうか。そう思うとなんだか無性に切なくなる。

「俺さ、絶対にディープキスしてやるんだ」

松本君は少し強く拳を握りながらそう言った。暑い夏の日、溶けたアイスの水滴が手の上に落ち、その冷たい感覚でハッとなった。

「言うまでもなくディープキスってのはキス界の大勲位なわけじゃん」

中学生にとってキスという行為はなかなか神話性のあるものだ。その中でも松本君は少し変わっていて、この世に蔓延するあらゆるキスを分類し、なぜか内閣府が贈る勲章の位みたいなものを勝手に授与していた。この辺の感覚は全然理解できないのだけど、とにかくそういうことらしかった。

キスの最下層に位置するフレンチ的なやつは文化勲章、などと決めて表にまでまとめていて、何らかのジョークの類なのかと思う人もいたようだけど、彼はいたって真面目で、本当に真剣な眼差しでディープキスのことを語っていた。

ある日、そんな松本君が「エンペラー松本」と呼ばれることになる事件が起こった。我が中学の体育祭では休憩の合間にフォークダンスを踊ることになっていた。それは男女ペアを組んで手を繋ぐという、思春期の子供たちにとって一大スペクタクルみたいなものだった。

組むことになる女子は身長順で自動的に決まるのだけど、松本君は誰もが羨むマドンナ的存在のクラスの女子と組むことになった。クラスの不良がそのことですごいキレていたので、どれだけ羨ましいポジションだったのかある程度は予想できると思う。

僕が組むことになった女子はギニュー特選隊のリクームさんに似ているブスで、おそらくリクームさんも同じことを思っていたのだろうけど、まあ不本意な相手だった。

僕と松本君、リクームさんとクラスのマドンナ、勝ち組と負け組の明確な差異がそこには存在したのだけど、体育祭を直前に控えて松本君がよくわからないことを言い出した。

「フォークダンスのペア、変わってくれないか」

なんでも、リクームさんと組みたいらしく、マドンナと組むというポジションを僕に譲ってくれるらしい。完全にトチ狂っているのだけど、理由を聞いてみるとこれまたすごかった。

「俺はフォークダンスでディープキスを決めようと思ってる。そこで思うんだけど、たぶん美人はガードが堅いんだよね。クラスの不良とか親衛隊も怖い。それだったらガードの緩いブスのほうが実現性があるんじゃないか」

普通にサッと聞いただけでも4か所ぐらい突っ込みどころがあるのだけど、僕はなんか感動してしまって、相手は誰でもよくてとにかくディープキスがしたいんだ、と、情熱をかける松本という存在が、なんだか尊くて気高いものに感じられてしまったんだ。

彼はフォークダンスのくいっと相手を引き寄せる所作のところで勢いそのままリクームさんにディープキスをしようと企んでいたらしく、何度か練習していた。そしていよいよ本番、ディープキスの日がやってきた。

けれども、あれだけ練習し計画を練ったのに、すごい緊張したのか気が動転したのか、松本は入場門を出た場所でリクームさんに迫った。スマートでも何でもない、ただただ昆虫のようにディープキスを迫った。すぐに異変に気付いた屈強な体育教師に取り押さえられ、松本はその後の体育祭全てのプログラムを本部テントで過ごすことになった。

その際に、椅子がなかったのか、けっこうゴージャスな椅子に座らされることとなった松本、しかも全く悪びれる様子もなく、まるでサウザーのように椅子に座っていたので、「エンペラー松本」を拝命することとなった。

「なあ、俺たち、大人になったらディープキスとかできるのかな」

遠い空を眺めながらエンペラー松本はそう言った。グラウンドの砂が風に舞い上げられ、砂の匂いがした。

あれから沢山の月日が流れた。空にはどれだけの雲が流れ、この世界ではどれだけのディープキスが消費されていったのだろうか。セミの声だけが変わらないBGMとして僕の背中に届いていた。そんな僕に一本の電話が届いた。

「中学時代の同窓会をやろうと思う。松本君に連絡ついたりする?」

クラスの優等生的存在だった男子からの電話だった。わざわざ僕の実家を訪ね、連絡先をきいたらしい。いろいろな伝手をたどってかつての同級生に連絡をつけているらしいが、どうしても松本君にだけは連絡がつかなかったらしい。

彼はエンペラーなのだ。エンペラーは孤高であり、孤独な存在である。悪い言い方をすると、彼は気持ち悪いので友達がいなかった。唯一、やれディープキスは大勲位などと会話していた僕だけが友達だった。

「悪いな、松本君の連絡先は知らない」

僕も卒業後に何度かエンペラーに連絡をとろうと試みたことがあった。けれども、携帯電話なんてない時代だったし、そうそう簡単にはできなかった。実家にも訪ねて行ったけど、そこは綺麗に駐車場になっていた。彼はラストエンペラーとなったのだ。もう、エンペラー松本には会えない。

「あそこの家のお母さんと数年前に墓で会ったぞ、今は家族で○○地方に移り住んでいるらしい」

ウチの親父からそんな情報がもたらされた。僕はすぐに検索サイトを駆使して捜索を始めた。別に同窓会だとかそういったことはどうでもいい。ただ僕の心の中の探求心が燃え盛ってしまったのだ。エンペラー松本は今でも元気にしているのか。あの日の夢を叶えることができたのか。ディープキスはできたのか。

判明した地方の目ぼしい都市名とエンペラー松本の名前で検索をかけていくが見つからない。彼は卓球も好きだったのでそういった方面で活躍していないかと調べてもみたが、それでも見つからなかった。このインターネットの世界は万能ではない。まるで何でも全ての情報が手に入ると錯覚しがちだが、実際に置かれている情報は現実世界のそれに比べてあまりに小さく少なく、おぼろげだ。ネットの世界はこの世界ではないのだ。

やはりもう、僕はエンペラー松本に会えないのだ。会えないけれども元気でいて欲しい、そして願わくば、不自由なくディープキスができる環境にいて欲しい、そう願うばかりだった。

もうエンペラー松本を見つけることは不可能だけど、いろいろと検索しているちに、松本が住むといわれるこの地方のことに興味が出てきた。綺麗な風景に美味しそうな郷土料理、変わった風習の祭りなど、観光協会のページを見てどんどん興味が出てきた。これは一度行ってみないといけない、そう考えていると自然と、その地方の風俗情報サイトに目が行った。

そのサイトは、その地方の風俗店を網羅しており、おまけに、ユーザーが口コミという形でレビューを投稿できるようになっていた。今現在は潰れてしまってアクセスできないのだけど、当時は活発にレビューが投稿されていた。風俗店のユーザーレビューというものは総じて面白い。こんな調子で名文とも言える文章たちが眠っている。

投稿者 舐め犬
利用店舗 XXの誘惑
感想
小生、覚悟はしておりました!細身でGカップなどこの世に数えるほど存在しない、いわば希少な宝石のようなものなのですが、このお店のホームページにはまるで当たり前のように存在しております。嘘であろうと感じつつ、吾輩が突入してまいりました。特攻隊ってこんな気持ちだったのかもしれませんね(笑)。結果は、細身どころか脂身というか、ササミというか、まあ、不本意なものです。でもアナルを責められてアヘェって声出ちゃいました(笑)。コスパ的なところも考慮して78点というところでご勘弁ください!

舐め犬、アヘェって声出してる場合じゃねえぞ、と思うのですけど、こういった風俗レビューの多くは、一人称が変わっていておまけに安定しないという特徴がある。特に「小生」「吾輩」「愚息(生殖器視点で書くことがある)」などの表現が使われやすい。さらに(笑)(爆)などの表現が多用されることも多く、総じて勢いがある。「希少な宝石」などの比喩が綺麗な傾向があり、「78点というところでご勘弁ください!」の締めなどは誰に謝っているのか意味不明なところがポイントが高い。

こいつはなかなか、こいつはつまんねーなーなどと、風俗サイトのレビューをレビューする感じで眺めていると、一つのレビューが目に留まった。

利用店舗 ○○学園
感想
とてもカワイイ女の子でした。料金もリーズナブルで電話対応も良く、何よりコスプレが充実しています。自信をもってお勧めできるお店ですが一点だけ苦言を。サービスの最初でDK、いわゆるディープキスが標準でついているはずですが、これがおざなりでした。これはいけません。ディープキスとは気分を高めるために不可欠な行為であり、標準プレイ内容で謳っている以上、せめて25秒はやらなければいけません。ですが、あのように2秒に満たないようではディープキスとは言えません。深海のような深いキスを望むのに、見てくれだけ豪華な女の子が浅いキス、これでは大陸棚です。改善を望みたいところです。

「25秒以下はディープキスじゃない」
「あんな浅いキス、大陸棚だ」

どこかで聞き覚えのあるフレーズに、異様なまでのディープキスへのこだわり、投稿者の名前もなんだかある人物を連想できるようなものでした。まさかまさかと思いつつ、同じ人物の他のレビューを探してみると

利用店舗 ○○の人妻
感想
このお店はリーズナブルなだけあってサービス全体はあまり期待できませんし、女の子もそこまでではありませんが、今日ついてくれた女の子はとにかくディープキスがよかった。42秒はあったかな。これはもう、大勲位ものです。そもそも最近は……

これ絶対エンペラー松本だわ。

検索ができないサイトだったので片っ端からレビューを読んで、この松本の書き込みを探したのですが、出るえわ出るわ。色々なサービスなどにこだわってる感じを醸し出していますが、最終的にはディープキスの長さと深さで全てを判定しているところからいって、完全にエンペラー松本です。

利用店舗 XX女学院
感想
残念です。何がって、そこまで言わせないでください。ディープキスですよ。どうしてこんなにもディープキスへの意識が低いのでしょうか。残念に思います。あまりにもひどかったので後のことは全く覚えていません。

こういった失意のレビューもあれば

利用店舗 ○Xの誘い
感想
素晴らしいの一言です!何がって?もちろんディープキスです!まるで羽衣を舐めているようなディープキス!とにかくディープキス!ディープインパクト!いやはや降参ですよ、これは。降参してタップしちゃいました(笑)

羽衣を舐めてるとか微妙に意味わからないですし、ディープインパクトのあたりはもう何が何やら、降参とかの下りは自分でも何かいてるのかわかってないんじゃなかな。

そんな彼の名レビューの中で一番興奮してるっぽいのが以下のやつで

利用店舗 ○Xのしたたり
感想
唇に触れたのは柔らかなダイヤモンド
今まで君が守っていたモノどうすればいいのだろう
僕はただ腕の中に君を受け止めるだけ
動けないよ
12秒

これ、HKT48の「12秒」の歌詞じゃねえか。もはやレビューじゃねえ。しかも25秒以下はディープキスじゃないんじゃねえのか。

ついにエンペラー松本を見つけてしまい、インターネットってすげえって思うのだけど、このサイトはその特性から、投稿者に連絡を取ることができないようになっている。つまり、ただ定期的に投下される彼のディープキスレビューを眺めることしかできないのだ。(もうサイト自体潰れててそれもできないけど)会うことはできない。

ただ、きっとそれでいいのだろう。僕らは会う必要はない。なぜならば、エンペラー松本はあの日の夢を叶えて、いっぱいディープキスをしているってことが分かったのだから、もうそれで十分なのだ。

遠い日の夏、セミの声。やはり思い出の中のセミの声は煩くない。心地よく心に響くその音は悪い気はしない。エンペラー松本がディープキスと騒ぐ思い出の中の音だって、セミの声と同じく、遠いあの日の心地よい音階なのだ。

秒速5センチメートル

(小学生時代の二人の会話に乗せて、満開の桜の風景が切り替わるように映し出される)

「ねぇ、秒速5センチなんだって」

「えっ?なに?」

「ウンコの落ちるスピード。秒速5センチメートル

「遅くない?」

「ねぇ、なんだかまるで雪みたいじゃない?」

「きいてる?遅すぎない?」

「隆貴くん、来年も一緒にウンコ、見れるといいね」

「きいてる?」

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場面が変わり、中学生となった明里が隆貴への手紙を朗読する形からはじまる。

「遠野隆貴様へ
大変ご無沙汰しております。こちらの夏も暑いけれど東京に比べればずっと過ごしやすいです。でも今にして思えば、私は東京のあの蒸し暑い夏も好きでした。溶けてしまいそうに熱いアスファルトも、陽炎のむこうの高層ビルも、デパートや地下鉄の寒いくらいの冷房も。なかなか見つからないトイレも。私たちが最後に会ったのは、小学校の卒業式でしたから、あれからもう半年です。ねぇ、隆貴くん、あたしのこと、覚えていますか?」

「前略隆貴くんへ。お返事ありがとう。うれしかったです。もうすっかり秋ですね。こちらは紅葉がきれいです。今年最初のセーターをおととい私は出しました。そうそう、覚えていますか?ウンコの落ちるスピード。今日理科の先生に聞いてみました。やはり秒速5センチメートルは遅すぎるみたいです。ウンコがそんなに宙を漂っていたら大変だって叱られちゃった。1キロのウンコが1秒で便器に到達すると考えると、おおよそ秒速6メートルはあるそうです。時速に直すと20キロほど。原付ぐらいですね」

「最近は部活で朝が早いので今この手紙は電車で書いてます。この前、電車でウンコを漏らしました。やはり秒速5センチではなかったです。なんで昔のあたしはあんなに頑なに信じていたんだろう。そこで疑問に思ったのですが、電車は100キロで前方に動いていて、その中で20キロの速度でウンコが落下します。電車の外から観測するとどのような速度になるのか、答えなさい」

「拝啓。寒い日が続きますが、お元気ですか。こちらはもう何度か雪が降りました。私はその度にものすごい重装備で学校に通っています。東京は雪はまだだよね。引っ越してきてからもつい癖で、東京の分の天気予報まで見てしまいます。やはり重装備だとトイレをするのが大変です。でも、漏らしてもばれにくいと考えるとなんだか楽になりました」

「今度は隆貴くんウンコを漏らしたと聞いて驚きました。お互いに昔から慣れているわけですが、それにしても中学になっても……。 今度はちょっと致命的だよね。いざという時に、漏らすという選択をできるひとは……ちょっと……。どうかどうか、隆貴くんが元気でいますように」

「前略。隆貴くんへ。3月4日の約束、とてもうれしいです。会うのはもう一年ぶりですね。なんだか緊張してしまいます。うちの近くに大きな桜の木があって、春にはそこでも多分、花びらが秒速5センチで地上に降っています。そうです、秒速5センチなのは桜の花びらのことでした!ウンコと間違うなんてどうかしていました。そのごどうですか?学校で漏らしてから引きこもっていると聞きましたが…。とにかく会える日を楽しみにしています」

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明里との約束の当日は昼過ぎから雪になった。

僕と明里は精神的にどこかよく似ていたと思う。僕が東京に転校してきた一年後に明里が同じクラスに転校してきた。まだ体が小さく病気がちだった僕らは、グラウンドよりは図書館が好きで、トイレにもよく行っていた。小学生が学校でウンコをすることは重罪だったが、僕たちはごく自然に罪を共有する意識から仲良くなり、そのせいでチームメートから、からかわれることもあったけれど、でもお互いがいれば不思議にそういうことはあまり怖くはなかった。僕たちはいずれ同じ中学校に通い、この先もずっと一緒だと、どうしてだろう、そう思っていた。

「新宿、新宿です。終点です。お降りのお客様は……」

新宿駅に一人で来たのは初めてで、これらか乗る路線も僕には初めてだった。ドキドキしていた。お腹が痛くなってきた。これから僕は明里に会うんだ、そう思うとお腹が暴れだした。

「まもなく武蔵浦和武蔵浦和に到着いたします。次の武蔵浦和では快速列車待ち合わせのため4分ほど停車いたします。与野本町、大宮までお急ぎの方は……」

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乗り換え駅のターミナル駅は帰宅を始めた人々で混み合っていて誰の靴も雪の水を吸ってぐっしょりと濡れていて、空気は雪の日の都市独特の匂いに満ちて冷たかった。

「お客様にお知らせいたします。宇都宮線、小山、宇都宮方面行き列車は、ただいま雪のため、到着が10分ほど遅れております。お急ぎのところ、お客様に大変ご迷惑をおかけいたします」

その瞬間まで、僕は電車が遅れるなんていう可能性を考えもしなかった。不安が急に大きくなった。

「ただいまこの電車は雪のため10分ほど遅れて運行しております。お急ぎのところ、列車遅れておりますこと、お詫びいたします」

大宮駅を過ぎてしばらくすると、風景からはあっという間に建物が少なくなった。

「次は、久喜、久喜。到着が大変遅れましたこと、お詫び申し上げます。東武伊勢崎線にお乗り換えの方は、5番出口にお回り下さい。後続列車が遅れているため、この列車は当駅にて10分ほど停車します。お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ち下さいますよう、お願いいたします」

(乗客がボタンを押してドアを閉める。「すいません」と答える)

「後続列車が遅れているため、この列車は当駅で10分ほど停車します。お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらく……」

「野木、野木。お客様にお断りとお詫びを申し上げます。後続列車遅延のため、この列車は当駅でしばらくの間停車します。お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ち下さいますよう、お願いいたします」

駅と駅との間は信じられないくらい離れていて、電車が一駅ごとに信じられないくらい長い間停車した。窓の外の見たこともないような雪の荒野も、ジワジワと流れていく時間も、痛いような腹痛も、僕をますます心細くさせていった。列車にはトイレがなかった。

約束の時間を過ぎて、今頃明里はきっと不安になり始めていると思う。あの日、あの電話の日、僕よりもずっと大きな不安を抱えているはずの明里に対して、優しい言葉をかけることができなかった自分が、ひどく恥ずかしかった。

明里からの最初の手紙が届いたのは、中一の夏だった。彼女からの文面は全て覚えた。約束の今日まで二週間かけて、僕は明里に渡すための手紙を書いた。明里に伝えなければいけないこと、聞いて欲しいことが、本当に僕にはたくさんあった。

「大変お待たせいたしました。まもなく宇都宮行き、発車いたします。小山、小山。東北新幹線を乗り換えの方は……。東北新幹線下り盛岡方面を乗り換えの方は1番線、上り東京方面を乗り換えの方は5番線へお回り下さい」

「お客様にお知らせいたします。ただいま両毛線は、雪のため、大幅な遅れをもって運転しております。お客様には大変ご迷惑をおかけいたしております。列車到着まで今しばらくお待ち下さい。次の上り……」

とにかく、明里の待つ駅に向かうしかなかった。トイレは我慢した。

「8番線、足利前橋方面、高崎行き上り電車が参ります。危ないので……」 

「お客様にご案内いたします。ただいま、降雪によるダイヤの乱れのため、少々停車いたします。お急ぎのところ大変恐縮ですが、現在のところ、復旧のめどは立っておりません。繰り返します。ただいま、降雪によるダイヤの乱れのため、少々停車いたします。お急ぎのところ大変恐縮ですが、現在のところ、復旧のめどは立っておりません」

腹痛は限界に近かった。電車はそれから結局、2時間も何も無い荒野で停まり続けた。たった1分がものすごく長く感じられ、時間ははっきりとした悪意を持って、僕の上をゆっくりと流れていった。僕はきつく歯を食いしばり、ただとにかく出さないように耐えているしかなかった。明里……どうか……もう……家に……帰っていてくれればいいのに。

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「3番線、足利前橋方面、高崎行き電車が到着いたします。この電車は雪のため、しばらく停車します」

「明里……」

小さな駅の待合室に置かれたストーブの前で明里がねむりこけている。

「おいしい」

「そう? 普通の焙じ茶だよ」

焙じ茶? 初めて飲んだ」

「うそ。絶対飲んだことあるよ」

「そうかな」

「そうだよ。それからこれ、私が作ったから味の保障はないんだけど、よかったら食べて」

「ありがとう。お腹すいてたんだ、すごく」(ほんとうはそれ以上にお腹が痛いんだけど、この駅にトイレはなさそうだ)

「どうかな?」

「今まで食べた物の中で、一番おいしい」

「大げさだなぁ」

「本当だよ」

「きっとお腹すいてたからよ」

「そうかな」(ほんとうはそれ以上にお腹が痛いんだけど、この駅にトイレはなさそうだ)

「そうよ。あたしも食べようと。うふ」

「引っ越し、もうすぐだよね」

「ん、来週」(トイレ行きたい)

「鹿児島かぁ」

「遠いんだ。栃木も遠かったけどね」(トイレ)

「帰れなくなっちゃったもんね」

(たった一人の駅員が窓口から顔を出して二人に声をかける)

「そろそろ閉めますよ。もう電車もないですし」

「はい」(トイレもないし)

「こんな雪ですから、お気をつけて」

「はい」(トイレ)

(駅を出て真っ暗な雪の中を歩く二人)

「見える、あの木?」

「手紙の木?」

「桜の木。ねぇ、まるで雪みたいじゃない?」

「そうだね」

その瞬間、永遠とか、心とか、魂とか腹痛とか、そういうものがどこにあるのか分かった気がした。13年間生きてきたことすべてを分かち合えたように僕は思い、それから次の瞬間、たまらなく悲しくなった。

腹痛に耐える僕のその魂をどのように扱えばいいのか、どこに持っていけばいいのか。それが僕には分からなかったからだ。僕たちはこの先もずっと一緒にいることはできないと、はっきりと分かった。彼女と離れなければウンコはできない。まさか目の前でするわけにも……。

僕たちの前には未だ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、強大な腹痛が、どうしようもなく横たわっていた。でも、僕をとらえたその不安は、やがて緩やかに溶けていき、あとには、肛門から漏れ出した柔らかな感触だけが残っていた。

あああああああああああああああああああっっっ。

その夜、僕は桜の木の下で、ウンコを漏らした。

「綺麗、キラキラしてる」

「肛門から出て大気に触れた瞬間に温度を失ってウンコが凍っていくのさ」

ダイヤモンドダスト。全ては凍り付く」

明里は小さく呟いた。キラキラと凍りながら粉末状になり、ゆっくりと落下していくウンコは風に舞い上げられ、静かに、音を立てずにゆっくりと滑空しているようだった。

「きっと秒速5センチメートルだね」

「ああ、それくらいだ」

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(翌朝、もう電車は動いていた。始発に乗り込む隆貴。明里はホームで見送る)

「あの……隆貴くん。隆貴くんは、きっとこの先は大丈夫だと思う!絶対!あと、誰にも言わないから」

「ありがとう。明里も元気で!手紙書くよ!電話も!パンツも洗って返す!」

明里への手紙を渡せるような雰囲気ではなく渡せなかったことを僕は明里に言わなかった。あの脱糞の前と後とでは、世界のなにもかもが変わってしまったような気がしたからだ。自分の尊厳を守れるだけ力が欲しいと、強く思った。それだけを考えながら、僕はいつまでも、窓の外の景色を見続けていた。


「桜花抄」おわり

比喩はまるで森のように

物事を別の何かに例える。実はこれはほとんどの場合が自己満足の産物でしかない。

ある事象、例えばAがBだからCになる、みたいなことを説明されてもいまいちピンとこず、説明する側も伝わってないなって思ったら、だからDがEってことあるだろ、そこでFになるだろ、と似通った別の事象を持ち出してきて説明する。これが「例え」というやつだ。

けれども、僕の経験上、最初の説明で理解できなかった人が別の何かに置き換えて説明されて理解できた、なんてことはほとんどない。むしろ、余計混乱して分かりにくくなるか勘違いして伝わるかだ。


そりゃそうだ。そんな簡単に理解できなかったものが理解できるわけがない。理解出来なかっことには理由があるのだ。それらはそう簡単には解消されない。


実のところ、こういった例え話は、している側の自己満足でしかない。俺はこんなに噛み砕いて説明ができる、なんて親切、頭脳派、そういった自己満足が主体であり、伝わったかどうかは関係がない。ただ、多くの場合が例え話は物事を簡略化した一見分かりやすいスタイルをとる。つまり伝えられた側も、この例え話で理解できなかったらやばい、と見えないプレッシャーを受ける。結果、あまり分かってなくても分かったように振る舞ったりするのだ。例え話なんてこんな不毛なものなのだ。

また、そもそも例え話なのに全然例えていない事例も散見される。

我が職場の空調システムは集中管理されており、28℃以下の温度に設定できないようになっている。もちろん節電が大切なのは理解できるが、28℃の設定はない。ありえない。兵糧攻めに近い。

10000歩譲って、28℃に設定して本当に28℃の冷風が出てくるなら納得しよう。我慢もしよう。けれども、クーラーが古すぎて28℃の冷風が出てきていない。30℃くらいのやつがでてきてる。それならせめて26℃くらいに設定して28℃の風を出すべきではないか。そう思うのだ。これではデブは熱中症で死んでしまう。

けれども、なぜかオフィスの女子は冷えに弱いのがかわいい、女の子は冷えに弱いものよみたいな鉄の掟を持っていて、28℃どころか29℃、下手したらスイッチを切ろうとするからたちが悪い。さらに変な布みたいなものを膝の上にかけている始末。正気じゃない。我慢大会か。もっとデブの気持ちになって考えるべき、そうは思わないだろうか。

このままではデブが死んでしまう。デブの代表として使命を抱いた僕は空調システムを攻略した。コントローラーのあるボタンを連打した後に別のボタンを押すと、おそらくメーカーの人がテストで使うであろう試運転モードみたいなものにできることを発見した。その試運転モードにすると鎖を引きちぎった猛獣のごとく集中管理を無視してクーラーがマックスパワーで稼働する。ものの数分でデブが生きやすい世界が到来する。天国である。もちろん、冷えに弱い女の子に配慮して、オフィスにデブしかいないタイミングを見計らってその暴走モードを使っていた。

けれども、それはすぐに管理者の知るところとなった。勝手に制限を解除するとは言語道断、とものすごい勢いで怒られたのだけど、デブに優しい世界を、デブしかいない時しか使ってない、と思う僕はそれがどれだけ悪いことかあまり理解できなかった。そこで管理者が言った言葉が印象的だった。

「勝手に制限を解除する、それがどれだけ悪いことかわかるか?」

「あまりよく分かりません。28℃の設定で28℃の風が出てくるならわかりますけど、あれは明らかに30℃、いいや31℃くらいの風だ」

「いいですか、温度を下げすぎないように設定しているものを勝手に解除する。これは例えるならば知らない女性の体を勝手に触るようなものです。それが悪いことはわかりますよね」

もうね、ぜんっぜん、わからなかった。理解できなかった。

女性の体を触る痴漢的行為に置き換えていかに悪行か伝えたいのだろうけど、そもそも、クーラーのスイッチは女性の体ではない。あれがおっぱいだっていうならば僕だって理解しますよ。おっぱい勝手に触って悪かったな、くらい思いますよ。でもね、あれはスイッチであって決しておっぱいではないんです。

こういう場面で使われる例え話って、大体が例えてなくて誤魔化でしかないんですよ。女性の体を勝手に触ったら強制猥褻とかその辺ですけど、空調を試運転モードにする罪があるかっていうと、刑法のどこを読んでもそんなものは書いていない。結局、悪であるという部分を都合よく強調するために都合のいい例え話を持ってきているに過ぎないのです。

ですから、例え話を出されたときは注意が必要です。それはただの自己満足ではないか、ただ都合のいい部分をクローズアップしているだけで実際は全然例えることができていないのではないか、その観点から見る必要があるのです。わけのわからない例え話に言いくるめられてはいけません。

実のところ、僕もこの誤魔化しの例え話は文章を書くときによく使う。例えば、「すごく面白くて笑った」ということを伝えたい時に、そこまでの流れであまり面白さが伝わっていないな、と思ったときは例え話でごまかす。

「すごく面白くて笑った」

この流れに自信がないときは、ちょっと面白そうな比喩をぶち込んで面白い感じにする。

「むかし、ブラッディマンデーというドラマがあって、そこで万能の凄腕のハッカーファルコンってのが出てくるんだけど、そのファルコンの妹が何者かによって捕まって爆弾が仕掛けられるのね。で、ファルコンはむっちゃ焦るんだけど、いよいよ爆発するって時に、おもむろにブラウザ立ち上げて検索サイトで「爆弾 解除方法」って検索するのね。ハッカーが、検索、時間があれば知恵袋で質問するんじゃないか、ってくらい面白くて笑った」

つまり、流れに自信がないときは比喩に見どころを作って誤魔化すわけなんですね。こういう誤魔化しはあまり良くないのです。そしてもっと全体に自信がなくなってくると、もう比喩だけでいいやって感じになって、それらが発展すると、もうわけわからなくなって

「ずっと都会を走っていた電車が終点近くなって田舎を走る。しばらくすると誰も乗り降りしないであろうローカル駅に着いた。すると、扉が開くのと同時にワッとセミの声が乗車してきた。ああ、そうか今は夏なんだと感じた自分がすこし照れくさくて、この駅で降りてみようかと考えた。アスファルトからの熱気と1台のタクシーしか見どころがない駅前から少し歩くと大きな鳥居が見えた。その朱色は鮮やかで、つい最近塗り替えたんだろうって思えた。とりあえず、あそこまで行ってみるかと歩き始めると。マウンテンバイクに乗った小学生とすれ違った。彼は別に虫を取るわけでもなく、携帯ゲーム機を片手にどこかゲームができる涼しい場所を探しているようだった。朱色の鳥居を抜けるとまた一段とセミの声が大きくなっていた。ただ、それはもう、背景に溶け込んでしまっていて別個のものとは認識できない。透明な色がついた風景のように思えた。小さな川があった。その川はたぶん何か生き物がいるのだろう、床面はヘドロのようなものが滞留しているが、水自体は綺麗で、あまり汚さを感じない。少し先のベンチに農作業の途中のようないでたちのお婆さんが座っていた。お婆さんは汗を拭きながら、レッドブルを飲んでいた。お婆さんにレッドブルというアンバランスさがなんだか少しおかしくて「精が出ますね」と話しかけてみた。すると「いやーもう歳だから。こまめに休憩しないと」そんな期待通りの返事が返ってきた。「始めてきたんですけどこの辺は何か見どころとかありますか」そう質問すると、お婆さんは、山の上に高台があり、そこから景色が見どころだと教えてくれた。おそらくあの山のことだろう、あれを登るのは大変だぞ、そう思いながらお婆さんにお礼を告げ、歩き出した。登山道はほとんど整備されていて、道端に置かれた三体の地蔵にはお供え物がされていた。またセミの声が背景から飛び出して音として聞こえてきた。木陰から降り注ぐ日光は容赦なく汗を誘い出す。それでも、この先には高台があって、きっと綺麗な景色が待っている。そう思いながら一歩、また一歩と踏みしめていった。そしていよいよ高台へと出た。素晴らしい景色がそこにある、そう思って眺めると、別にそうではなかった。この田舎町にもイオンができて、新興住宅地を作ろうと整地されていた。そういった浸食を高い位置から眺める。それだけだった。そういうもんかと山を下り、またえきまで歩く。どこかで小さな祭りでもあるのだろうか、自転車に乗った中学生の女の子が浴衣姿にヘルメットをかぶっている。すっかり日が傾いた。駅のホームのベンチに座り、こういう一日も悪くない、そう思った時くらいの微妙な感じのブスがやってきて、クーラーの試運転モードができないように裏技に使うボタンをはずしていった」

こういう比喩が出てきたらかなり誤魔化しているということですので気をつけてください。

世の中の多くの例え話や比喩は自己満足か、それ以外の意図です。けっして理解を深めようとする意図ではありませんので、例えられれば例えられるほど、注意して聞く必要があるのです。

僕はいまむちゃくちゃ怒っていて、裏技に使うボタンをはずして持っていくという行為は、例えるなら勝手に人の乳首を外して持っていく行為だ!乳首なくなったら困るだろ!って管理部に怒鳴り込んできたところです。

 

成長する道路という発想

生涯に1001編もの短編を発表したといわれるSF短編の巨匠、星新一先生の発想方法が興味深い。SFというジャンルから、この世にありえないものを題材とすることが多かった星先生は、全く関係ない二つの単語を組み合わせることで新しい物を生み出していたという。

僕らが何かを発想するとき、全く新しいこの世に存在が皆無なものを発想するのは難しい。けれども、既存の何かと何かを組み合わせて新しいっぽい何かを作り出す。これはそこまで難しいことでもないような気がする。

例えば、8つほど何でもいいので単語を出してみよう。思いついたものをぽっぽっぽっと出していけば良い。僕の場合、ざっと以下のようなものが出てきた。

マグワイヤ 子供 イノセンス 道路 おっぱい いっぱい 石碑 肺気胸

この中から、お、これはと思うものを二つ抜き出せば良い。「おっぱい」と「いっぱい」を抜き出すと「おっぱいがいっぱい」で、「おっぱいがいっぱいって最高じゃない?」しか書けないのでここはあえて外し、難しそうな言葉ではないものを選ぶと、「子供」と「道路」にしようか、という感じになる。この二つの組み合わせといえば「子供道路」しかありえなく、「子供しか通れない道路があって」と物語らしきものが展開するが、それはあまり面白そうではない。

星先生くらいになると、この二つからすごく面白そうな話をかけると思うが、僕ら凡人にはまだまだ難しい。そういう場合は、片方の単語を解きほぐす作業をすれば良い。

ここでは「子供」を解きほぐしてみると、子供から連想されることといえば「遊ぶ」「食べる」「泣く」「成長する」「ポケモンのフラッシュで倒れる」、いろいろと出てくる。これを先ほどの「道路」と組み合わせていく。

「遊ぶ道路」
「食べる道路」
「泣く道路」
「成長する道路」
「ポケモンのフラッシュで倒れる道路」

最後のやつがすごく興味をそそられるが、かなり難しそうなので、そこそこ面白そうで無難なものは「泣く道路」か「成長する道路」かなあ、となる。「成長する道路」ってなんだか面白そうだと、これを主題にすることを選択すると、今度はなぜ道路が成長しなくてはならないのかという理由を考える必要が出てくる。

「未来の世界では勝手に成長する道路が発明された」
「この道路は必要なところに勝手に伸びてくれる」
「利権で不必要な道路を作ったりとかなくなった」

物語の起承転結を考えると、この事象の功罪の罪の部分が必要となる。つまり、道路が成長することによって便利になることだけではなく、不都合な部分を考えておく必要がある。これはもう、「勝手に成長する」という部分が最大の不都合でよい。つまり、家があろうが人の土地であろうが、道路は勝手に成長していってしまう、という部分を不都合に添える。

そこから伏線等を考えていくのだけど、ざっと大まかな話を考えると以下のようになる。

「まだこの国が豊かで高度成長時代なんて呼ばれていた頃、道路を作る仕事があったらしい。この国のいたるところに道路が作られ、トンネルや橋や、高速道路まで作られていたらしい」

(成長する道路という主題に対して「高度成長時代」を対比として出す。そして、道路が作られた時代があったという表現で、いまは作られなくなったことを表現する。ではなぜ作られなくなったのか)

「自分の都合のいいように道路を作ったりする政治家が糾弾され、作った道路も予算消化のために掘り返したり、ただただ税金を垂れ流す道路は悪という風潮が広まり、そのうち作られなくなった」

(この辺は現代の世相とリンクさせ、ああ、そういうことあるよね、と共感を得る形にすると良い)

「町はずれにヨシキの家がある。新興住宅地というやつで沢山の家が立ち並んでいるが、そこに続く道路はない。作ろうにも作り方を知っている人間がいないからだ」

(道路が作られなくなったことによる不便さを強調する)

「ある時、この街にオリンピックがくることになった。郊外に大きなスタジアムが建てられたが、そこに繋がる道路を作れなかった。みんなが困っていると、街の発明家がやってきて「成長する道路の種」をスタジアムの周りに蒔いていった」

(時事ネタに絡めてオリンピックを出し、ここで「成長する道路」が登場する。これで問題点がクリアされる描写を次に書く)

「次に日には、スタジアムから街にまっすぐ伸びる道路ができていた。真新しいアスファルトの匂いに町中の人々が歓喜した。」

(次にこの道路の特性を説明するエピソードを入れる)

「不思議なことに、この道路はある程度の人が望めば次の日には道路ができていた。ヨシキの家がある住宅地にも立派な道路ができていて。みんな笑顔で車通勤をはじめた」

(望めば成長するという特性が、最初に考えたデメリットに繋がるようにする)

「みんな喜んでいたけど、ある時、ヨシキの家がなくなっていた。ヨシキの家は大きな道路を通すのに邪魔だった。大きく迂回するよりヨシキの家を突き抜けたほうが早かった。ヨシキとその家族はずっと反対していたけど、次の朝にはヨシキの家はなくなっていて、家族全員、道路の上で寝ていた。勝手に成長していたのだ」

(実は道路が成長しなくても、現代でこういうことは普通にある。公共の望みは個人の望みより優先される。その辺の揶揄をいれる)

「政治家が言い出した。このままむやみやたらに道路を望むと、皆さんの家がなくなったりするぞと。すぐに道路を望むことが法律で規制された。そして、政府の指示に従って道路を望むように命令が来るようになった。そして、政治家が都合のいいように自分が買い占めた土地などに道路をひくようになった」

(最初に戻って道路を作っていた時代と何も変わらない我欲の道路になるという皮肉が入る)

「これには庶民の怒りが爆発し、デモのようになって政治家を吊し上げた。そして、それぞれが好き勝手に道路を望んだ。」

(いよいよラストへ)

「次の日、目が覚めると、辺り一面、地平線の向こうまで全部アスファルトになっていた」

こういう感じで、あまり深く考えなくともそれなりの話ができてしまう。こういった二つの単語から発想して物語を作ることは、創作というよりも訓練としかなり良い。

そこでお勧めしたいのがみんな大好きウィキペディアのランダムアクセスだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Special:Randompage

これを使うとウィキペディア内のページにランダムで飛ぶ、それを二回繰り返してその組み合わせで物語を書くといい。難しそうなら片方を解きほぐせばいい。そうすれば必ず訓練になるはずだ。実際にやってみると

愛が見えない - Wikipedia

兵庫県道548号戸島玄武洞豊岡線 - Wikipedia

すげー難しそうだけど、「愛が見えない兵庫県道548号戸島玄武洞豊岡線」
というタイトルで書くとなかなか面白そうで、さらにこの豊岡線の該当区間は、山に沿って走るような位置にあり、玄武洞の前後はすれ違いの困難な区間があるらしい。

つまり対向車線がきて、そのすれ違いが困難で、お互いに車を降りて困りましたと会話していたら、相手の女性がミステリアスで怪しくて、もしかしたらトランクに旦那の死体でも隠しているんじゃないか、って思えてきて、彼女のもつ愛の気持ちってやつを探り始める。という風に物語を書くことができるのだ。

さらに訓練でもう一本ランダムアクセスしてみると

乳房 (大江千里のアルバム) - Wikipedia

ミリオンセラー - Wikipedia

これも難しいけど、大江千里が出てくるとややこしいので消して、「乳房」だと難しいので「おっぱい」と噛み砕く。そして、「ミリオンセラー」を解きほぐすと、「ブーム」「印税」「いっぱい」「売れてる」などの単語が出てくるので、「いっぱい」を採用し、「おっぱいがいっぱい」となる。そうなると、「おっぱいがいっぱいって最高じゃない?」としか書けない。

不正のトライアングル

米国の組織犯罪研究者ドナルド・R・クレッシーが体系化した「不正のトライアングル」という考え方がある。横領などの不正が起こるとき、人はいかにしてその誘惑に負けていくのかを調べたクレッシーは不正のリスクを3つの状況に分類した。簡潔に挙げると次のようになる。

不正のトライアングル
・動機
・状況
・正当化

である。これら3つが揃わないと基本的に不正は起こらない、という考え方だ。まず、「動機」にあたる部分は、まさにその通りで私腹を肥やしたい、自分のミスを穴埋めしたい、そういった不正を犯すに至る最初の目的が必要となる。何も目的がないのになんとなくで不正に手を染める人はほとんどいないのだ。

つぎに「状況」である。横領などの不正の場合、強盗や窃盗などと違い、あまりに強引な手法は取られることがない。まるで強奪するように横領していく人はほとんどおらず、基本的に横領が可能であった状況がそこにあることが多い。

通帳や帳簿、現金を一人で管理していた、チェック体制はあったが機能していないかった、そういった状況があり、当人が不正が可能であると気が付いた時に不正が起こる。不正ができないようなシステムで、なおかつチェック体制もバリバリに機能しているのに、横取り四拾萬円のように強引に略奪する人はほとんどいないのである。

そして最後の「正当化」である。この部分が実に人間らしくて興味深いと僕は思う。実のところ、この行為は悪であると完全に認識して不正を働く人はほとんどいない、ということだ。「こんなに働いているのに給料が安いのだから少しくらいもらってもいいはずだ」「後で返せば問題ない」「こうしないと生きていけないのだから仕方がない」そういった正当化が自分の中に起こり、不正を働くわけだ。

もちろん、この「正当化」は冷静に考えなくとも正当でもなんでもなくて、むしろ不当なのだけど、そうやって正当だと思い込むことで最後に踏み越えるきっかけになっているのである。

こういった横領などにおける不正のトライアングル、最初にこれをある著書で読んだときに、実はこれは不正だけでなくウンコ漏らしにも適用できるのではないか、そう思った。分かりやすく記述すると以下のような状況だ。

「動機」
その日は、胃がん検診であった。市の施設で無料の胃がん検診を受けることになっていたが、その施設までは比較的遠く、バスで行くことを余儀なくされた。

到着すると、なかなか高圧的な係員の人に誘われてX線検査を行った。それに先立ち、バリウムを飲むことになっていたのだけど、同時に発泡剤という胃を膨らませるための薬も飲まされる。これがすごくて、飲んだ瞬間にわっと胃の中が気体で満たされるのが分かり、すごいゲップしたくなる。

「そのままゲップせずにいてください」

「はいわかりましゲプアアアアアアアアアアアアアア」

「もう一杯だね」

こんなコントみたいなことを繰り返し、胃がん検診は終わった。終わると下剤が渡される。造影剤として飲んだバリウムは体内で固まると大変なことになってしまうので早めに出す必要がある。そのために下剤を飲みなさいということだ。つまり、胃がん検診後の下剤の投与、これが「動機」として存在していた。

「状況」
この下剤はすぐに効いてくるものと思われたが、実際には数時間のタイムラグがあった。ここで大きな誤算だったのだが、胃がん検診の5時間後にバスに乗って少し遠い町まで行く用事があった。検診後に下剤を飲むことは知っていたが、さすがに5時間後なら、もう全部出し切っているだろうという甘い考えの僕がいた。

バスに乗る時間が刻一刻と近づいてくる。けれども一向に下剤が効いてこない。まずい。これは本当にまずい。爆弾を抱えたまま火の中に飛び込んでいくようなものだ。頼む、下剤効いてくれ!祈るような気持だったが、安全な状況で下剤が働くことはなかった。

そして、ついにバス乗車時間となる。

思ったより下剤が効くのが遅く、不安を残した状態でバスへと乗車。もちろん路線バスなのでトイレは兼ね備えていない。そういったウンコを漏らすべき「状況」が存在した。

「正当化」
案の定、バスに乗った瞬間に下剤が効きだした。普通の腹痛ならまだ断固たる意志というやつで抑えることもできるが、薬剤による化学の力は意志どうこう、肛門の筋肉とかそういった問題ではない。誰かが「次とまります」のボタンを押した空気の振動だけで漏れてしまいそうだ。

絶対に漏らしてはいけない、人として漏らしてはいけない。いざとなればバスを降りて近くにコンビニがあれば駆け込む、なければ申し訳ないが民家で借りる、それすらないなら人がいないということだろう、あまりよくないが竹やぶにでも入って、そんな考えが生まれる。ただここまで漏らさないことを前提とした考え方だ。その次の段階は漏らすことを前提とした考えに代わる。

こっそりと漏れたとして誰が気づくであろうか。ブーとかピーとか音がするならまだしも、まるで京都の朝のように静かに漏らして気づく人がいるだおるか。いいや、いない。ちょっとウンコ臭いかなって思う人もいるだろうが、畑とかあるし、肥し的な匂いだと思うはずだ。そう、漏らしたってばれるはずがない。漏らすことを前提とした「正当化」が始まる。

そもそも、下剤を飲んだのだから仕方がない。誰が我慢できようか。下剤を飲んだら出る当たり前のことだ。それを責められるいわれはない。むしろ褒められるべきだ。下剤を飲んだら漏れたね、やったね、くらいあの女子高生が言ってくれてもいい。とんでもない「正当化」が始まる。

そして正当化はいよいよ究極の領域に達する。

みんなだって、バリウム飲んだ後の白いウンコ見たいんじゃないか。少なくとも僕は興味ある。人は動物などでも極端に白いものをアルビノだとか言って珍しがる傾向にある。白ヘビなんて神として祀られることだってある。つまり白ヘビも白ウンコもそうたいした違いはない。アルビノの白ウンコを神として崇め奉るべきではないか?みんな見たいはずだ。俺は見たい!みせてやるよ、神ってやつをな!天孫降臨!ベルベルバー!

こうして、不正のトライアングルと同じく、ウンコ漏らしのトライアングルが完成するのである。誰も漏らしたくて漏らすわけではない、最後にはかならず「正当化」がちょん、と後押しをしてくれるのである。ただし、不正は後押しで良いが、ウンコ漏らしの場合は後ろから尻を押されるとけっこう手助けになってしまうので、後引きとか後吸いとか、漏らす方向への助力として表現する必要がある。