サマータイムマシーンブルース
もしタイムマシンが存在したとしたら皆さんはどんな使い方をするだろうか。恐竜を見てみたいと思うかもしれない。歴史的大事件の現場を見てみたいと思うかもしれない。もしかしたら過去を改変して現代の自分に都合の良いように、なんて考える人もいるかもしれない。
例えば僕なんかは、ネットで罵声を浴びせられるときに「pato死ね」「pato shine」「pato生まれてくるな」「タイムマシンに乗ってお前の両親が恋に落ちるのを食い止めてこい」、ですからね、こういうタイムマシンの使い方もあるんだなと唸ったものです。
時間とは概念です。そもそも普遍的に存在するものではないので、時間旅行など存在しない、という考え方もあります。ただ、人間が想像できるSFはいつか必ず実現可能である、という考え方もあります。いつかそれらが実現してしまった時、人類は次なるステージへと行くのかもしれません。
ただ、仰々しいタイムマシンなど開発しなくとも、人々は昔のことを思い出せるし、未来への希望を見出すことができる。単純に時間を超えるというだけなら、人間の記憶と想像力はもうそれを達成している。もしかしたら、システムとしてのタイムマシンなどもう必要もないのかもしれない。
僕が20歳になった時だった。
僕の実家に一通の手紙が届いたと母親から連絡があった。差出人の名前を聞くと、どこかで聞いたことがあるような、なんだか懐かしい名前だった。妙に気になるが思い出せない。過去に出会った人々の名前を必死に探る作業はタイムマシンそのものだった。
とりあえず、届いた手紙は僕のところに転送するよう頼み、届くまでの数日間、必死に頭の中で時間旅行を行った。そして、タイムトンネルが頭の中で繋がったのだ。
「小学校の時の担任の先生だ」
小学校の時の先生の名前なんてそんなに覚えていないが、この先生はとにかく厳しい先生だったのでよく覚えていた。厳しく恐ろしいながらもどこか優しさがある、そんな先生だった。
芋づる式に様々な記憶が蘇る。確か先生はこんなことを言っていた。
「皆さんは6年生になったらタイムカプセルを校庭に埋めます。でもあれは掘るときに全員いなかったりするんだよね。だから、いま、20歳の自分に手紙を書いてください。先生が責任をもって20歳になった君たちに手紙を送りますから」
確か、そんなことを言って、20歳の自分に向けて手紙を書かされたと思う。だんだん思い出してきた。おそらく、今回来た手紙もその20歳の自分に向けた手紙に違いない。すごいな、先生、僕だったらこんな何年も前の手紙を自腹で送る気概はないし、そもそも1年くらいで預かった手紙を紛失してしまう。それでも覚えてるやついないしまいっか、ってなってしまうのが目に浮かぶ。先生の律義さに感動を覚えながら、手紙が転送されてくるのを待った。
数日して、転送されてきた手紙を見ると、やはり予想通りそれは小学校の担任からで、元気でいますかという一通りの挨拶の便箋と、なんだか折りたたまれた小汚い紙が入っていた。
あの時の自分が20歳になった自分に送った手紙だろう、なんだかそれは時空を超えてきたタイムマシンのように思えてきた。この紙の中にはあの日、幼かった日に自分がいる。一体どんなことを考えて、どんな気持ちで20歳の自分にメッセージを送ったのだろうか。なんだか怖い気もした。
ゆっくりと開くと、子供らしい、それでも丁寧に書いたであろう鉛筆の文字が目に入った。
「こんにちは」
子供らしい大きな字で書かれていた。
「そちらの日本はどうですか?」
未来の世界に思いを馳せているのだろう。
「楽しいですか?」
無垢な問いかけに少し自分を振り返った。楽しいといえば楽しい。
「ゲームはありますか?ファミコンは持ってますか?」
ファミコンどころの騒ぎじゃない。すごいゲームが沢山出てる。まずもうちょっとしたらスーパーファミコンってやつが出るぞ、そう教えてあげたかった。
「夢は叶いましたか?」
夢は叶ったのだろうか。そもそも何が夢だったのか。今僕は、この手紙を書いた自分がガッカリしないような未来を生きていられるだろうか。タイムマシンからの問いかけは僕の心のデリケートな部分を締め付けるようだった。
「人に迷惑をかけていませんか?」
かけていないと言えば嘘になる。
「悪い時は謝れますか?」
素直に謝れるかといえばそれも難しい。
「欲張っていませんか?」
おいおい、すげえな、子供時代の俺。なんかすごい人の道みたいなものを説いてくる。こんな立派な子供だったか、だったらすごい申し訳ないことをした。もしこの子が今の自分を見たら随分失望するんじゃないか。大学をサボって毎日サンダーVのモーニングを取りに行くだけの自分を見て、ひどく失望するんじゃ、そう思った。
「毎日笑っていますか?」
思えば、本当に笑っていないような気がする。あの時の自分は未来の自分が毎日笑顔でいて、夢を叶えていて、充実した毎日を過ごしていると予想していたのだろうか。それにしても、すげえ立派な子供だな。まるで僕じゃないみたいだ。これこそがタイムマシーンじゃないか。
あまりの出来の良い子供っぷりに、本当にこれ、俺が書いたのか、と疑いつつ、少し目に涙を溜めながら、最後に書かれた名前を読んだ。
「横田大輔」
おれじゃねー!これ、俺のじゃねー!
この涙をどうしてくれるんだと思いつつ、すぐに手紙に書かれていた電話番号に連絡すると、担任へとつながった。どうやら僕と横田君の手紙を入れ間違えてしまったようで、横田君からも連絡がきたとか言っていた。色々と紆余曲折があり、なんか今僕が住んでいる場所と横田君が住んでいる場所はそこまで遠くないらしく、それならまあ、会って交換しましょう、ということになった。
それから数日して、自宅から4駅くらい離れたターミナル駅で横田君に会った。横田君はすごく爽やかないわゆるリアルが充実しているっぽい大学生になっていて、すげえ爽やかに笑っていた。絶対にサンダーVのモーニングとか取りにいかなさそうな真っ当な人生を送っているっぽかった。
「悪いな、こっちまで来てもらって、いろいろ忙しくてさ」
横田君はゼミにサークルに、そして恋人とバイトに忙しそうだった。ただ、毎日が充実していてすごい楽しそうだった。よかったな、子供の時の横田君、彼は毎日笑っているようだぞ、そう思った。
しばらく現状報告をし、手紙を交換した。
「すげえいいこと書いてあるぞ」
そう言って横田君に手紙を渡すと
「お前のもすごいぞ」
横田君はそう言った。少しだけ胸が躍った。
帰りの電車の中でボックスシートに座り、正真正銘、本当に自分が未来の僕に充てて書いた手紙を読んだ。横田君曰くすごい手紙らしい。きっと、未来への自分に向けて比較的立派なことが書いてあるのだろう。なんだかんだいって、僕だってそういう輝かしい未来を夢見たはずだった。横田君ほどではないにしろ、きっと、胸がキュンとなるような、そういう内容が書かれているに違いない。過去の思い出と未来への希望、これは本当にタイムマシーンなのだ。
感動して涙を流してしまっても大丈夫なよう、周りに乗客が少なくなったのを見計らってタイムマシーンを開けた。そして泣いた。
「ちんこ、むけましたか?」
その一行だけだった。その一行だけだった。
やはり一刻も早く、タイムマシーンが開発されるべきで、そうなったらいの一番に僕の両親が恋に落ちるのを食い止めに行くべきなのである。