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夏の匂いとハッシュタグそして140文字の彼女

そのオッサンの存在に気が付いたのは、まだ夏の匂いが残る暑い日のことだった。

何の気なしにツイッターのタイムラインを眺め、そこから気になった人物のツイートを辿り、さらにそこから気になった人を巡る、というインターネットラビリンスの中に身を沈めていた時、一つのツイートが目に留まった。

「#リツイートしてくれた人の印象を語る」

たしかこんなハッシュタグがついたツイートだったと思う。ツイートの主は、若い女の子だった。異形とも呼べるほど大きな瞳に補正されたプリクラをアイコンにし、仲間たちとの写真に「いつめんフォーエバー」みたいな文字をレイアウトして背景画像にしているような、「青春の光」と言うしかない女の子だった。

もちろん、何のためらいもなく住んでる地域、学校名、クラスまで情報は満載で、インターネット的丸裸を実践している女の子だった。過去のツイートを遡って見ていると、やれ学校帰りにアイスを食っただの、やれ部活帰りに憧れの先輩とすれ違って、やだ、汗の匂いとかしないかな、だの書いてあり、おそらく現実の彼女の何ら変わりない日常がスッと140文字で記載され続けていた。

そんな彼女が突如狂った。インターネット上での思いなんて常に一方的なものだ。独りよがりでわがままで、誰かにこうであって欲しいと願うことはほとんどがエゴである。とどのつまり自分が気に入るか、気に入らないか、それにつきるのだ。そこに社会性や倫理性を求めるから話がややこしくなる。この場合も、僕は彼女に淡々と日常を綴ってほしかった。それ以外のことをしてほしくなかった。けれどもそれは僕のエゴに過ぎなかったのだ。

「わたしもやってみよう。#リツイートしてくれた人の印象を語る」

彼女は承認欲求に取りつかれてしまったのだ。インターネットに巣食う承認欲求という魔物にとりつかれてしまったのだ。調べてみると、どうやら彼女の親友とも呼べる存在が、ツイッターで「#リツイートしてくれた人の印象を語る」というハッシュタグをつけてツイートしたところ、クラスの男子や部活の仲間などに沢山リツイートしてもらえたようだった。

彼女の親友は、ゆっくりと時間をかけてリツイートしてくれた人の印象をツイートしていた。

「マサトはいつもツッコミが面白いからひそかにウケてるよ。陸上頑張ってね」

「綾香とは入学式からの付き合いだね。ずっと一緒にいたいな。ミスドも絶対に行こうね」

彼女の誠意が140文字となって次々とインターネットのレールに載せられていく。そのツイートにまた周りの誰かが返信し、話題が広がっていく。最後に彼女は、こんなにも素敵な仲間に囲まれて私幸せ、みたいな言葉で一連の流れを締めくくった。

衝撃だった。こんなインターネットの使い方が、こんなツイッターの使い方があったのかと頭をカチ割られた思いがした。人は基本的に暖かい。けれども、インターネットの人はあまり暖かくない。すぐに僕自身のツイッターに向けられた返信を覗いてみると「またウンコ漏らしたのか、死ね」「はやく更新するか、もしくは死ね」「タイムマシンに乗ってお前の両親が出会うのを食い止めてこい」そんな言葉で埋め尽くされていた。これがインターネットである。

そこには僕の知らないインターネットが広がっていた。体温、のようなものが感じられる言葉たちが容器に入れられた液体のように佇み、わずかにその波紋を表面に浮きだたせている、そんな世界だった。

親友を中心に繰り広げられるその暖かい関係に、彼女も羨ましい思いがしたのか、それとも自分が他者からどう思われているのか知りたくなったのか、彼女は自身の承認欲求に身を委ねた。

「わたしもやってみよう。#リツイートしてくれた人の印象を語る」

彼女の心の歪が軋みとなり、それが音となって最終的にハッシュタグになったような気がした。僕としては、彼女には淡々と僕自身が経験することなかった眩い青春の日々を綴って欲しかったが、それはただのエゴなのだ。彼女はもう、これを聞かなければ自分を保てないところまできていたのかもしれない。

これで、一つもリツイートが付かなかったら・・・。

恐ろしい考えが頭に浮かんだ。親友はレスポンスが追いつかないほどリツイートが付いていて、すごく喜んでいた。けれども、もし彼女に一つもリツイートがつかなかったら?なんだか僕はすごく怖くなった。視聴者投稿の明らかに痛い事故が起こるとしか思えないホームビデオの冒頭部分を見ているような気分になった。

僕の思いは、杞憂だった。彼女は周りから愛されていた。沢山のリツイートが次々とついていく。クラスの男子だったり、女子グループの仲間だったり、前述の親友もすぐさまリツイートしていた。きっと彼女は通知を受け取るたびに笑顔になっているに違いない。それを想像して僕も笑顔になった。

しかし、あることに気が付いてしまった。そんな彼女の「#リツイートしてくれた人の印象を語る」ツイートに見ず知らずのオッサンぽい人間がリツイートをかましているのだ。こう言ってしまっては失礼かもしれないが、クラスメイトや友人、部活の仲間がこぞってリツイートする中で、そのオッサンのリツイートは明らかに異彩をアカウントを放っていた。

オッサンのアカウントを見てみると住んでる地域も違いそうだったし、そもそも彼女とフォロー、フォロワー関係にない。全くの知らないオッサンではないか、そんな疑念が僕の心の中に生まれた。

これは恐ろしいことである。オッサンが全く見ず知らずの存在であるのならば、これほど恐ろしいことはない。「#リツイートしてくれた人の印象を語る」このハッシュタグはリツイートしてくるのが知り合い、身内であるという暗黙の了解で発せられている。断るまでもなく彼女と関りがある人間しかリツイートしてはいけないという裏ルールが存在するのだ。オッサンはそれを平気で突き破ってきた可能性がある。

俺の誕生日パーティーをサイゼリアでするからみんな来てね!と宣言したら知らないオッサンばかり電撃参戦して来たら、ちょっと僕でも泣いてしまうかもしれない。

「ツヨシはーなんだかんだ言って頼りになるかな。あと、足がすごく速い」

彼女が宣言通り、リツイートした人間の印象を語っていく。律儀な彼女らしく、リツイートした順番で最初から紹介していってるようだった。つまり、ツヨシ君はいの一番にリツイートしたのに、「足が速い」というけっこう無理して引き出したっぽい印象を語られたことになる。

「私の親友。すごい優しくてかわいい。みんなにもすごく慕われていて羨ましく思っちゃう」

前述の親友の紹介が始まった。やはり彼女の言葉は柔らかい。基本的にいい子なんだろう。それでいて自分に正直だ。そして同時に新たな不安が僕の心に沸き上がった。

オッサンは誰かと繋がりたかったのでは?

全く知らないオッサンが彼女のハッシュタグにリツイートをつける。それは嫌がらせでもなんでもなく、オッサン自身もまた承認欲求にとりつかれてしまったのではないだろうか。

インターネットに巣食う巨大な魔物は時に人々を狂わせる。彼女のツイートを見て自分にはなかった青春を思い出す気持ちは痛いほど理解できる。そうこうするうちにオッサンもまた、同じように彼女に存在を知ってほしいと思ったのではないだろうか、普通なら考えられない。けれども、優しい彼女ならもしかしたら。そんな気持ちでリツイートしたのかもしれない。なんだか、オッサンの気持ちが分かるような気がした。

いよいよ、順番的にオッサンのリツイートを処理する番が来た。

頼む、スルーしないであげてくれ。オッサンを認知してあげてくれ。そして、できればあまり厳しい言葉をかけないであげてくれ。祈るような気持ちで見守った。そして、ついに彼女がツイートを行った。オッサンを紹介したのである。頼む。頼む。

「知らない人」

それ以上でもそれ以下でもない、等身大の彼女がそこにいた。なかなか書けない言葉である。知らないオッサンを知らない人と紹介する。それだけのことなのになんだかホッとする気持ちが沸き上がってきた。

よかったなオッサン。スルーもされなかった。ひどい言葉も浴びせられなかった。ただ事実を淡々と述べてくれた。それはきっと俺たちが望んでいたことじゃないのかな。

彼女はすぐに部活の中の紹介に移った。オッサンもまた、いつものように釣りの話にもどった。まるであんなハッシュタグもリツイートも存在しなかったように日常へと戻っていった。あれはなんだったのだろうか。決して交錯することない二人の思いが、ハッシュタグを通じて弾け、消えていった。それはまるで夜空を焦がす花火のようだった。

僕もリツイートしてみようか。少しだけ戸惑っていると、彼女は足の速いツヨシに「鍵つけた方がいいよ」とアドバイスされ、すぐ鍵付きアカウントに移行してしまった。もう見れなくなってしまった彼女のタイムライン画面を眺めていると、少しだけ開けた窓から秋の匂いが入ってきていたのを感じた。