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大切なことはみんなタブクリアが教えてくれた

タブクリアという飲料が存在していた。

何やら病院の待合室などに置かれがちな出所不明の自動販売機に置かれているような正体不明のコカ・コーラみたいな印象を受けるが、正式にコカ・コーラ社から発売されたコーラで、コーラといえばどす黒い印象があるでしょ、でも、これはなんと透明なコーラなんです!とセンセーショナルなデビューを飾った飲料だ。

時代は1993年。当時、僕は高校生だった。勉強もせず、悪いこととコーラに明け暮れた青春時代を送っていた僕にとって、その狂気の沙汰といえるまで執着していたコーラが透明になった、という事実は、なんだか救いのようでもあった。

この世に永続的に黒いものなどない。だってあのコーラだって透明になるんだ。もしかして、僕だって透明になっていいんじゃないだろうか。親の期待を裏切り、勉強もせずに毎日遊びに明け暮れている。はっきり言って現時点での僕はこの世に存在している意味がない。真黒な存在だ。けれども、そんな僕だって透明に、クリアで無垢な存在になれるんじゃないか。そう、このタブクリアのように。

なんだかこのタブクリアが僕のことを救ってくれるような気がして、それまで病的に飲んでいたコカ・コーラから引退し、今度は病的にタブクリアを飲むようにしたのだった。

僕の住んでいた田舎町にはコンビニがなかった。何らかの買い物をしようと思ったらスーパーで買い物をするのが定番だったのだけど、そんなゴミみたいな町についにコンビニが建立された。ただ、セブンイレブンだとかローソンだとかファミリーマートと、コンビニと聞いて多くの人が連想するようなブランドではなく、「セブン」というちょっと軽めにウォーミングアップ程度にパクったみたいなネーミングのオリジナルブランドのコンビニだった。

もちろん24時間営業なんて御大層なものでもなく、たしか夜の9時には閉店していたと思う。その閉店時間すら曖昧で、バイトが誰もいないとかそんな理由で5時くらいに閉められることも多々あった。僕はそのゴミのような、はたしてコンビニエンスという形容が適切か定かではないコンビニに通い詰めていた。それはアルバイトのお姉さんがかわいかったからだ。

完全に僕はそのお姉さんのシフトを把握していて、そのお姉さんがいるときばかりを狙って買い物に行っていた。たぶん、今だったら何らかの規制法にひっかかるんじゃないかってレベルでねっとりと気持ち悪さを発揮していた。

そのコンビニではいつもコーラを買っていたのだけど、飲料の棚を見ると新発売のタブクリアが置かれていた。しかも1.5リットルペットボトルだ。僕の記憶が確かなら、当時は小さなペットボトル飲料はあまり売られておらず、ほとんどが缶入りだった。けれども、大型の1.5リットルなどはしっかりペットボトルで、タブクリアの透明さが一目でわかるようになっていた。僕はすかさずそれを手にレジへと向かった。

「あ、いつもと違うんですね」

驚いたことにお姉さんが話しかけてきた。他に誰も客がいなかったことや店員がいなかったこともあったのだろうが、やはりいつも買っているコーラではなくタブクリアを買ったことが大きかったんじゃないだろうか。

「でも、これもコーラですよ」

僕は誇らしげに言った。

「え、うそ、だって透明。透明なのに炭酸なんてありえないでしょ」

お姉さんはスプライトが聞いたら怒り狂いそうなことを言った。

「でも透明なんですよ」

たぶん、僕、すげえ男前な表情を一生懸命作っていたと思う。実際にはキモオタが顔引きつらせてるみたいになっていると思うけど。するとお姉さんは、おもむろにそのタブクリアのペットボトルを手に取るとお姉さんの顔の前まで持っていき、こういった。

「でもコーラだとこうやって恥ずかしい時に顔を隠せますけど、透明だと隠せませんねえ、みえちゃう、うふふふ」

たぶん今の僕だったら、「はあ?なんで顔隠す必要あるの?なにそれ?ぶりっこ?お?え?安いしゃぶでもやってんの?頭のサイドギャザーぶっ壊れてるんじゃねえか?脳みそだだもれじゃねえか。わけわかんねえこと言ってる暇あるなら乳の一つでもだせや」くらいは心の中で罵倒すると思うんですけど、当時の僕は恋していたんでしょうね、「かわええ、一生添い遂げたい」くらい思ってましたからね。

しかも、もしかしたらお姉さんは僕のことが好きなんじゃないか、暗い勘違いしていて、なぜ恥ずかしい時にコーラで顔を隠すなんて話題をだすのか→僕と対面すると顔を隠したくなる→なぜ→僕に気があるお姉さん、だけどお客さんとの恋愛は絶対だめってオーナーに言われてる、だからだめ、顔に出しちゃダメ、ふええええ、でも顔に出ちゃうよう、もう、コーラで隠しちゃえ、ああん、透明だと隠せないよ、もういっそのこと私の恋心も隠さず伝えちゃいたい、がんばれ美智子、ファイト美智子、うん、私はあの客さんのことが好き。こ、れ、だ。

まあ結局、それからしばらくしてバイト終わりのお姉さんを彼氏と思しき、ヒップホップが公用語みたいな男が迎えに来ていてこの恋も終わったのですが、なぜか鮮烈に「タブクリアじゃこの気持ち隠せない」ってことだけ覚えていたのです。

それから数年が経ったあるとき、僕は沖縄にいた。

なにをトチ狂ったのか大人になった僕は自分が書いた本を1か月かけて全国で売り歩くという死者を復活させる儀式よりも難易度の高そうなことをやっていた僕は沖縄に降り立っていた。全国行脚の沖縄ラウンドだ。

本当に本を売るためだけに沖縄に降り立ったので、青い海も高い空も完全に無関係で、本気で24時間も滞在していたなかった。ただ飛行機で到着して、本を売って飛行機で帰る。それだけだった。

ただ本の売れ行きは予想以上で、いつも読んでます!と集まってくれた方々が何人かいて、来てよかった、と痛感するものだった。しかし、そこはこんな訳の分からないやつのために集まって訳の分からない本を買おうという輩たち基本的に頭がおかしい。

「これおみやげです!」

そういって集まってくれた一人から笑顔で差し出されたのはピンクローターだった。しかもピンクローターって名称のくせにピンクな部分ってスイッチの部分しかなくて、それ以外はなぜかイギリスの旗が模様になっている代物だった。イギリス人がみたらむっちゃ怒るんじゃないかな。自国の国旗がローターの模様になってたら俺なら怒るよ。

とにかくまあ、こういった猥褻なお土産ってそんなに珍しくなくて、なぜか僕に会いに集まってくれるひとはローターやローション、テンガをお土産にくれる。この三種の神器の中でもローションが特に多くて、我が家にはローション屋が開けるくらいの多種多様のローションが眠っている。街のホットステーション、ローション。

だからこのときも、「ありがとう」と言って普通にズボンのポケットにしまったのだけど、これが強烈な事件の始まりだった。

沖縄の滞在も終わり、次は四国ラウンドだと意気込んで飛行機の搭乗手続きを進める。そのまま手荷物検査にいくのだけど、金属探知機をくぐった時、ビーッという音が鳴った。その瞬間に思い出しましたね。ポケットにイギリスの柄のピンクローター入ってる、って。あれ、外観は全部プラスチックだけど、力強い振動を実現するために中にけっこう武骨な金属が入ってるんですよね。

「何か金属製の物持ってますかー?」

係員が近づいてくる。

「持ってます」

それもすっげえの持ってる。観念する僕。

ポケットに手を入れると、リモコンと本体をつなぐコードが手に当たりました。そしてそのコードを引っ張ってするするとマジシャンのように出していきます。くそっ、なんで沖縄まで来てこんな目に!

マジシャンならこのコードの先に万国の国旗が出てくるんでしょうけど、僕の場合はイギリスの国旗のみ。それもローターですからね。完全にむき出しの悪意としか思えない。この係員の人がイギリスの人じゃなくて良かった。ほんとうに良かった。

係員はイギリスの国旗に動じなかった。

「こちらを持ち込む場合は、再度これだけ金属探知器に通すことになりますが?」

僕にはそれは耐えられなかった。あのベルトコンベアのすだれから、ウィーンとイギリスの柄のピンクローターがポツンと出てくるのだけは耐えられなかった。それだけはやめてくれ。これ以上僕を辱めてどうしようというんだ。

「すいません、廃棄してください。持ち込みません」

「わかりました。こちらで廃棄します」

僕と係員の間で厳かに国旗の授与が行われた。

なんとか荷物検査も終了し、嫌な汗をかいたなって思いながら休憩所みたいな場所でコーラを買って椅子に座ると何やら視線を感じた。

「ほら、あのひと、さっき、荷物検査で」

たぶん隣のレーンか前後の列にいた人だと思う。明らかに僕のイギリス国旗の旗の噂をしている。顔から火が出るとはこのことだ。恥ずかしさのあまり赤面してしまいそうになる。でも、ここで赤面するとなんだか性的な理由でローター持ち込もうとしていた人みたいだ。ちがうんだ、完全に不可抗力なんだ。いかん、ここで赤面してはいかん。ここで赤面しようものなら絶対に噂に尾ひれがついて、ローターをアナルに入れて密輸入しようとした、くらいに誇張されるかもしれない。赤面してはいかん、絶対に。でも赤面してしまう。

そうしたと時、数年前のお姉さんの言葉がリフレインした。

「コーラだとこうやって恥ずかしい時に顔を隠せますけど」

僕は即座に手に持っていたコーラで顔を隠した。ありがとう、お姉さん、やっぱり黒いコーラは顔を隠せるよ。

あの日のタブクリアは、売れ行き不振から1年ほどで販売中止となり、その姿を消した。それはまるでお姉さんへの恋心と同じように、まるで炭酸の泡のように、儚く消えた。でもね、お姉さんは、僕はそれでよかったと思ってるんだ。

相変わらずタブクリアが売ってたら、僕は変わらず買っていたと思う。つまり、ローターの件で恥ずかしくて顔を隠そうにも隠せてなかった可能性が高い。そしたらあらぬ噂を立てられて、アナルにローターを8本入れてヤマタノオロチみたいになった男みたいに噂されていたかもしれない。だからね、販売中止になってよかったんだ。そして、お姉さんへの恋心も忘れてよかったんだ。

大切なことはみんなタブクリアが教えてくれた。

あの日、黒いはずのコーラが透明になった時、僕は存在を許されたような気がした。自分だって透明で無垢な存在になれるかもしれないって思っていた。

ただ、透明じゃいられないよ。タブクリアが消え、透明な僕も消えた。実際には、沖縄まで訳の分からない本を売りに行き、イギリス柄のローターで辱められるどす黒い存在になっちゃったんだ。ほら、こうたってコーラのペットボトルで顔を隠すと犯罪者に入れる目線みたいだろ。

飛行機の窓からみた初めての沖縄の海は、驚くほど透明で綺麗でキラキラと太陽の光を反射させていた。それはまるであの日のタブクリアと僕の希望のように。

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