SNS時代の走れメロス

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは村のニートである。スマホに依存し、ネトゲで遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

「【拡散希望】この王、酷いと思いませんか」

きょう未明、メロスはツイートした。ツイートは彼の684人のフォロワーにリツイートされ、野を越え山越え、十里はなれたこのシラクスの市まで拡散された。

メロスは、三十六の妹のため花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばるAmazonにアクセスした。先ず、その品々を買い集め、それから楽天のほうが安いかもとアクセスした。

メロスにはLINE友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、古民家カフェをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。オフ会だ。

久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、街の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、街 の暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきでニートなメロスも、だんだん不安になって来た。

シラクスの市に人がいない件についてwwwww」

すぐにツイートした。画像もつけた。「私は20年シクラスに住んでいますが、そんなこと一度もありませんでしたよ。ネタですよね」クソみたいなリプもついた。

訳も分からずリツイートしてきたアニメアイコンの若者を捕まえ、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであったはずだが、と長文で質問した。若い衆は、スルーしてアニメの話をしていた。

しばらく歩いて今度はアイコンでろくろを廻している意識の高そうな男がリツイートしてきた。こんどはもっと語勢を強くして質問した。意識の高そうな男は答え なかった。セミナーの話ばかりである。メロスは両手でスマホを連打して質問を重ねた。意識の高い男は、メロスにメンションをつけて答えた。

「王様は、人をブロックします」

「なぜブロックするのだ」

「悪心を抱いている、悪評を拡散しているというのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ」

「たくさんの人をブロックしたのか」

「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を」

「おどろいた。国王はメンヘラか」

「いいえ、メンヘラではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手なツイートをしているキラ キラ女子には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、ブロックされます。きょうは、六人ブロックされました」

聞いて、メロスは激怒した。

「呆れた王だ。生かして置けぬ」

メロスは、単純な男であった。買い物かごに商品が入ってますと表示されたままで、のそのそ王のツイッターにメンションを飛ばした。

たちまち彼は晒し上げされ、「王にたてつくあまりにイタイ男が出現」とスレまで立てられた。過去のツイートまで掘られ、そこから未成年飲酒のツイートと「ほろよい」の缶が写った画像が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。

メロスは、スレに引き出された。

「わしの悪評を拡散したのも貴様だな?」

暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て書き込みをした。かなりの長文であった。あまりに長文なので4回に分けて書き込まれた。ツイッターは炎上状態であった。メロスに対する中傷が止まらない。

「そんなことはしていない。人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる」

メロスはツイートした。

「うるせえよ」「黙れよ」「死ね」王の取り巻きたちの辛辣なリプが続く。そんな中、王は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。

「みんな言い過ぎ。ワシは気にしてないから。みんなと仲良くしたいし」

メロスはすぐにリプした。

「うそつけ!気にしてるくせに。信者をけしかけて攻撃してんじゃねえよ」

こんどはメロスが嘲笑した。

「罪のない人をブロックして、何が気にしてないだ」

「だまれ、下賤の者。フォロワーも少ないくせにワシに反論するな」

王は、12秒でリプを返した。顔真っ赤である。

SNSでは、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、ブロックされてから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」

「ああ、私は、ちゃんとブロックされる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」

と言いかけて、メロスはフォロワー一覧に視線を落し瞬時ためらい、

「ただ、私に情をかけたいつもりなら、ブロックまでに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。胸元や足元ばかり映った 画像をフェイスブックにあげている妹に三日のうちに結婚式を挙げさせたいのです。それが終われば必ずここへ帰って来ます」

「ばかな」

と暴君は、嗄れた声で低く笑った。

「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」

王の発言に、すぐにファンネルから山ほどの引用リツイートがつく。「さすが王」「逃がした小鳥とは上手いこというね」「この王の上手い返しをみんなとシェアしたい!」

「そうです。帰って来るのです」

メロスは必死で言い張った。

「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウ スという古民家カフェの経営者がいます。私の無二のLINE友だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに 帰って来なかったら、あの友人をブロックして下さい。たのむ、そうして下さい。」

すぐにファンネルが反応する。「最低だな」「セリヌンティウスとばっちりwww」「普通にありえないでしょ、これ」

それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと微笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやる のも面白い。そうして身代りの男を、三日目にブロックしてやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男をブ ロックしてやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっとブロックするぞ」

LINE友、セリヌンティウスは、深夜、LINEで呼び出された。最初はメロスの呼びかけに既読スルーを決めていたが、王のいるグループに招待されてはたまらない。

暴君ディオニスのトークグループで、メロスとセリヌンティウスは二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で既読だけをつけた。セリヌンティウスは、トークグループに拘束された。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

メロスはその夜、一睡もせずパズドラに興じた。翌日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。

メロスの三十六の妹も、煌びやかな夜景とワインの画像をインスタにあげていた。妹はパズドラのスタミナがなくなったのでモンストをやり始めた兄の疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。

「なんでも無い。」

メロスは無理に笑おうと努めた。

「ネットでちょっと騒ぎを起こした。あいつらは狂ってる。あることないこと書き込んでるだけだ。またすぐに行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げたことにしよう。フェイスブックにインスタ、Tumblrにも画像をあげよう。やまほどの「いいね!」がつくさ」

妹は頬をあからめた。

「うれしいか。綺麗な衣裳もAmazonとzozoで買って来た。さあ、これから行って、フォロワーたちに知らせて来い。結婚式は、あすだと」

メロスは、またネットサーフィンし、ラブライブのブルーレイを鑑賞、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。

眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、妹のインスタにアクセスした。

結婚式は、真昼に行われたかのように画像がアップロードされていた。いいね!もそこそこついておる。メロスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。

画像のアップロードは、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、妹のキラキラぶりに目眩がしそうだった。メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この 佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠り して、ラブライブの続きを見て、それからすぐに出発しよう、と考えた。

身仕度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。

私は、今宵、ブロックされる。ブロックされる為にアクセスするのだ。身代りのLINE友を救う為にアクセス。王の奸佞邪智を打ち破る為にアクセスするのだ。アクセスしなければならぬ。そうして、私はブロックされる。

若いメロスは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながらアクセスした。

村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。メロスは額の汗をこぶしで払い、コンビニのアイスケースに入って涼をとり、ツイートした。

すぐさま画像は拡散され、瞬く間に炎上した。メロスの指は、はたと、とまった。見よ、前方の炎上を。さきほどのツイートで人々の怒りは氾濫していた。彼は茫然と、立ちすくんだ。

あちこちと眺めまわし、また、声を限りに謝罪してみたが、炎上はいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。

「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う炎上を!時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のためにブロックされるのです」

炎上は、メロスの謝罪をせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。人は人を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟し た。他人のふりするより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! あの濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、パソコンが乗っ取 られました、遠隔操作です、こんなツイートはしていません、と釈明した。

百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう人のせいににする姿には、神も哀れと思ったか、ついに炎上は収まってくれた。

莫大な中傷や黒歴史の発掘、卒業文集までアップロードされて心が傷つくも、見事、きりぬける事が出来たのである。ありがたい。すぐにまた先きを急いだ。一刻 といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の 山賊のアイコンの男がメンションを飛ばしてきた。

「待て」

「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ」

「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け」

「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ」

「その、いのちが欲しいのだ」

「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな」

 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、山賊たちとBBQに興じる姿をフェイスブックにアップロードし た。「今日のメンツ濃すぎ、俺の最高の仲間たち!」「自分は本当に周りに恵まれていると改めて実感した。山賊、また飲みに行こうね!!」「今日、山賊たち と飲んで良い刺激になった。こういうのもたまにはいいなあ。明日からの怒涛の業務も頑張ろう。乗り切ってみせる!」山賊たちとはお互いにLINEを交換し て別れた。

さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、昨晩の徹夜が効いたのかメロスは 幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰い で、くやし泣きに泣き出した。

ああ、炎上を乗り切り、山賊の刺激を受け、韋駄天、ここまで突破して来たメロス よ。真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがてブロックれなければならぬ。おまえ は、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。

路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰っ た。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。仕方がない。むしろ日本の政治が悪いのだ。この国には未来はない。年金もどうせ貰え ない。早くベーシックインカムを導入すべきだ。

ふと耳に、レスのついたことを知らせる通知音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んでスマホを見つめた。女子高生がメロスにレスしたらしい。よろよろ起き上って、見ると、アイコンがかなりかわいい。女子高生がメロスをフォローしているのである。

女子高生に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。過去のツイートを漁って、画像を探した。アイコンは偽物である。過去の画像の輪郭とアイコンが一致しない。おそらく、アイコンはモデルかなにかだろう、夢から覚めたような気がした。

歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。女子高生であることは変わりない。女子高生がフォローしてくれた のだ。私は、フォローされている。私の年齢なぞは、問題ではない。禿げているから女子高生とは付き合えない、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、女 子高生に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ!メロス。

私は信頼されている。私は信頼されている。 女子高生に信頼されている。フォローされている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな 悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。女子高生にフォローされたではないか。ありがたい! 

私は、女子高生の信頼を得た男として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。女子高生にフォローされたまま死なせてください。

路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とば し、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。

「いまごろは、あの男も、ブロックされかかっているよ」

ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男をブロックさせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いま こそ知らせてやるがよい。女子高生なんかは、どうでもいい。どうでもよくない。メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。

「呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た件について」

血は出てなかったが適度にオーバーにしてツイートしておいた。

見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。

「ああ、メロス様」

うめくようなレスが風と共にタイムラインに表示された。

「誰だ? @メロス ああ、メロス様」

メロスは尋ねた。

「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。@フィラストラトス 誰だ? @メロス ああ、メロス様」

「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません @メロス フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。@フィラストラトス 誰だ? @メロス ああ、メロス様」

「いや、まだ陽は沈まぬ @メロス もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません @メ ロス フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。@フィラストラトス 誰だ? @メロス ああ、メロ」

「ちょうど今、あの方がブロックされるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!@フィロストラト ス いや、まだ陽は沈まぬ @メロス もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになること」

「いや、まだ陽は沈まぬ @メロス ちょうど今、あの方がブロックされるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとで も、早かったなら!@フィロストラトス いや、まだ陽は沈まぬ @メロス もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい」

不毛なメンションの飛ばし合いが続き、@だらけで傍目には何を言い争っているのかもわからない。

メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。

「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。ブロックボタンをちらつかされても平気でいま した。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」

「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス

「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。メロスが全然言うこと聞かなかったのが今日のクライマックス」

言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひ きずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如くツイッターに突入した。間に合った。

「待て。その人をブロックしてはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た」

と、大声でツイッターの群衆にむかってツイートしたつもりであったが、王にメンションをつけたために王のタイムラインにしか表示されなかった。群衆は、ひとり として彼のツイートに気がつかない。すでにブロックのボタンが高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に拡散リツイートされてゆく。

メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように、文頭に「.」をつけて全員にツイートが表示されるようにした。

「私だ! ブロックされるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」

と、「.」をつけたツイートをしながら、ついに拡散リツイートされてゆく友の両足に、齧りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、クソワロタ、SMAP解散と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。

セリヌンティウス

メロスは眼に涙を浮べてツイートした。

「私を晒し上げろ。ちから一ぱいに晒し上げろ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。捏造のネタツイートもした。リツイートを稼ぎたかったのだ。君が若し私を晒し あげてくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。晒し上げろ。LINEのログを画像にしてアップロードしてもいい」

セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、ツイッターいっぱいに鳴り響くほど音高くメロスの恥ずかしいLINEログを晒しあげた。晒しあげてから優しく微笑み、

「センテンス」

と呟いた。

メロスは腕に唸りをつけて

「スプリング」

二人同時に呟き、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

ツイッターの群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう呟いた。

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」

どっと群衆の間に、歓声が起こり瞬く間に拡散された。

「万歳、王様万歳」

ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。セリヌンティウスは、少し小馬鹿にしてメロスに教えてやった。

「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。メロスが露出狂でクソワロタwwwwwww」

勇者は、ひどく赤面し、セリヌンティウスをブロックした。