仁和寺にある法師

何事も先輩の助言が欲しいものだ。右も左もわからない状況において、それを経験したことがある人の助言は重くて深い。それを得られるということはこの複雑に入り組んだ現代社会を生き抜くのに大きな助けになるだろう。

僕のもとにフレッシュな新入社員が挨拶にやってきた。4月から共に働く仲間だ。毎年思うのだけど、希望に燃えた彼らの少し緊張した表情はとても清々しい。この表情を魚拓みたいにしてリビングにずらっと並べておきたいくらいだ。

「よろしくおねがいします」

最近の若い子は挨拶が上手い。ちょっとかわいがってやろうと思いたくなるような実に良い挨拶をする。

「ちょっと質問したいんですが、いいですか?」

最近の若い子は甘え上手だ。うまいこと頼ってきてくれるのでこちらもいっちょ助けてやろうという気持ちになる。

「僕、先輩や上司にかわいがられたいんですよね、どうやったらかわいがられますか?」

最近の若い子は、攻略法を求める。ゲームをすればすぐに攻略wikiみたいなのを見てそれをなぞって進めて行く。あらゆる要素を無駄なくこなしていく。攻略本なしでダウボーイをクリアした経験とかないんだろうな。ゲーム以外のあらゆる行動についてもインターネット上にマニュアルが存在し、それらを見て物事を進める。全てが攻略法ありきなのだ。

「普通にしてればかわいがってくれると思うけど」

そう助言するが、彼はもっと効率的にかわいがられたいらしい。

最近の若い子は努力を嫌う。お話の世界でも主人公が努力して苦難を乗り越えていくようなものはあまり好まれないらしい。主人公は天才的な能力を持っていて、その力で無双してかわいい子に囲まれる、みたいなものが好まれるようだ。非効率的な行動や努力を嫌う。

「そうだね、まず先輩の名前を覚えてみたらどうかな」

優しく助言する。

「はあ、名前っすか?」

彼はあまりピンと来ないようだ。最近の若い子はピンときていないことが分かりやすい。すぐに表情に出る。

「例えば、先輩や上司を呼ぶとき、「先輩」とか「次長」って呼ぶより、名前で呼んだほうが覚えていて感心なやつって思われるかもしれないよ、そしたらかわいがられるかも」

たぶんだけど、「小林先輩」、「近藤次長」って呼んだほうがけっこう印象がいいと思う。

「はい!分かりました!名前で呼ぶんですね!」

最近の若い子は返事がいい。そして納得さえしてくれれば非常に素直だ。あれをしろ、これをしろと指示だけすると反発することもあるが、なぜそれをする必要があるのか、それをすることでどんなメリットがあるのか、そういった説明を伴うことで理解してくれる。

「名前で呼ぶか、なるほどなー」

そう言って去っていく新入社員。

上手くいった。新入社員とのファーストコンタクトは大切だ。最近の若い子はすぐに舐めてかかってくる。ここで失敗するとあとあと舐められてしまうのだ。数年前など、新入社員が挨拶にきてるの知らずにサーバールームでパソコン触りながら「よーし、いいこだ、ビンゴ!イエス!」ってハッカーごっこしてるとこ目撃されて、それ以来くそ舐められて大変な騒ぎだ。バリッと決めることができたに違いない。

新入社員は次の日も挨拶に来ていて、次長に挨拶に行っていたっぽいんだけど、厳かに次長のデスクの横でおじぎをしながら

「よろしくおねがいします、近藤」

って、むっちゃ呼び捨てにしてた。名前で呼ぶってそういうことじゃない。

すっげえ驚いている次長の顔、魚拓にしてとっておきたい。最近の若い子は次長に怒鳴られてくらいですぐ泣く。

「だって先輩に名前で呼べっていわれたんっすよ、あのデブはめやがった!」

何事も先輩の助言は欲しいけど、その先輩がまともとは限らない。もちろん、後輩がまともとも限らない。