黒いブラックマウンテンと小さな少女の謎

圧倒的才能の前には努力など無意味なものなのかもしれない。

例えば、体のつくりが根本的に違う異星人がこの星に舞い降りてきて、まあまあ仲良くしてくれて住み着いたとしよう。ある程度の期間住み着けば、やはり市民権をという流れになると思う。そうなってくると、異星人もオリンピックに出場してもいいよねという機運が高まってくるはずだ。

しかしながらその異星人は遅い部類の個体でも100メートルを4秒くらいで走るポテンシャルだったとしたら、これはもう人類では太刀打ちができない。どんなに努力し、練習し、死に物狂いで頑張ったたとしても、人類では9秒台で100分の1秒を縮めるのが精一杯だろう。オリンピックの代表を異星人が占めるようになれば、もう人類は誰も努力をしない。

僕だって努力は報われて欲しいと思っている。才能に胡坐をかき、努力をしない自信家を、堅実な努力家が打ち負かしてくれたとしたら、これだけ胸がスッとすることもない。けれども現実にはそんなことはほとんどなくて、逆に才能ある人が惜しまずを努力をし、才能のない人が努力もせずに人の足を引っ張るだけ、この図式が圧倒的に多いのだ。

そこにはやはり圧倒的な才能の前にはどんなに努力しても無意味であるという本質があるではないだろうか。100メートルを4秒で走る異星人の中で人類代表として努力しろ、怠けるな、ボルト!というのはあまりに酷な話でボルトが可哀想すぎる。

情報化社会の発達は、昔より多くの才能に触れる機会を圧倒的に増やした。今まではこの世のどこかにはそんな凄いヤツいるかもねだったものが、そこそこ身近に、こんな凄いヤツがいる、と知る機会が増えたように思う。100メートル4秒の異星人襲来だ。これに奮起できる人はきっと同じように才能があるのかもしれない。ただ、その多くは「世の中にはすごいやついるから、どうせ努力しても」と諦めの境地になってしまっている可能性は否めない。そこに、なんでもいいからとにかく努力しろ、努力に勝るものはない、と言えるほどの無神経さを僕は持ち合わせてはいない。

かくいう僕も、その圧倒的な才能ってやつをまざまざと見せ付けられ挫折した男の一人だ。

あれはまだ僕が少年時代で、カルビーのポテトチップスの中身もパンパンに詰まってる時代のことだった。僕たちの仲間の間であるゲームが大流行した。おそらく今で言うゲームブックみたいなやつで、「剣があります。抜きますか?」「はい→24ページへ、いいえ→36ページへ」と選択肢によって次に進むページが変化していくもので、最終的にエンディングのページを目指すものだった。

僕らの間では、それを自作するのが大流行していた。ノートの切れ端や、裏が白い広告なんかを集めてきて冊子にする。それに自分の考えたストーリーを書き込んでいくのだ。ストーリーは文章で書き込んだりするし、漫画にして見せたりもする。時には壮大なストーリーになるそのゲームブックを友達同士で見せ合って感想を言い合うのが大流行していた。

その中でも僕はちょっと自信があって、他の友人が主に勇者が魔王を倒しに行くといった王道のストーリーを作っていく中、勇者の精神的葛藤を描いていくとか、村人に頼まれるまま魔王を倒したが、実は魔王こそが平和を願う活動家で、村人こそが魔王を口実に他国を侵略しようとする黒幕で、みたいな一風変わったストーリーで好評を博していた。

ちょっと僕にはそういったゲームブックを作る才能があるんじゃないかって思い始めていて、将来は才能を生かしてそういった仕事に就くべきではと思い始めていたとき、とんでもないことが起こった。

自作のゲームブックを見せ合う定例会みたいなものは、近所の駄菓子屋のベンチで行われることがほとんどだった。そこは子供のたまり場みたいになっていたのだけど、駄菓子屋で何か買ってからそこに座らないとババアに死ぬほど怒られるので最低でも50円は持っていかねばならない。

お金を一切持っていなかった僕は、弟の貯金箱から金を盗むことを思い立った。弟は堅実にお小遣いを貯金するというよく理解できない思想を持っていたので、たまにちょくちょく抜き取ることはあった。

それで、弟の部屋に侵入して色々探したのだけど、どうやら抜き取られていることに気がついたのか隠し場所を帰られたようで、いくら探しても出てこない。勉強机の引き出しを開けたとき、どさっと一冊の冊子が落ちてきた。

どうやらそれは弟が作成したゲームブックだったようで、なかなかのボリュームのあるものだった。小さな田舎町だったので、僕らの中で流行っているものは同様に弟たちの仲間の間でも流行っているようだった。同様に仲間内で見せ合っているようだった。

弟がどんな作品を作り上げているのか興味が出てきた。まあ、兄より優れた弟など存在しないという自負もあった。圧倒的な才能を発揮する兄に勝てるはずがない、まあ、ちょっとはアドバイスくらいしてやってもいいかと手にとって見た。

驚愕した。

弟のゲームブックのタイトルは「黒いブラックマウンテンと小さな少女の謎」である。かなりセンスのあるタイトルだ。まず「黒い」と「ブラックマウンテン」の意味が重複してるし、「小さい」「少女」とこれでもかと重複させてくる。言うなれば重複が重複している。ものすごく興味を惹くタイトルだ。

さらに恐ろしいのが、黒いブラックマウンテンとしつこいくらいに黒を強調しているのに、表紙のイラストは完全に緑の山だ。もうどうなってるのか気が気じゃない。早く中身を読み勧めたくて仕方がない。震える手で表紙をめくる。

物語は主人公が母親を亡くしたショッキングなシーンから始まる。軍からの弾圧により、拷問にかけられた母親は苦しみながら死んでいく。母親が虐殺するシーンは途方もない表現力で、もしかしたら弟は町の子猫とか捕まえてきて殺してるんじゃないかと心配になるほどのものだった。

憎き軍を壊滅させることを決意する主人公。しかし憎しみによる復讐は新たな憎しみしか生まないことを悟る。このへんはかなり風刺が効いている。

そこで主人公は軍を壊滅させるより母親を復活させようと思い、死者が蘇る伝説があるブラックマウンテンに向かう。ブラックマウンテンいは幾多のトラップとブラックマウンテンの力で蘇生したゾンビが待ち受けており、ちょっと選択肢を間違うだけで死ぬ。あまりにも難易度が高く、死ぬときはかならず89ページに飛ばされるので覚えてしまったほどだ。

数々の試練を乗り越え、ついにブラックマウンテンの山頂に辿りつく、そこで主人公は一つの真実に辿りつく。じつはこのブラックマウンテンは軍の秘密部隊が死者を蘇らせて不死身の兵団を作り上げることを目的として研究していた施設だったのだ。これがブラックマウンテンの謎の正体である。ここまでかなりエキサイティングな展開である。もう先が知りたくてうずうずしてくる。完全に才能のなせる業だ。

しかしながら、ここから物語りはおかしな方向に舵を切っていく。古の方法と軍が研究をした方法を組み合わせて母親の復活を果たすが、その母親は異形の化け物であった。化け物はブラックマウンテンの研究施設を壊滅させ、投入された軍すらも全滅させる。そしていよいよ物語はクリアマックスへと向かう。

突如として母親が活動を停止する。それは復活の儀式を研究していた軍の幹部の仕業であった。その軍幹部こそが何を隠そう、主人公の兄だったのだ。

兄は、兄より優れた弟などいないと言い、ゾンビをけしかけて主人公を抹殺しようとする。また、主人公も憎き軍の幹部が兄であったことにショックを受けつつ、戦いを決意する。そして、活動を停止した母に再度復活の儀式をし、軍隊にけしかける。完全に母を酷使しすぎだ。

形勢は兄のほうが分が悪かった。主人公はついに兄を追い詰める。しかし卑怯な兄は、幼き日の思い出を語りかけてくる。なあ、一緒に遊んだろ、一緒に公園だっていった、母さんも楽しそうに笑っていたろ、そう主人公に語りかける卑怯な兄。ここで兄の言い分を聞いて和解する選択肢を選ぶと、死のページ89ページに飛ばされる。クリアするには兄の言葉を無視する選択肢を選ばなくてはならない。

「いい思い出もいっぱいあった。でもな、あんたは俺の貯金箱からお金を盗んでいたじゃねえか。毎週毎週盗みやがって」

剣で串刺しにされる兄。僕はそっと盗んだばかりの50円玉を貯金箱に返した。

諸悪の根源である兄を倒し、これでエンディングかと思われたがまだ選択肢は続いている。天才が紡ぐ物語はまだ終わっていなかった。死んだ兄が異形の化け物へと変化していく。あらかじめ自分が死んだら復活の儀式の効果が発動する薬を飲んでいたのだ。

巨大な化け物となった兄に追い詰められる主人公。

「くっ、貯金箱から金を盗んだくせに俺の命まで狙うのか」

だから返したって。50円返したって。

追い詰められた主人公、次の行動を選ぶ選択肢、「兄を許す」を選ぶと89ページに飛ぶように書いてあるので、「兄を許さない」を選ぶ。すると、同じく異形の化け物となった母が兄に飛び掛り、二人はそのまま奈落へと転落していく。母の愛であった。兄弟で殺しあうことを母は拒んだのだ。

エンディングの主人公のセリフは、「憎しみは何も生まない。貯金を盗むやつは許さない」だった。だから返したって。

完全に負けたと思った。二転三転するストーリーに手に汗握ったし、貯金を盗んだ兄を絶対に許さない、という熱量みたいなものも感じた。これが才能がなせる業かと愕然とし、なんだか自分が書いているゲームブックがすごく陳腐なものに思えた。

どれだけ努力すればこの弟の才能に追いつくだろうか。そう思った瞬間、僕はゲームブックを書くことをやめた。どれだけやっても弟の領域には到達できないと悟ったからだ。

努力は報われるのだろか。いいや、きっと報われないだろう。どんなことでも努力をすれば報われるなんて夢物語だはっきりと報われる努力をするべきだと、弟作成の「黒いブラックマウンテンと小さな少女の謎」に教えられたのである。僕らはするべき努力とするべきではない努力を見極めていかなければならないのだ。

なんとか努力すれば、弟の書いたようなストーリーを書けるような気がしたが、「黒いブラックマウンテンと小さな少女の謎」って言うタイトルなくせに、1ミリも少女が出てこないあたりはもう、完全に才能である。これだけはどれだけ努力しても絶対に到達できない。