何度目の青空か

(本日は作者取材のため休載です。リライトでお楽しみください。)

 

JR中野駅から西へと続く中央線の真っ直ぐさは、時に愚直で時に効率的でまるで人の生きる道のようだと感じる。そう、これはまさに人生なのだ。

車内では多くの人が思い思いに過ごしている。スマホに向かい遠くの誰かと繋がる人、談笑し近くの誰かと繋がる人、束の間の睡眠と繋がる人。車窓の景色に思いを馳せる人もいるかもしれない。けれども、この中央線の真っ直ぐさに思い至る人はほとんどいない。

地図上で確認してみても、やはり中野から立川までの区間は驚く程の直線だ。普通、鉄道路線といえば地形的問題が絡み、さらには地域住民の思惑も絡み、ありえない蛇行をしたり非効率的なルート設定になっていたりする。狭い日本、それも大都会東京となればなおさらだろう。けれども、そんな思惑を超えて、定規で線を引いて「ここ走ろう」となったかのような雰囲気を携えている。それが中央線だ。もはや堅物のような人格すら感じてしまう。

僕は中央線が大好きだ。無骨な車両が好きだし、融通の効かなさやすぐ遅延するとことろが愛おしくてたまらない。このあまりに真っ直ぐなルートも、効率的と見るのではなく、不器用ゆえの真っ直ぐさ、と捉えてしまうほど愛してしまっている。

そんな中央線に揺られていると、どこからともなく会話が聞こえてきた。ラッシュ時間も随分と過ぎ去り、西へと真っ直ぐ走り続ける中央線の車内は人もまばらだ。少し耳を凝らせば会話が聞こえてしまう。

「でさ、言われたわけよ、私ほどのラーメンオタクはいないって、可愛い顔してえげつないほどのラーメンオタクって言われちゃった。失礼しちゃうわー」

電車の揺れる音、車内の喧騒の中でそのセリフだけがハッキリと聞こえた。内容自体は大したことがない。女性の声でいかに自分がラーメンオタクであるか主張する内容だ。「嫌になっちゃうわー」というセリフだが、その語気は誇らしげでもあった。ラーメンオタクであるというステータスと、可愛い顔をしているというステータス、この二つを前面に押し出しているかなり上級者な香りがした。

はてさて、そこまで言う「可愛い顔してえげつないほどのラーメンオタク」可愛い顔とラーメンオタクが両立しないメソッドも気になりますが、それ以上にそこまで言う可愛さとはとはどんなもんですかな、おそらく車内にいた全員がそう思ったに違いない。僕も当然のことながら気になって仕方がなく、チラッと声がした方に視線をやった。

そしたらアンタ、国で言うとベラルーシみたいなブスが優先席の中央に鎮座しておられるじゃないですか。いやいや、ベラルーシって東ヨーロッパに位置する国で、かなり美人が多いんですけど、そういうことじゃなくて、ベラルーシの国土みたいな、地図で見たベラルーシみたいな顔の形したブスが「わたし可愛い顔してラーメンオタク」みたいなこと言ってるんですわ。

さすがにこれは温厚で知られる僕もちょっと納得がいかないというか、理解できないというか、っていうかどんなプレゼンの達人がやってきてプレゼンしてくれたとしても理解を得られないと思うんですけど、さらにベラルーシが続けるんですよ。

「あ、吉祥寺にもうすぐつくね。私さもっとオシャレすれば可愛くなるのにって言われるんだけど、吉祥寺とか渋谷でも服屋よりラーメン屋が気になっちゃうんだよねー」

とか、首都ミンスクあたりになりそうな場所をヒクヒクさせながらいうてるんですわ。もう完全に「かわいい女の子なのにオシャレとかに興味なくてラーメンに夢中なワタシ」ってのに酔いしれてる感じなんですけど、早い話、僕が怒れる神々だったら、ベラルーシに幾度も裁きのイカヅチを落としてるってくらい、彼女の主張がうざったかったんです。

人は他人にそこまで興味がない。つまり、いくら熱く何かに夢中であるかを語られたとしても、それで心が動くことなんてほとんどないんです。他人が何に夢中になってようが別に自分には何の関係もないんです。だからそれを聞かされる、それもかなり熱く語られるなんてできることなら避けたいことなのです。

そういった事情もあるし、彼女の場合はさらに明らかに言って欲しいわけじゃないですか。そんなカワイイ顔してラーメン好きなんて変わってるねって言って貰いたいわけじゃないですか。ホント、ラーメンをなんだと思ってるんですか。ラーメンを食べて替玉を頼むか、いや、それなら最初から大盛りにすべきでは、ってか半チャーハンいくか、いやそれいったら1000円超えるだろ、なんて戦略を立てている俺たちオッサンのこと舐めてるんですか。

ですから、そういう気持ちが透けて見えちゃうわけですからあ、不愉快とまではいかなくても、あーあ、みたいになんともやるせない気持ちになるのです。

そもそも、自分が何かの大ファンである、夢中であると声を大にして主張する心理とはどのようななものなのでしょうか。

純粋に大好きで大好きでたまらなくてなるべく多くの人に知ってもらいたい、広めたいという真っ直ぐな想いもあるでしょう。こういった単純な思いってのは賞賛されるべきですし、もっと声を大にして良い物は良いと広めて欲しい、そう思うのです。

けれどもね、やはり多くの場合が件の彼女のように、その裏に何らかの別の思惑が透けているんですよ。それ自体は別に悪いことでも何でもなく、極めて当たり前なことなんですけど、それを純粋な気持ちと混同すると、その歪が大きな悲劇を巻き起こすケースもあるのです。今日はちょっとそんな事件について語ってみましょう。

あれは今から数年前のこと、我が職場ではベテランと新人が組んで泊りがけでオリエンテーション的なことをして互いに研鑽するっていう、一体誰が得するのか理解できないゴミみたいな行事があるんです。僕が新人の頃にこれに参加したら、一言も喋らないオッサンがパートナーで、互いに研鑽どころか日々険悪になっていくという悪循環、解散前のお笑いコンビみたいな気分を毎日味わえる研修になってたんです。

そして、このクソ行事に今度は新人としてではなく、先輩サイドとして参加することになったんですが、そこで組まされた新人を見てビックリ、ゆとり世代が具現化したみたいな完全無欠の若者代表って感じの男だったのです。

研修場所へと向かう移動の車内、何故か妙に気を使って僕が新人に話しかけます。

「どうかな、仕事には慣れた?」

「まあまあっすね」

どっちだよ、と思いつつも無難に会話をこなしていきます。けれどもやっぱ全然打ち解けてないですから、間隙的に訪れる沈黙がなんとも重くて痛々しいんです。さすがに新人類といえどもそういった沈黙を重苦しく感じたのか、新人の方から話しかけてきます。

「patoさんはエグザイルとか好きっすか」

なるほど、彼はエグザイルが好きなのか。そうやってみると彼も意識しているのか、エグザイルのサングラスの破片から生まれてきたみたいな出で立ちをしている。それにしてもどうして突然こんなことを言い出すのだろうか。

この質問から察するに、彼はエグザイルのことが好きなのだろう。いや、話題のトップにもってくるくらいなのだからそれは心酔というレベルなのかもしれない。尊敬しているのかもしれない。では、なぜそれを今、こうやって口にし、僕に投げつけるのだろうか。

ここで僕が俺もエグザイル好きだよ、とか言って、まじっすか、オーイエス、パシン、ブラザー!となるとでも思っているのだろうか。残念ながら僕はそこまでエグザイルというものを知らないし、語るほどの土壌も持ち合わせていない。というか、たとえ好きだったとしても完全に意気投合してハイタッチまでは絶対にいかない。

ではなぜ彼はエグザイルを口にしたのか。これは彼なりの宣言ととるべきだろう。そもそもここでのカミングアウトは話題の共有という意味合いはありえないし、前述したような沈黙に耐えかねたわけでもない。ついつい夢中なものについて語り始めていしまうほど無邪気とも思えない。生じ得る可能性を潰していくと、もうこれは宣言だとしか考えられないのだ。

俺はエグザイルとか好きな感じのアウトローだ、みるとアンタオタクっぽいよな、俺とは住む世界が違うジャン。だから仲良くなろうとか考えて立ち入ってこないでくれる?チェケラ!

こういうことかもしれない。なるほど、それなら全ての辻褄があう。そう、これは彼からの決別宣言なのだ。仲良くはなれない、そういう宣言なのだ。よくよく見るとお互いにファッションも全然違っていて、研修に向かうカジュアルファッションと言えども彼はほのかにアウトローの香りを漂わせている。ZIPPOライターとか似合いそうだ。反面、僕は頭の先からつま先まで全身ユニクロで、これがマックスのオシャレっていうんだから、そりゃあプラダを着た悪魔ならぬユニクロを着た悪魔の異名も伊達ではない。

やはりここは僕もアイドルが好きだとカミングアウトし、住む世界が完全に違う、俺も仲良くするつもりはないってことを宣言してようと思ったけれども、やめておいた。そういった裏の意図にアイドルを利用したくなかったからだ。僕にとってアイドルとは心の芯の一番柔らかい部分を包み込む哲学で、おいそれと人に話したくはないからだ。ましてや裏の意図を持って伝えるなんてアイドルに対して申し訳なくてできなかった。まるでアイドルを利用しているようで、例え命を奪われたとしてもそんなことはできない、そう思ったのだ。

人は何かを好きだと宣言するとき、純粋で真っ直ぐな気持ちだけでそれを宣言していることは極めて稀だ。やはり何か裏の意図が介在することが多い。だからこそ、僕は気軽にアイドル好きをカミングアウトすることができなかった。アイドルに失礼だから。

僕は押し黙った。それが僕なりの決別宣言だった。彼も理解したのか、以後は会話することなく重苦しい沈黙だけが二人を包んでいた。

研修場所に到着すると、どうやら僕たちが最後だったらしく、宿泊するホテルのロビーでは既に何組かの先輩社員と新人社員のペアが仲睦まじく談笑している姿が見られた。なるほど、ここに至るまでにかなり親密度が上がっているようだ。その勢いで研修も協力してクリアして、己の評価を高めようという計算なのだろう。

「俺まじで武井咲に似てるって言われるんっすよ」

「なるほど、確かに女みたいな顔してるもんな」

「あんま嬉しくないんですよね、笑った顔がそっくりとか言われても」

横のソファで談笑していたペアの声が聞こええてくる。内容自体はクソどうでもいいんだけど、先輩も後輩も軽口を叩きあってかなり楽しそうだ。その光景を見て、僕は新人としてこの研修に参加していた時のことを思い出していた。

僕が当たった先輩は前述のとおり一言も喋らないオッサンで、もう何が何やら分からずパニックになってしまい、仕事を辞めたい気持ちがマックスになったものだった。それと同時に決意した。僕が先輩となった時は後輩にそんな思いをさせてはいけない。むちゃくちゃ打ち解けて安心させてやるんだ。こんな先輩になりたいって思うくらい楽しい研修にしてやるんだ、そう誓ったのだった。

それが今やどうだ。自分の置かれた状況に胸がキュッと締め付けられる思いがした。僕はまさか、あの時の無口なおっさん先輩と同じことをしているのか。なんだかすごく胸が苦しかった。

いよいよ研修が始まった。研修内容は極めてシンプルで、配布された地図に記されたチェックポイントを巡っていき最終的な目的地を目指すというものだった。こう言ってしまうと凄まじく簡単そうに聞こえるけど、実際にはむちゃくちゃ山岳地帯だし、道になっていない場所もあるし、地図上に示されたチェクポイント蓮コラってくらいに無数にあるし、ざっと見ただけでも3つくらいの峠を超えなきゃいけない感じでかなり難易度が高そう。

「お互いのペアで協力してクリアしてくださいねー」

小学生みたいに半ズボンはいた怪しげなインストラクターのオッサンが右手を挙げながら声を張る。気の巡りが悪いとか言って怪しいネックレスを売りつけてそうなオッサンにそう言われても素直に聞き入れる気がしない。それよりなにより、我がペアの場合、どんな山越えよりどんなチェックポイントより「ペアで協力して」の部分が困難だ。

ほかのペアは「よーし協力するぞー」「足引っ張るなよ」「先輩こそ」「ゴールしたらビールだ」とかやってんですけど、こっちのペアは完全無言。後輩なんてずっとスマホをポチポチしてますからね。きっとツイッターか何かで「研修だるー、なんかキモイやつとペアだしよー、早く帰りたいナウ」とかやってるに違いありません。それに返信がついて「キモイ先輩うp」とかなってるかもしれません。隠し撮りされた画像がアップされ、「うわキモ」「こんなのとペアとか私なら無理」「古いお札とか集めてそう」みたいに好き放題言われて、ラッパーみたいなフォロワーが大いに盛り上がって知らぬ間に僕をdisる曲が発表され、知らないうちにアンサーソングを作る羽目になるかもしれません。

とにかく、そんな不安しかない研修なのですが、始まってみるとやはり難易度が高く、富士の樹海に迷い込んだみたいな状態になっちゃいましてね、チェックポイントを探すんですけど全然わからないんですよ。おまけに僕らペアは相談どころか会話すらありませんから、黙々と無言で同じ場所をグルグルとしててですね、傍目にはコミュニケーション不全のヘンゼルとグレーテルですよ。

何回も同じチェックポイントに現れるもんですから「第四チェックポイントのデジャブ」って呼ばれたりしてですね、全く攻略できないまま初日の研修は終わったのです。

もちろん難易度の高いコースですから、初日に攻略できたペアはいなかったんですが、どのペアもそれなりの手応えを掴んだ様子。和気藹々と明日はこうやって攻略するぞーみたなことを相談してるところで、僕らペアだけ完全無言。とんでもない疎外感を感じちゃいましてね、パズドラで自分だけ曲芸師を持ってない、みたいな全然勝負にならない感じになってたんです。

「苦しい時こそペア内で楽しみを見つけましょう。例えば特徴的な地形に名前をつけたりして楽しむんです。それが自然との楽しみ方ですよ。さあみんな明日もがんばりましょう」

詐欺師みたいなインストラクターが言います。なんだよ、地形に名前つけるって安いシャブでもやってんのか、と思いつつ、研修初日の夜は更けていったのでした。

研修二日目。この日はあいにくの雨でした。気温もぐっと下がり、足元もぬかるんでいて難易度がさらに高まっています。支給されたカッパを身に纏い、昨日と同じように研修がスタートします。

相変わらず無言の僕たちですが、僕はジッと地図を眺めながら何度も第四チェックポイントに行ってしまう「第四チェックポイントのデジャブ」現象の対策を考えていました。普通に考えて、コースの途中にあるかなり険しい峠がネックになっていて、ここでコースを見失ってしまって何度も同じところをグルグル回る羽目になってしまう。つまり、この最も険しい峠の攻略がポイントになる。そんな結論でした。

けれども、僕らは協力も相談もしない無言のヘンゼルとグレーテル、いくらそこを理解していようとも共通認識として理解していない限り同じことの繰り返し。そう落胆した時のことでした。

「思うんすけど、この険しい峠が一番問題だと思うんですよね」

後輩からの突然の申し出。こころがざわついた。雨音に混じって山鳥の声も聞こえていた。

「お、おう」

僕がそう返事すると、後輩は地図を片手にこちらに歩み寄ってきた。

「ここの一番険しい峠が道を見失う原因になっていて......」

その見解は僕のものと同じだった。さらに後輩は続ける。

「あ、そうだ、ここの一番険しい峠のこと、絶頂峠って呼びましょう。なんか絶頂ぽい形だし」

これには頭をカチ割られる思いがした。この峠の地図を見て絶頂を連想する感性はともかく、彼は文字通り歩み寄ってきたのだ。それは話しかけてくるという歩み寄りや、協力しようという歩み寄りを超越し、あの詐欺師みたいなインストラクターの教えを守り、地形に名前をつけて楽しもうという姿勢を見せてきた。

「そうね、絶頂ね」

けれども、やはり僕は突然のことに驚き戸惑い、訳のわからない返答をしていた。それは頑なな心なのかも知れないし、先輩としてのプライドだったかもしれない、なにより彼の方から歩み寄らせてしまったことを大いに悔いた感情だったのかもしれない。僕はあの日、僕が新人だった時にあてがわれたあの先輩と同じだったんじゃないか。そう思えてよくわからない混沌とした感情が心の中を支配しし、一日中よく分からない返答に終始していた。耳に響く雨音が心に痛かった。

僕らはついに歩み寄りをみせた。それでもやはり絶頂峠は攻略できず、僕らはまた第四チェックポイントのデジャブとなり、研修二日目を終えた。

「明日は最終日です!みんな頑張って!」

インストラクターは喋り方から仕草が完全におネエ系になっていた。さすがに二日目ともなると何組かはクリアするペアが出てきて、焦りみたいな感情が沸き上がってくる。それよりなにより、自分の行動を恥じていた。

確かに、彼は決別宣言ともとれる「エグザイル好き」宣言をしてきた。人が何かを好きと宣言するとき、そこには裏の意図が介在する。それが決別宣言だったのだ。それを汲み取った僕は彼に対しそれなりの対応をした。けれども、それはさすがにあまりに大人げなかったのではないだろうか。今日の歩み寄りをみるに本当に彼は純粋にエグザイルが好きで、チューチュートレインの話とかヒロの話で盛り上がりたかっただけなのかもしれない。

そうやって心の扉を開いてくれた彼を無下に扱った自分を恥じたし、僕も彼のように何の裏の意図も持たせずにアイドル好きと宣言するべきだった。今の僕にはそれをする自信はないけど、もっと距離を縮めるべきだった。どうして、あれほど喋ってくれない先輩が嫌だったのに。自分が先輩になったら後輩と楽しく研修しようって誓ったはずなのに。月日の変化と立場の変化はこんなにも人の心を風化させるのかと悔やんだ。

「明日こそは彼と協力してゴールを目指そう」

これまでの行動を恥じることなんて、後悔することなんて誰にでもできることだ。問題はそこからどうするかだ。過去はもう誰かのものだ。けれども未来は誰のものでもない。後悔し自分を恥じる。そこからどう行動するかだ。過ちは失敗をすることではない。失敗を理解してなおも改めないことこそ過ちなのだ。もう僕は過ちを犯さない。

まずは彼と小粋な話でもして打ち解ける。さすれば何の打算もなく純粋な気持ちでアイドルの話だってできるだろう。そして協力してあの絶頂峠を攻めて攻略することだってできる。そう決意し、雨に濡れた体を温めようと大浴場へと向かった。

このホテルの大浴場は比較的大きくて開放的だ。やはりみんな雨で濡れた体を温めようと大浴場に押し寄せていて脱衣所はかなり混み合っていた。その隅っこで申し訳ない感じで服を脱ぎ、浴場へと向かう。ドアを開けるとムワっと温泉特有の湯気が僕の視界を奪った。

かなり湯気が立ち上がっていてほとんど見えないのだけど、湯気の向こうには風呂桶がカポーンとしている音などがしていてかなり賑やかで、それだけで混み合っていることが伺えた。手探り状態で洗い場方面を目指すと、湯気の中から人影が現れた。

後輩だ!

どうやら後輩はもう全てを済ませて脱衣所へと向かうようだった。これまでの僕だったら無視してすれ違っていただろう。けれどももう僕は違う。僕と後輩は打ち解けるのだ。今日は後輩の方から歩み寄ってくれた、ならば今度はこっちから先輩としての度量を見せる番じゃないのか。僕は決意した。

そして、すれ違うや否や、後輩のお尻をペローンと触った。ちょっと軽いおふざけみたいな感じで、イタズラ的な感じで軽くお尻を触った。完全にセクハラなんですけど、まあいいかなって感じでジョークっぽくやってみた。

驚いてこちらを見る後輩、湯気で表情は見えないけど、冷たいと思っていた先輩の粋なイタズラに目を丸くしているに違いない。ここでトドメのセリフだ。

「明日は絶頂を攻めるぞ!」

決まった。そう思ったね。完全に打ち解けたし、協力して絶頂峠を攻略する意思も示せた。後輩は今日の僕の反応と同じなのが、急激な歩み寄りに動揺したのかそそくさと脱衣所に行ってしまった。うんうん、その気持ちわかるぜ。でももう大丈夫。明日には二人とも打ち解けているさ。

そして夜が明け、いよいよ研修最終日が始まる。

まだスタート時間には30分ほどあるが、ロビーに集合して待っていると後輩がやってきた。しめしめ、昨日のいたずらについて何か言われるだろうか。昨日はびっくりしましたよーとか言うだろうか。そこから急速に仲良くなってアイドルの話とかしてやろう。そう考えていた。

「おはようございます」

けれども、後輩の様子がおかしい。いや、昨日からあまり変化がないのだけど、変化がないことがおかしい。昨日あれだけ勇気を出して生尻を触るという歩み寄りを見せたのだ。そんな砕けた感じで急接近したのだからそれなりに二人の関係が変化していなければならないはずだ。けれども、あまりに変化が無さ過ぎる。まるで昨日のことが存在しなかったかのようだ。パラレルワールド?一瞬そう思った。

例えるならば給湯室でキスしてきた先輩社員がいてドキドキしている佐和子なんだけど、次の日、赤坂さんは至って普通でまるであのキスなんてなかったみたいで、ずるいよ、こんなにドキドキさせておいて、ずるいよ、って、全然どうでもいい例えでしたね。けれどもとにかく不可解なんです。俺、昨日お前の尻触ったけど何かないわけ?って質問するわけにもいかないし、どうしたもんかと思慮していると、隣のペアの会話が漏れ聞こえてきたんです。

「先輩、昨日よく知らない人に風呂場で尻触られたんですけど」

「まじでそれやばくない?」

え?って耳を疑いましたね。驚いて声のした方を見ると、後輩に背格好が似た男が必死に先輩社員にどんな感じで尻を鷲掴みにされたか説明してるんですわ。

「で、驚いて顔見たらにたーって笑ってて、完全に鳥肌もんですよ」

「やべえな」

うわー、僕、間違ってあいつの尻を触ってるわ。そりゃ大浴場でよく知らないオッサンに尻を鷲掴みにされて二ターって笑われたなんて恐怖以外の何物でもないですよ。

「でね、二ターと笑ったあとに言うんですよ」

「ふんふん、なんて?」

「明日は絶頂を攻めるぞって」

「うわー、なんだよそれー。危ない奴だなー。気を付けないとヤバいな」

セリフがまずい。絶頂峠を攻めるつもりで言ってるのに、なんか二人で性の奥義を極めようみたいな提案になってる。ヤバい、マズい、間違いない。

そんな感じで聞き耳をたてていると、なんかその尻触られたやつも、なんか隣で聞いている奴、二ターって笑ってた尻触り犯人に似てない?みたいに気づいたらしく先輩とコソコソと相談し始めたんですよ。「あの隣にいるキモい男が触ったやつっぽいです」「あいつ知ってるけど、部署の栗拾いツアーに誘われないような奴だよ」「やばいっすね」みたいな会話をしているに違いありません。

これはまずい。このままでは大変な誤解を受けてしまう。なんとかしてそういう趣味もないし、人違いで触ってしまったってことを伝えなくてはなりません。しかし直接伝えたとしてどうやって尻を触った理由を納得してもらえるでしょうか。スキンシップで、人違いでと言ったところで泥沼なような気がします。ほんの数秒の刹那、僕の頭はフル回転しました。

そうだ、アイドル好きであることをアピールしよう。とにかく熱くアイドル好きであることを語れば、今は怪しんでる彼らも、あんなにアイドル好きなら男の尻を触ったりはしないだろう、もっと辻斬りみたいな奴が触ったに違いない、そう納得してくれるはずです。

「いやさ、俺ってむちゃくちゃアイドル好きでさ」

目の前の後輩に向かって大きな声で喋ります。隣のペアに聞こえるよう、とにかく大きな声で語りかけます。尻を触ったのは僕じゃない、そんな魂の慟哭でした。

「それで今やっぱり好きなアイドルは......」

あれだけ純粋な想いだけでアイドル好きを語りたいって願っていたのに、後輩と仲良くなる純粋な気持ちだけでアイドルを語りたいって思っていたのに、今や尻を触ったのは僕ではないという途方もない打算でのアイドル語り、悲しきアイドル語り。

ここで本当に注目しているアイドルや、好きなアイドルの名前を出して、はあ?って理解してもらえなかったら効果がないと判断し、世間一般の認知度が高そうな人の名前を出します。

「武井咲とか本当に好きで」

決まったな、こりゃ決まったなって思いましたね。武井咲がアイドルかどうかの議論は別にして、知名度はピカイチ、これで件の彼も納得してくれたに違いない、そう考えて彼の表情を見ると、さらに恐怖におののく表情じゃないですか。

しまったー、こいつ、研修に来た時に最初に「男なのに武井咲に似てるとかいわれるんすよー」とか軽口叩いてたやつじゃないか。ここでこれはクソ逆効果。とまあ、あとはシドロモドロでよく分からない、「アイドルと男の尻は無関係」みたいな半分自白みたいなことを喋ってました。

まあ、結構偉い目の人に尻を触らないようにって後日厳重注意されて、武井咲似の彼にも謝罪するに至ったわけなんですけど、結局、その日の研修は後輩と一言も会話せず、第四チェックポイントのデジャブと化してました。たぶん、僕の唐突のアイドル好き発言が、住む世界が違うという決別宣言に聞こえたのでしょう。

人はその思いを人に伝えるとき、何らかの裏の意図が介在する。少なくとも唐突にそれを聞いた人間は、何らかの意図を無意識に感じ取るはずだ。本当に好きなことなら言葉にせず、行動で示したほうが伝わるのかもしれない。いまだラーメンについて熱く語っているベラルーシを眺めながら、昔を思い出して少し切なくなった。

愚直な中央線は今日も真っ直ぐ進んでいく。この中央線のように何の打算もなくまっすぐ生きられたら人はどれだけ楽なのだろうか、そう思いながら電車に揺れれていた。

ファッション用語の基礎知識

ファッション用語といえば「ケミカルウォッシュ」と「ボンタン」しか分からない僕だけど最近のファッション用語は特に意味が分からない。そんな折、こんな記事が目に留まった。

〈実は意味が分からないファッション用語ランキング〉

1位 ノームコア 59.0%
2位 エッジィ 54.5%
3位 グランジ 53.0%
4位 Aライン 48.5%
5位 タックイン 46.5%
6位 レイヤード 46.0%
7位 トラッド 46.0%
8位 ステッチ 43.0%
8位 オートクチュール 43.0%


もう、これはすごいと唸るしかない。完全に意味が分からない。すげえ、他の国の言語みてえだ。これが今年の宝塚記念の出馬表って言われても、あそういうもんか、とやや納得してしまう趣がある。だいたい40-50%が分からなかったと回答しているけど、それがもう信じられない。だってその逆の人はこの言葉の意味わかってるってことだろ。それが半数以上。絶対嘘だわ。

ということで、これらのファッション用語、僕は全然わからないんですけど、わからないなりに予想で定義してみたいと思います。

「ノームコア」
ノームとは、大地を司る妖精のことである。それらの妖精が所有するコアを破壊することにより活動停止に追い込む。地球と人類を守るためにそうするしかなかった。

「グランジ」
空港など、くつろげる待合室としてラウンジが設けられていることが多い。落ち着いた雰囲気を演出するため、会員制のラウンジが設けられている例が多いが、最近ではクレジットカードに付帯するサービスなどでラウンジに入れてしまうため、混み合ってしまって落ち着いた雰囲気とは程遠い状況だ。そこで登場したのがグランジサービスだ。ラウンジの上位にあたるこの待合室は選ばれた者しか入室を許されない。

「エッジィ」
ペロン。いやーん、エッジィ

「Aライン」
航空機路線を提供する会社の名前。2レターコード(IATAコード)でAAとなるアメリカン航空のことを指すことも多い。

「タックイン」
地元の商店街に不良が好むボンタンやタンランを売る店があって、日章旗とか所狭しと並ぶカオスな店があって、そこの店主がゲイで、タックンと呼んでねとか言っていた。タックンは隣のパチンコ屋に行って店にいないことも多く、店にいるときはタックンが中にいるという意味で「タックイン」って黒板に書いてあった。

「レイヤード」
東京タワーでの社会見学中、中学2年生の3人の少女光、海、風は偶然出会った。窓の外、眩い光の中に浮かび上がる謎の少女の幻影を見た3人は、その直後異世界「セフィーロ」に召喚される。そこで出会った導師クレフの導きを受けて、3人は魔法騎士(マジックナイト)としてセフィーロを救う旅に出ることに。

「トラッド」
虎になる、の過去形。彼は虎になった。虎であった。猛虎であった、など。

「ステッチ」

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「オートクチュール」
まれに、ご飯を食べるときにクチャクチャと音をさせる人がいる。なかなか不快ではあるが、本人はそれに気づいていないことが多い。公然と指摘しても角が立つ、そこで開発されたのが、このオートクチュールである。これは受け入れ部に食物を入れると自動でクチャクチャクチュールと音を立ててくれる。それをみて、うわ、これは不快だなと誰しもが思う。それによって自分のクチュールも見直してほしいという画期的発明だ。

 


つまりこういうことだ。

僕はAラインに乗ろうと空港まで行ったが、ラウンジはひどく混み合っていた。やれやれ、これじゃあラウンジの意味がない。呆然と立ち尽くしていると、受付の男が話しかけてきた。

「混み合っており申し訳ありません。今でしたらグランジが利用できますが」

「ほう、じゃあそれを頼むよ」

選ばれた者しか入れないといわれるグランジ。ついに自分もその権利を得ることができたのだ。なんだか誇らしい。

「あら、お久しぶり」

グランジには数人の先客がいた。その中の一人が人懐っこく話しかけてきた。

「あ、タックンじゃないですか。今日はお店は?」

地元で不良などが集まる店を経営しているタックンだ。若いころは世話になったものだ。

「ふふふ、今日はお休みなの。旅行に行こうと思ってね、タックインじゃないの、今日は」

そう言いながら、タックンは出されたチーズをくちゃくちゃ言わせながら食べていた。オートクチュール装置があるのなら思い知らせてやりたい。

タックンの隣のソファーに腰掛ける。タックンはずっと喋りかけてきて、過去の武勇伝を語っている。

「でね、私が何であんな店をやってるかっていうと、私も不良だったのね。その不良たちの居場所を作ってあげたかったの。私も悪くてねえ、港町の虎って恐れられたもんよ。今じゃこんなだけど、昔は虎だったの、トラッドよ」

話半分に聞いていると、なにやらラウンジのほうが騒がしい。その音はグランジまで聞こえてきた。

「きゃああああああああ」

悲鳴だ。すぐに窓の外を見る。

「なによ、なによ、あれ」

タックンが腰を抜かす。航空機に得体のしれない緑色の怪物がまとわりついていた。

「あれは大地の妖精だ。ノームだ。大地が怒ってる」

「はやく、はやくなんとかしてっ!」

「私たちに任せて!」

「あなたたちは!?」

「魔法騎士レイヤード!」

「そしてステッチ

三人の少女は青い生物を連れている。そのまま勇敢にも緑の生物に挑みかかった。

「コアだ、そのノームのコアを狙え、ノームコアを狙うんだ」

どシューーーーーン!

「やったあ」

こうして空港に平和は訪れた。タックンは腰が抜けて立てないらしい。手を貸して起こしてやる。その際にお尻に手が触れてしまった。ペロン。

「いやーん、エッジィ

 

人のデブを笑うな

言うに及ばず僕はデブなわけなんですけど、君たちは僕のデブを嘲笑うわけじゃないですか。手の画像を映し出しただけで「手がデブ」なる謎の価値観を持ち出して僕をデブだと嘲笑う。それはあまり良くない行為だとわかっているか。

なんというんでしょうか、まず前提として、僕は公然とデブと言える程度のデブなわけなんですよね。こう言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、まだデブと言える程度のデブなわけなんです。デブと言える程度のデブ、これは正確にはデブではない。

これが深刻なレベルのデブだったらどうなのか。尋常じゃないレベルのデブだったらどうか。たぶんですけど、君たちは僕に向かってデブと言うことはできない。ちょっと気を使って、これはデブと言ってはいけないみたいな空気を読んだりする。それどころか、君たちは僕の目を見て話せない。視線そらして早口でごにょごにょいうだけだ。ちゃんちゃらおかしいわ。

結局、僕をデブと罵ることができるのは、僕が程よいデブだからだ。人はそれが深刻なレベルに達しているとそれを指摘して嘲笑うことはできない。例えば頭髪がやや薄くなってきた人を、ちょっと薄くなってない?と弄ることはできるが、完全に散ってしまった人の頭髪を弄ることはできない。それはもう、人の心を失った獣だ。君たちはまだ獣ではない。それをしてしまうともうヒトに戻れなくなってしまう。

言わせてもらうと、お前らは僕のデブ具合が結構好きなはずだし、ちょっとアリかもって思ってるはずだ。つまり、僕をデブだと罵る行為はラブ宣言に近い。僕をデブデブと罵る度に、お前の程よい肉付きが肉感的で好きだ、俺が女だったら抱かれてる、と言ってるに過ぎない。

ただ、皆さんの感覚は逆で、程よいデブ、笑いやすいところを笑っているつもりかもしれませんけど、それは見当違いですからね。本来なら、シャレにならないレベルの人のほうが突き抜けててそんなに気にしないですけど、程よいレベルの人のほうがセンシティブで敏感です。その辺の認識のずれは結構深刻ですよ。

だいたい、なんていうんですかね、笑えるレベルのデブを笑う。それって短絡的じゃないですか。皆さんが僕のデブを笑う、それは別に構わないんですけど、じゃあ、笑えないレベルだったらどうするのかって話ですよ。僕が時の権力者だったら、僕のデブを笑えないようにしますよ。

まず、僕の体重が増えたらテレビにテロップが出るようにしますね。これはイライラしますよ。とてもじゃないが笑えない。

だいたい、夜中に我慢しきれなくなって炊飯釜開けて米食うんですけど、そしたら体重増えますわな、その瞬間、NHKと民放全局にテロップが出ます。

「ティローン、ティローン」

「pato氏、深夜の米により体重1kg増」

ってテロップでます。深夜アニメを録画している君たち発狂ですよ。

お昼ご飯もけっこうラーメンとチャーハン、とか食べますから、まあ体重増えますよね。そうなると昼でも構わずテロップです。


「ティローン、ティローン」

「pato氏、お昼の暴飲暴食により体重2kg増」

昼下がりのマダムもイライラですよ。

たまに食い放題とか行ってすごいことになりますよね。そしたら画面がL字ですよ。お前らの大好きなアニメ、L字、そこに「皿にローストビーフを18枚盛った」とかずっと実況の文字が流れてる。

「今日はとことんまでいくぜ!」

同じ食い放題でも完全に限界突破するときありますから、そうなるともうL字どころではない。残念ながら君たちが見たいアニメは放送中止だ。安藤さんが出てきて、報道センターがすげえざわついてる感じになる。現地から生中継も入る。

「デザートを取りに行き、終わるかと思いましたが、また寿司を取りに行きました。まだまだ体重は増えそうです。また動きがありましたらお伝えします」

スタジオには急遽呼び出された慶応大学の食い放題の権威みたいな教授が来ていて

「まだまだ高カロリーな食材を残してます。8キロ増くらいいくのでは?」

みたいなコメントを残す。

もうこうなったら僕のデブを笑えない。頼むからこれ以上太らないでくれと懇願するはずだ。

結局何が言いたいかというと、皆さんは僕のことをデブデブと罵ったり嘲笑ったりしますが、まあ、それは愛情表現として分かるんですけど、それは笑えるレベルのところを笑っているにすぎないということなのです。そう、これまではね。

つまり、また結構太って笑えないレベルのデブになってきていて、女子社員が、「あのひとちょっと笑えないレベルのデブじゃない?」って噂しているのを聞いたからです。

ついに僕はシャレでは済まないレベルのデブになってしまった。あまりに焦って取り急ぎ筆を取った次第であります。

「人のデブを笑うな」

そう言いましたが、できれば笑えるレベルのデブでありたい。笑ってほしい、そう思うのです。

誕生日を緑色の水槽に詰め込んで

誕生日はめでたいものなのか、という点は十分に議論の余地がある。

例えば幼い子供が年齢を重ねるということはそれはそれで嬉しいものである。無事に一年を過ごすことができたという点で誕生日を祝うことになんら疑問はない。幼子の誕生日を祝う行為は、親自身も無難に一年育て上げたと喜び、確認する意味合いが強いのではないか。

ただ、ある程度成長した段階、それこそ十代後半くらいになると様子が一変する。別にそれくらいになればほっといても1年生きる。無事もくそもない。確認もくそもない。もうこれくらいになると誕生日にかこつけて自分に注目してほしい意味合いが強くなる。

さらに中年になるとどうだろうか。年齢を重ねると体のいたるところにガタがくる。それは年を重ねるごとに深刻になるだろう。そういった不具合の発生確率が上がっていく誕生日を祝う行為は皮肉でしかない。工場で、不良品の発生確率が上がったら皆でお祝いをするようなものだ。

これが80歳とか90歳、場合に100歳だったらどうだろうか。刻一刻と死が近づいてきている。まるで死神が階段を上るように誕生日ごとに死というものが現実的になってくる。祝っている場合ではない。ただし、この辺になると今年も無事に生きられた、という確認の意味合いも強くなってくる。

結局、誕生日なんてものは幼子のそれと、死にかけの老人、それらが1年間を無難に乗り越えられたと確認する以外はほとんど無意味だ。ただ単に誕生日にかこつけて自分に注目してほしいだけじゃないか。

何歳であろうと年齢を重ねることは喜ばしいことじゃん、それを祝って何が悪い、という意見もあると思うがそれも理論が崩壊している。法律的には年齢を重ねるのは誕生日の前日だ。ならば誕生日前夜を盛大に祝う必要があるのだ。やはり、誕生日を祝うという風潮は、もうあまり意味をなしていないように思うのである。特に、僕のようなオッサンは。

あれは何年前だっただろうか、僕の誕生日に事件は起こった。その日は労働時間の調整で遅く出社することになっていた。時間が違うだけでこんなにも風景が違うのかと新鮮な気持ちで職場に向かうと、なにやら様子がおかしい。ひっそりとしている。まるで全員が死んでしまったかのようにオフィスから生気が感じられない状態だった。

今日は休みだったかな?そう思いながらドアを開けると、なにやら歌が聞こえてきた。

「ハッピバースディトゥーユー」

囁くように歌が聞こえる。その声量は徐々に増えていき、合唱へと変貌していった。サプライズパーティーだ。そういえば、僕の誕生日だ。おいおい、そういうのよしてくれな、って思いつつ、僕はある一つの事件を思い出していた。

「今日は魚たちの誕生日だよ!」

その絶望の言葉がずっと頭の中でこだましていた。

そう、あれは小学校の時だった。誰かが家でいらなくなった魚を教室に持ってきたんだ。みんなで飼おうって言いだして水槽に周辺機器まで全部セットで持ってきて、担任の先生までテンション上がって、即、飼うことになった。

それに困ったのは僕で、この教室には生き物がいない、という打算の元、電撃的に生き物係に就任したのに、その任期途中で本当に生き物が来てしまったのだ。ただ、あまりに存在感がなかったのでみんな僕が生き物係だということを忘れていて、世話を押し付けられることはなかった。本当にありがとうって伝えたい。

最初はクラスのアイドル的存在だったその魚も、次第に興味が薄れてきて放置されるようになってきた。ちょっと水槽の中も汚れてきて、中には何がいるのかもよくわからない状態になっていた。

長期休暇に入る時だった。休みの間は学校に入れないので誰かが水槽ごと持って帰って世話をしなければならないという話が持ち上がった。当然ながら、あんな得体のしれないコケの塊みたいなもの持って帰りたくない。

そこで誰かが僕が生き物係だったことを思い出した。あれよあれよという間に拒否する間もなく、その水槽を押し付けられうことになった。あまりに重いので親に電話して車で迎えに来てもらったのをよく覚えている。

魚の世話をした。生き物係の職務を全うすべく、必死で世話をした。魚が死んだ。すげえやべえなって思った。みんなの興味の対象ではなくなった存在とはいえ、殺したとなると完全にやり玉に挙げられる。どうするべきか、正直に殺してしまったと申し出て学級裁判にかけられるべきか。

迷った僕は、知らないふりをすることにした。どうせ誰も見向きもしない水槽なのだ。黙っていたって覗き込むものはいない。もう空っぽで持っていこう。庭に墓をつくって丁重に魚を埋葬した後、中の水も捨てて空っぽの状態にした。

水槽の壁にはコケがびっしりと覆い茂っていたので傍目には空っぽとはわかりづらい。どうせ誰も蓋を開けて覗き込まない。これでいける。そう思った。ただバレたときに空っぽなのはあまりにバツが悪い。それだったら庭にあったカマキリの卵を何個か入れておこうって思った。これなら、何らかの間違いで魚がいないってバレても、すげえでもカマキリの卵じゃんって男子を中心に盛り上がると思った。

それから月日は流れて、僕の想定以上に水槽を覗かれることはなかった。このまま完全犯罪成立かと思われたある時、僕すらもその存在を忘れていたとき、魚を持て来た女子が言い出した。

「今日は魚たちの誕生日だよ!私が持ってきた魚の誕生日なんです。みんな祝いましょう」

余計な事を言いやがる。普段見向きもしないくせに、なぜか誕生日だっていって注目しやがる。みんなで駆け寄ったコケだらけの水槽はまさにパンドラの箱だった。

むっちゃ小さいカマキリいっぱい出てきた。阿鼻叫喚の生き地獄。クラス中がパニックになった。女子とかむっちゃ泣いてた。担任は、人ってここまで半狂乱になれるんだ、と膝を打つほどの状態になっていた。

「ハッピバースディトゥーユー」

普段見向きもしないくせに誕生日だからって注目するとろくなことにはならない。オフィスに響き渡るハッピーバースデーの歌に、そんな記憶が蘇った。

僕はあの時忘れ去られた魚だ。普段は見向きされなく、存在すら忘れ去れれて苔生しているいるのに、誕生日だからって注目される。それはきっとろくなことにならない。

「ハッピバースディ」

でも悪い気はしない。きっと誕生日とは自己の確認なのだ。この年になると、別に無事に育ったことを確認されるわけでもなく、まだ生きていることを確認されるわけでもない。別にめでたいわけでもない。ただ、誕生日にかこつけて自分はここにいるよって確認するに過ぎないのだ。いうなれば祝ってくれる人たちは確認の手伝いをしてくれているのだ。そんなに悪い気はしない。誕生日を祝うことは必要なのだ。

「ハッピバースディディア、アカリさん」

「ハッピバースディトゥーユー」

サプライズパーティーは、僕と同じ誕生日のアカリさんのものだった。アカリさんは俺と誕生日が同じだったのか。おめでとう。

同じ誕生日なのに祝われないどころか、なぜかサプライズパーティーの計画からも外されるというとんでもない状態に。やはり誕生日なんて何もめでたくない。絶対のそのうち、このオフィスにカマキリの卵持ち込んでやる。

 

 

時間の矢をゴミ箱に投げ捨てろ

時間は矢のように過ぎていくから、失った時間はもう二度と取り戻せないから、だから僕らは無駄なく日々を生きていかなければならない。そう、目標に向かって前進、1秒だって無駄にはできない。漠然と生きている時間なんて僕らにはない。

こんな考え方は非常に暑苦しい。僕らはもっと時間を無駄にして良いし、まるでゴミ箱に捨て去るかのように無為な時間を過ごしていいのだ。1分1秒も無駄にしない生き方なんて、どうせそんなに長く続きはしない。言うなればつま先だけで椅子に座ったような態勢をとるトレーニングだ。時間の問題でへばってしまうだろう。

人生とはゲームなのかもしれない。ゲームクリアというエンディングが少しおぼろげであまり喜ばしいものではないゲームだとすると、例えば時間を大切にする生き方は、ゲームを買ったその日に攻略wikiを読みながら進め、隠しアイテムや収集アイテムを取りこぼさずに進んでいくやり方なのかもしれない。効率よく、無駄なくクリアに至るが、ゲームを楽しんだかといえばよく分からない。

隠しアイテムも取りこぼしまくり、収集アイテムも100個くらいあるはずなのに3つしか取れていない。それでもゲームの壮大なストーリーに没頭し、次はどうなるのかとハラハラドキドキしながらクリアできたとしたら、大変非効率だけどそれは随分と羨ましい。どちらかといえば僕はその無駄に生きることが好きなようだ。

ある電気街に、絵画の販売を生業とするギャラリーがあった。そこは小物を売っているような店内の雰囲気があり、比較的美人な女性が店先でポストカードを配っていて、軽やかに入店してしまいそうな雰囲気がある。差し出されたポストカードを手に取ると、なぜか女性は手を離さない。ポストカードを挟んで引っ張り合いみたいな状態になってしまう。

「実はいまアンケートやってまして、それに答えていただけますか?」

これが常套手段らしく、そのままギャラリーへと誘われる。ただ、1階の雰囲気は本当にポストカードなどを売っている雑貨屋みたいな感じなので警戒せずに入店してしまう雰囲気がある。

「二階へどうぞ」

アンケートに答え終わると、なぜか隠されていた階段が忍者屋敷のごとく登場してくる。ここからが本番だ。建物の2階は本格的ギャラリーとなっており、絵画(正確にはシルクスクリーン)が悠然と並べられている。

「では最初から見ていきましょう」

なぜか当たり前のことのようにお姉さんが案内してくるので、よくわからないと思いつつも絵の説明を受ける。

「この絵は作者の心情、そして社会の流れを表していて」

などと1枚1枚丁寧に説明される。大変勉強になるが、すごい長い。フロアには20枚くらい絵があって、それも大変がイルカがバシャーとなってるやつなので飽きてくる。一通り絵画の説明が終わると1時間くらい経過していたよう思う。やっと終わったと思っていると

「では3階へ」

なんと3階もあるらしい。3階にも同じくらい絵画が飾られていて、同じようにイルカがバシャーとなっている絵を説明される。だいたい1枚の絵画につけられている値段が70万円くらいなのだけど、値札にはなぜか「震災支援特別価格」と赤い字で書かれている。はたして売り上げの一部を義援金とするのか、その辺の説明は全くない。

また1時間くらいかけて絵画の説明が終わる。やっと帰れると思っていると、案内してくれたお姉さんが言う。

「では、今まで見た中で一番印象に残った作品を教えてください」

正直に言うと何一つ印象に残っていないのだけど、そうとは言えない雰囲気だ。適当にイルカがバシャーとなっている絵が気になったと言っておく。

「ではその作品のところまで移動しましょう」

2階のフロアに舞い戻り、その作品の前に立つとお姉さんが椅子を持ってくる。

「作品の前に座ってみてください」

「どうですか?」

どうもなにも、イルカがバシャーっとなってるね、くらいしか感じ取れない。でも芸術を理解しない不粋な奴と思われたくないので

「まるで絵が語りかけてくるようです」

とか適当に言っておく。

「そうでしょう、そうでしょう絵とは語りかけてくるものです。想像してみてください。この絵があなたの生活の一部にあることを」

この絵が・・・。我が家に・・・?

「ほら、想像してみてください。家の床、壁、家具、その一部にこの絵が飾られているのです。どうです。素晴らしいでしょう。芸術とは人生を豊かにしてくれるのです」

申し訳ないが、想像できない。飾るのも面倒で6畳のアパートの床に投げっぱなしで、そのうち残していたカップラーメンの汁がこぼれて大変なことになるんだ。

「ちょ、ちょっと想像できません」

僕がそう言うと、お姉さんは般若のような表情に変わった。

「それはあなたの人生に潤いがないからです。潤いがない人生は美しいものを美しいと感じられません。それはあなたが人生を無駄に生きているからです。自分の人生ですよ、大切に生きてください」

「はあ」

なぜ説教されているのかよくわからなかった。けれども、どうやらこのイルカバシャーを買う気にならないのは僕の人生に潤いがないかららしい。購入すればすごく素敵な人生を過ごせるようだ。

「どうです?人生を取り戻しませんか?」

なぜ僕が人生を失ったことになっているのかよくわからないが、購入しないとダメなようだ。

「でも、70万円はちょっときついですよ。無理です」

軽自動車が70万円、まあ必要なら買おうかなという感じだ。自転車が70万円、好きなマニアなら買うだろう。靴が70万円、狂気の沙汰だ。では、絵が70万円、申し訳ないが僕の価値観では買うかどうかの判断にすら至らない。頭おかしいんじゃないか。けれども僕がそう言うと、お姉さんは大きなため息をついた。

「お金なんていちばんくだらない理由ですよ。ヨーロッパの貴族が芸術を語る際にお金のことを心配しますか?」

しらねえよ、ヨーロッパの貴族じゃねえし、日本のデブだし。

「ローンだってできます。むしろローンにすべきです。いま、人生を無駄に生きてるのは日々の目標がないからです。ですが、ローンを返済しないとなったらどうでしょう?」

「……目標ができる」

「Yes!!人生を無駄なく生きることができるのです!さあ、どうですか?」

この時点で入店から3時間くらい経っている。もう買うまで返さないといった熱い魂を感じる。

「お言葉ですが、こうやって考えることで時間を無駄にしてますよね?だからダメなんです、だから人生に彩がないんです。私が見た限り、成功するお客様は決断が早い。絵を見て、あ、これ買おう、運命だから、って感じですよ。そういう方が人生を効率よく生きて成功するんでしょうね」

僕は決断した。時間を無駄にすること、それは結構大切なことだと、それを教えてあげないといけない。同時に、いかに自分がこのイルカがバシャーとなっている絵で適当なことを言えるのか試してみたくなった。ものすごい適当なこと言って時間を無駄に過ごしてやる。

「時間は無駄にしていいと思います」

僕がそう言うと、お姉さんの言葉が止まった。

「いや、なにもお姉さんの意見を否定してるわけではなく、この作品がそう言ってるような気がするんです」

椅子から立ち上がり、イルカがバシャーとなってる絵に近づく。

「この絵を見てください。この水しぶきのところ。本来、水しぶきによって後ろの風景が歪んで見えないといけない。なのにこれは歪んでいない。これがどういうことだかわかりますか」

本来、見えるべき歪んた風景が歪んでいない。これはつまり、AVのモザイクを表している。モザイクは映っていはいけないものを歪めることで発言する。しかし、青少年だった僕らにとってそのモザイクは邪魔だった。とにかく邪魔だった。だからみんなでお金を出し合ってモザイク除去機というのを通販で買ったんだ。すげえワクワクしたな、あのモザイクが除去できるんだ。氷高小夜のモザイクを除去できるんだ。ワクワクして届くのを待った。なんか手紙が来た。モザイクを除去する機械は規制されているので、誰にでも送れるわけではない。ここに示す口座に追加の金を払った人だけに送る、そう書いてあった。すぐに出資者を集めて会議だ。また追加の金を払うのか、それとも諦めるのか。答えは一つしかなかった。追加の金を払った。へんな機械が来た。配線が難しかった。それでもつないだ。AVを再生した。モザイクは消えなかった。そうやって生きたことが無駄だったか。きっと無駄だった。金も時間も情熱も、すべてが無駄だった。けれどもなんだろうな、やらなきゃよかったって思えないんだよ。なんだか、それすらも美しく、無駄に生きたことが僕らの勲章みたいになってる。効率よく生きることはイルカさ。この絵の中心に描かれ、躍動と生命を感じさせるイルカだ。でもな、この水しぶきの不自然さは俺たちのモザイク除去機を表してるんだ。それが無駄で必要ないものだったなんて言わせない!

「は、はあ」

それからしばらくして、「FLMASK」っていうとんでもないソフトが登場して、これは静止画のみに限った話だったし、「FLMASK」でかけたモザイクのみ対象ってものだったけど、なんと、モザイクが除去できたんだ。すげえなって思った。パソコンを使ってあの日の夢を実現できる。そう思った。これからの時代はパソコンだって思ったら、なんか怪しいAVを売るってメールが来たんだよ。12本で1万円だって謳い文句でカタログまでついてきてな。すぐに人数集めて相談よ。買うか買わないかの相談?よせやい、買うだろ。問題はどの12本をチョイスするかだ。もうちょっと喧嘩になった。絶対にこれは外せないって膠着状態になって、それだったら24本買おうかみたいになるんだけど、それでも絞れず喧嘩よ。結局、莫大な時間をかけてチョイスして金払った。空テープしかこなかった。だまされたんだ。無駄だった。金も時間も情熱も、すべてが無駄だった。けれどもなんだろうな、やらなきゃよかったって思えないんだよ。なんだか、それすらも美しく、無駄に生きたことが僕らの勲章みたいになってる。効率よく生きることはイルカさ。

「えっと、あの、そろそろ」

いいから黙って聞いて。それからしばらくして、YourFileHostってサイトが彗星のごとく現れて・・・

延々としゃべりましたよ。どれくらいしゃべったのか正確な時間はわからないんですけど、途中からお姉さん、毛先をクルクルしだしてたんで、まあ長かったんだと思います。

で、その系譜はXVIDEOSに受け継がれたわけだ。これが元気玉みたいなもので、なんていうのかな、ユートピアって呼ぶには程遠いのだけど、それこそ、世界中の男がそこで無駄な時間を過ごしている。でも、それが本当に無駄かっていうとそうではなくて、それはイルカが回遊するように、

っとここまで話したところで

「すいません、そろそろ閉店時間なので」

って言われました。

「話の途中なのでまた明日も来ましょうか?」

そういうと、

「いや、いいです」

って断られました。

僕らはきっと時間を無駄に、それこそ投げ捨てるように生きていい。1分1秒に追われ、効率よく生きて部屋に絵画を飾るより潤いはあるような気がする。

店を出ると、すっかり夜の帳が落ちていた。電気街の夜は早い。お目当ての店はもう店じまいしていた。何やってるんだろう、何しにここまで来たんだと思いつつも、時間は無駄にしてよいと思うのだった。またあしたこの電気街にきて、マニアックな店でモザイク除去機でも探してみようか。すごい時間の無駄だろうけど。

幸せの青い鳥

物事が想定内であるか想定外であるか、考えるとほとんどが想定内ではないだろうか。なぜならば、想定の中か外かで論じられるような物事は、そもそも想定されていることが多い。想定はされているが対処はされていない、そういった物事を想定外と呼んで責任転嫁していることがほとんどだ。

僕の職場に、すごく偏屈なご老人がいる。彼はものすごい怒鳴る人で、何らかのミスをした若手を怒鳴って泣かせることを生きがいとしているような人だ。その人の怒鳴りレパートリーの中に「こんなミス想定外だ。おまえはすげえやつだよ」というものがある。

もちろん、すげえやつだと称賛しているわけではない。完全に皮肉だ。お前はベテランのこの俺すら想定していない途方もないミスをした。これは大変なことやよ、とそのミスが恐ろしく重大であるかのように言うのだ。それを聞いた若手は自分がとんでもないことをしでかしたと泣いてしまう。

けれども、そのミスは完全に予想できるミスで、ご老人も普通に落ち着いて対処している。想定外だと仰々しく言うが、完全に想定の中の出来事だ。多くの事象が実はそうで、想定外であったか想定内であったか論じられるものは大抵想定内である。ただ、対処や予防策をとるのが面倒で、想定外だった、みたいに言うことが多いのだ。信じられないようなレベルのミスが起こったとしてもそれは想定内であり、ただ対応外であっただけなのだ。

そもそも想定外の出来事とは、完全に思想の枠を外れているわけだから、それが生じたとき、そもそも想定外だったか想定内だったかの議論すら起こらない。起こりえないことだけど起こってしまったのだから仕方ない、そう諦めるか誰も信じてくれないか、そういった事象が想定外なのだ。

思えば、僕の色々な経験の中でも、これは想定外だった、と言いたくなるようなことはたくさん起こった。けれども、今思い返してみると、別に別の宇宙というレベルでベクトルが異なった事象ではなかったように思う。言い換えれば、想定外ではなく、想定はできたけど想定しなかっただけなのだ。ただ唯一、これは想定外だろう、という事象が巻き起こったことがある。そう、あれは高校生の頃だった。

ちょうど今のような梅雨の鬱陶しい季節だったように思う。少しだけ雨がぱらついていた。週の真ん中の水曜日の午後、お昼ご飯を食べた後の最も眠い時間に社会の授業を受けていた。

この社会の先生が、抑揚のない調子で淡々と呪文のように教科書を読むだけの先生で、僕らの間ではラリホーの使い手として恐れられていた。聞いているととにかく眠たくなるのだ。しかも昼食後という最も眠い時間、さらには先生も教科書を凝視しているだけなので、寝ても怒られない。そんな事情もあって、クラスの全員が寝るレベルのとんでもない授業だった。

クラスで一番の優等生で真面目だった井上さんまで机に顔を突っ伏して寝るくらいだったから、まあ、クラスの全員が寝ていた。僕は一番後ろの窓際に座っていたのだけど、なぜかその日は起きていた。前日に夕方6時くらいに寝てしまい、完全に睡眠が満ち足りている状態だったためなぜか起きて呪文を聞いていた。

この席からはクラス全体が見渡せるのだけど、本当にクラス全員が寝ていて、教卓で先生が呪文を詠唱しているという、なんかシュールな光景が広がっていた。ボーっとその光景を眺めていたのだけど、異変に気付いた。窓際にパンツが干してある。ハンガーを使って窓際に赤いトランクスがぶら下げてあった。

ちょっとギョッとしたけど、これはお昼ご飯を外に買いに言った中島が、雨の中を自転車で駆けて行ってずぶ濡れになったから干していたものだった。ちょっとギョッとしたけど、想定外というほどのことではない。想定できる範囲の事象だ。お調子者キャラの中島が、これでノーパンだよ~とか言いながら干している光景が目に浮かぶ。たぶん女子は見て見ぬふりしていたんだろう。

呪文を詠唱する教師に、その呪文が完全に効いて眠っている40人、そのシュールな光景に窓際の赤いパンツというさらなるシュールが追加されたのだけど、ここから想定外の光景が広がることとなった。

少し雨が上がってきたのかな、と外の光景を見てギョッとした。すげえでかい鳥が飛んでいた。種類は分からないのだけど、サギ?みたいな感じの1メートルはありそうなデカい鳥が小雨の中、颯爽と窓の外を飛んでいた。驚きはするけど、別に想定外というわけではない。僕の学校は田舎にあって、近くに野生の鳥を集めるために整備した公園、みたいなものがあったので、そこに集まってきた鳥だろうと思った。それにしてもでかいなーとか思ってたら、その鳥が進路を変えてこっちに飛んできた。

そう思ったらそのままバッサバッサと滑空して、開いていた窓から教室に飛び込んできた。完全に想定外だ。前の窓から入ってきた鳥は、そのまま黒板横の物置机みたいな場所にとまり、なんかちょっとかっこいい、そういう置物みたいな感じで一本足で立っていた。

気づいているのは僕だけだった。というより、起きているのは僕だけだった。もう一人起きていた先生も、ただ教科書を凝視して呪文を詠唱しているだけなので鳥の存在に気づいていない。

詠唱する先生、寝る40人のクラスメイト、赤いパンツ、これに異常にでかい鳥、が追加された。想定を上回るシュールさだ。だれもこんなことが起こるとは考えない。しかもその鳥が目をギョロギョロさせて首を傾げたりしてるからなんか怖い。そのうち誰かを襲いだすんじゃないかとヒヤヒヤした。

鳥がテクテクと歩き出す。もう目が離せない。何をする気なんだ。いったい何が目的なんだ、気が気じゃない状態だが、鳥は帰るつもりなのか窓まで歩いて行った。そしてそこで衝撃の事件が起こる。

バシュ!

その鋭いくちばしで咥えたのは、窓際に干されていた中島の赤いパンツだった。

やめろ、シュールすぎる。ただでさえシュールすぎる状態なのに、その中のシュール二大巨頭が交わってはならん。ぜったいにならん。それは想定外過ぎる。僕の願いむなしく、鳥はパンツをハンガーから外し、右へ左へと揺さぶっていた。まさにちぎっては投げちぎっては投げといった状態だ。

もう僕は笑いをこらえられない状態で、一人で机に突っ伏して声を押し殺して笑っていた。ここで声をあげて誰かが鳥に気付いて悲鳴とか上げたら、驚いた鳥が暴れてパニックになるかもしれない。想定外の事態だったが、声をあげないほうがいいことはなんとなくわかった。

そのまま笑いをこらえて見ていると、やはり鳥は赤いパンツを完全に弄んでいて、けっこうキレのいい手旗信号みたいにバッサバッサと揺さぶっている。もうやめろーやめてくれーと思いつつ、そのまま鳥は窓から飛び去っていった。中島のパンツを咥えて。とんでもない、まるで静かな嵐のように、僕の心に動揺だけを残して彼は飛び立っていったのだ。

授業終了後、大騒ぎになった。中島のパンツがないと騒ぎになった。中島ちょっと半泣きだ。おふざけで干していたら本当にノーパンで家に帰ることになったのだ。

「俺のパンツどこいったんだよ、誰が盗んだんだよ」

しょんぼりする中島に僕はちゃんと真実を伝えていて

「授業中にすげえでかい鳥がはいってきて咥えてもっていった」

そう説明するのだけど、完全に全員の想定外だったらしく、そんなわけあるかと一蹴っされた。それでなぜか、僕が中島のパンツを盗んだ、ということになってしまった。こんなの想定外だ。

どんよりと曇った空を背景に飛び去って行くでかい鳥。あれこそが真の想定外というものだろうと思った。

「てめー、こんなミスしやがって。こんなの始めた。想定外だ!」

また老人が想定内のミスなのに怒鳴り散らす。

「本当に想定外ってのは、でかい鳥が入ってきてパンツ持ち去るくらいのことですよ。こんなの想定内だ。むしろ想定してないほうが悪い」

僕がそう反論すると、老人はさらに怒って

「お前みたいな意味不明なこと言うやつは想定外だ」

この想定外は本当に想定外だったんだろう。老人はそういう顔をしていた。

牛丼は星より遠く

自分の意思を貫くこと、これはなかなか難しい。

そもそも、この世にいる全ての人間が自分の意思を貫いたらどうなるか。ちょっと考えればすぐに分かるが、おそらく社会システムが成り立たないだろう。つまり、この現代社会は各個人が意思を貫かないことで成り立つようにできている。各個人が意思を貫かず、どこかで折れることが前提なのだ。

つまり、僕らは知らぬ間に意志を貫かないように飼いならされている。断固たる意志で自分を貫ける人なんて稀で、ちょっと自分はおかしいのではないか?あまりに自分勝手なのでは?人に迷惑かけていいはずがない、と考え直す思考回路が生まれるようになっている。

自分だけが強硬な意思でAと考えていても、世間一般が当たり前のようにBであるという考えであった場合、そのAを最後まで貫ける人はそんなにいない。ただ単純にAだと信じて疑わないこと以外にも、自分がAであることでB派に多大な迷惑がかかっていたりする現状を目の当たりにしたら、それでもAだと貫けるだろうか。なかなか難しい。

会社のお昼休憩。僕はその意志を貫くことの難しさを実感していた。

「今日こそは牛丼を食べる」

お昼になるといつもそう決意してオフィスを出る。気づいたらお昼に牛丼を食べていない日々が続いていた。別に嫌っているとかそういうわけではなく、ただなんとなく牛丼を食べていなかった。これが明確な理由があるのならばいいのだけど、ただなんとなくという意味不明な要因なのでちょっと気持ち悪い。ならば今日こそは牛丼を食べる、そんな強い意志のもとオフィスを飛び出すのだった。

オフィスから牛丼のすき家までは徒歩で10分程度。その10分の間も誘惑は多い。激安の弁当販売を行うスーパーや、ランチタイムはライスが無料でついてくるラーメン屋など、総がかりで僕の意思を揺るがしにくる。いつもなら、お、ライス無料、と牛丼を食べる意思を投げ捨ててラーメン屋に寄ってしまうが、今日は違う。硬い意志のもとすき家に向かうのだ。

魅惑のラーメン屋の前にさしかかる。いつもとは違う看板が出ている。

「本日のみ!ライス特盛無料!」

牛丼食ってる場合じゃねえ!特盛無料だ!考える間もなくラーメン屋へと飛び込んだ。意思を貫くとはかくも難しいことなのである。

次の日、僕は反省した。とにかく反省した。昨日は大変なことをしでかしてしまった。あれほど固く決意したというのに、ライス特盛に負けてその意志を投げ捨ててしまった。今日こそは違う。絶対に牛丼を食べる。何があっても食べる。

魅惑のラーメン屋の前にさしかかる。なんか看板が置いてある。危ない危ない。目隠しして通り過ぎる。なんとかセーフだ。あとはこのまますき家まで歩くだけ。今日こそは牛丼を食べることができてしまう。

「おや、お昼ですかな」

職場の温厚な爺さんだ。交差点で信号待ちしていたら突如現れやがった。

「よろしかったらご一緒にどうですかなホホホホ」

相変わらず穏やかな爺さんと一緒にお昼を食べることになった。

「なんでも合わせますよ。お店を選んでください、ホホホ」

このご老人が牛丼を食べきれるとは思えない。あんなジャンクなもの食ったら死んじゃうんじゃないか。それにすき家なんていうあんな混沌としたガチャガチャした店に行ったことすらなさそう。

「じゃ、じゃあ、ソバでも食いに行きましょうか」

「よいですなあ、ホホホホ」

牛丼が遠い。とにかく遠い。何らかの大いなる意思を感じるほどに遠い。

昨日は不本意ではあったが仕方がなかった。爺さんに牛丼を食わせるわけにはいかない。あそこは上品なソバ屋が正解だ。しかし今日こそは違う。今日こそは絶対に牛丼を食べる。絶対にだ。

オフィスを出て、またラーメン屋の前を目隠しして通り過ぎる。絶対に替え玉無料とかやってやがる。あいつらはサタンだ。交差点でも周囲を警戒する。お爺ちゃんとか上司とか、すき屋を妨げそうな人物はいない。さらには激安弁当を売るスーパーの誘惑にも耐えた。そして、そして、ついにすき家に到達した。

長かった。本当に長かった。あとはもう、牛丼を注文するだけである。ここで大いなる神々の意思が働いて満員御礼ソールドアウトという展開もあるかと思ったが、お昼なので混みあっているものの、カウンターが一席だけあいている。そこに滑り込むように座った。ついに、ついに、牛丼に手が届く。牛丼が食べられることが嬉しいのではない。自分の意思を貫けることが嬉しいのだ。

同時期に入店した五人がカウンターで並んでいたらしく、店員が左端からオーダーを聞いていく。僕は一番最後になりそうだ。左端の野球賭博してそうな男がオーダーする。

「豚あいがけカレーで」

ぶっきらぼうに言った。続いてその横の横領していそうなサラリーマン風の男がオーダーする。

「チーズカレー、大盛りでおねがいします」

なるほど、チーズカレー行くとはなかなか通だな。次はその横の妻子に逃げられたっぽいおっさんだ。

「おんたまカレー」

あれ美味いよね、と思いつつ途方もないことに気が付く。ここまで3人が連続してカレーをオーダーしている。まさか、ここは牛丼屋だろう。カレーなんてちょっとおまけ的なメニューじゃないか。なんでこんなに連続するんだ。次の、仲の良い男子グループなんだけど他のメンツはみんな彼女がいるのに一人だけ彼女いなさそうな大学生がカレーをオーダーしたらどうなってしまうんだ。

「からあげカレー大盛りで」

この異常事態に気が付いたのか、対面のカウンターに座るホスト風の男が苦笑いした。

「やばい、期待されている!」

そう思った。たまたま並んだ5人の客が偶然にも連続してカレーをオーダーする。そんな珍事があれば向かいのホスト風の男もマダムにちょっと面白い話として話題を提供することだできるだろう。マダムもそんな楽しいことがあったなんて!とボトルの一本も入れるかもしれない。そうすればおれホストに向かないわって新潟に帰ろうとしていた彼だってもう少し頑張ろうかって気になるかもしれない。果たして僕はここで牛丼をオーダーできるのか!?周囲に期待を裏切って空気を読まずに牛丼をオーダーできるのか?

「ポークカレー、大盛りで」

ダメだった。自分の意思を貫けなかった。あのホスト風のキラキラした瞳に負けた。せめて面白可笑しく話してマダムを喜ばしてくれ、頼んだぜ。

次の日、断固たる決意でオフィスを飛び出した。ラーメン5杯無料でも気にしない。老人に出会っても無視する。客が全員カレーを頼んでいて店からカレーが溢れていて、店員がカレー頼んでくれると助かるなーって顔してたって断固として牛丼を頼んでやる。そう、今の俺は意志の塊だ。絶対にカレーを頼んでやる!ついにすき家に到着した。いくぞ!

「本日、店内工事のため休業いたします。リニューアルオープンはX月○日」

なんの、まだ手はある。牛丼を食えばいいのだ。あの激安スーパーの激安弁当の横に安くはないけど牛丼弁当があったはず。それを食えばいい。スーパーに走った。一個だけあった。ついに牛丼を食べることができたのである。

食べていて違和感を感じ、パッケージを見ると、そこには堂々と「豚丼」と書いてあった。確かにこれ、豚肉だ。

とにかく牛丼が遠い。自分の意思を貫くことはかくも難しいことなのだ。今日こそは、今日こそは牛丼を食べると決意して、今日も僕はオフィスを飛び出す。それでもやはり自分の意思を貫くことはできないのだ。