話題の領域が違う、というのはここまで根本的に悲しいものなのだと実感した。
意識の高いっぽいひとが集まる交流会にて、なぜか人数合わせて参加していた僕は戸惑っていた。彼らの会話が分からないのだ。同じ言語を操っているはずなのに、彼の言っていることがほとんど理解できない、これはもう精神的に孤独で、例えばみんなで怖い話とかしてる時に物凄いドヤ顔で「でも、一番怖いのは人間だよね」ってしたり顔で言い出すブスくらいの、怖さがあるのだ。
「アサインがゲーミフィケーションでペンディングでベネフィットするバジェット」
みたいな、なんか復活するのかな?みたいな言葉を言われてもほとんど意味は分からない。ベネフィットってなんかねばーっとべねーっと粘膜的なものはフィットする感じなのかな、エロい、と思ってる僕に、利益とそういう意味だよと言われてもやはり意味は分からない。けれどもこれは当然のことで、そもそも話題の領域が違うのだから理解できるはずがないのだ。競馬を全然知らない人が
「皐月賞ではマカヒキはディーマジェスティーにキレ負けしてるように見えたから距離延長で最も向いていそうなサトノダイヤモンドをダービーの本命に据えたらハナ差でマカヒキがきた。まさかマカヒキが前目の位置につけるなんて川田やるやん」
これだって、まったく話題の領域が違う人が聞けば完全に意味不明な呪文だ。もっとやらせてもらうと、
「マジカルハロウィン5の防衛結界ゾーンの準備中にノワールがハンマー持って出てきて中チェ、少し後だったら大変なことになったのにと思いつつエピボ消化してたら詠唱ゾーンでまた中チェ、あったまきたと思ってたらどこで引いたのか悪キングカボはいってもろたおもったけど、全く悪ーぷせずに終わった」
何らかの暗号文かな?と思うはずだ。結局、意識高い系のビジネス用語みたいなものが特別なわけではなく、ただ単純に持ち合わせている話題の引き出しが違う、それだけなのだ。じゃあ、苦痛なく会話するためには同じようにその話題をできるだけの知識を持ち合わせるか、もしくは話題が合う人が集まるところに行くかだ。そういった意味で、この交流会での僕は完全に場違いなのである。誰一人マカヒキの話はできない。
しかしながらこれらの事象には、少なくとも片方はその話題を熟知している、という大前提がある。マカヒキの話にしても何にしても、あらゆる話題の齟齬が起こっている場面においても、やはり片方はその話題を熟知しているのが普通だ。けれども、それが、両方とも熟知していなかったらどうなるだろうか。これが実に悲劇なのである。
もうずいぶん前になるが、ある企画において「ツーショットダイヤルに電話する」というものをやったことがある。ツーショットダイヤルとは、ある電話番号にかけると自動的に女の子に繋がり、そこで信じられないようなエロい女の子とエロい会話を嗜む、みたいな場所である。インターネットが普及する前から根強く存在するエロメディアだ。
もちろん利用料金はなかなかに法外で、通話料以外に1分100円みたいな料金が必要となる。ちょっと話が弾んで30分も会話しようものならあっという間に3000円だ。いまだにエロ本などでえは広告が記載されているので興味のある諸兄は参照されたい。
電話をすればエロい女と繋がる、ものすごく夢のある話であるが、残念ながらこの世の中にはそこまでイージーなエロい女は溢れていない。世の中にはドエロの女がいっぱいいて俺たちを待っている!なんて幻想を信じるほど僕らはピュアではなくなってしまった。厳しい現実を直視すると、ツーショットダイヤルで繋がる女性はほとんどがアルバイトである、といえる。
彼女たちは登録されたアルバイトで、指定されたフリーダイヤルに電話をするとあらゆる部位をギンギンにした男性に繋がるようになっている。そこで会話をし、何分会話したから何円ね、と報酬が支払われる。エロくてエロくて我慢できずにツーショットダイヤルに電話してきた、なんて女はUMAレベルでしか存在しないのである。
そうなってくると、女性サイドは適当に話を合わせて会話をしたほうが歩合が伸びていくので適当に話を合わせてくれる。現実世界の女なんて僕らの話を聞いてくれないのに、ここでの女はきいてくれるのだ。これは見方を変えればちょっとした理想郷である。女性からみたらエロい話でなくとも会話を引き延ばせれば何でも良いので
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版の序で使徒のナンバリングがずれていて、何かの伏線だろうかと思ったんですけど、それ以前に登場人物すべてが前向きな性格に変わっていて、旧劇が終わってからずっと魂を呪縛され続けていたエヴァオタクに向かって、シンジもミサトもこの十年で成長したけど、お前らオタクはどうだって挑発されている気がしたんです。そもそも旧劇は、その精神世界が(ものすごい早口)」
って言っても、普通ならなにこのクリーチャー、くらいに思われるんですがちゃんと
「すごいね、エヴァってロボットなんだよね」
と微妙にくすぐること言ってくるんですよ
「エヴァはロボットではなくて、正式には汎用人型決戦兵器といって人造人間なんですわ。あのロボットに見える部分は特殊装甲でその下は生身の人間の肉体に近い。それがよくわかるのが劇場版のAirかな二号機が量産型に食われるシーンがあって内臓とか出てくる。ただこの装甲は実は身を守るものではなく、拘束具で(尋常じゃない早口)」
こんな人が電車の中にいたら絶対に隣の車両に移る、というトークでもしっかりと
「へえ、そうなんだ、勉強になった(ハート)」
なんですから。つくづく金の力とは恐ろしいものですよ。片方が話題を提供し、それについていけなくともなんとか話を合わせる、そんな優しい世界が展開されているのだけど、では、両方が話題についていけなかったら。悲劇はそこから生まれる。
その日は、いわゆる普通のツーショットダイヤルが不作だった。もちろんエロい女が少ないということはなく、サクラが少ないのだけど、あまり実のある話はできなかった。ならば仕方ないと、広告を見てSM専門ツーショットダイヤル、というものに電話をしてみた。
名前の通り、SMに興味のある男が電話をかけてきて、SM大好きな女が受けるという専門職に特化したダイヤルなのだけど、もちろん、僕はSMの気がほとんどない。けれども、電話をしてすごいSMマイスターみたいな女に繋がったら、自分の知らない自分を掘り起こされるかもしれない。そんな期待で電話を掛けた。
さすが専門職に特化しているダイヤルだけあって、メニューが豊富だった。マゾ女専門チャンネルだとか、ドM奴隷専門チャンネルだとか、一般生活では絶対に使わないであろう単語がメニューに並んでいた。その中で、僕をSMの世界に導いてくれそうな「ドS女王様専門チャンネル」を選択した。クールビューティー系のお姉さまが優しく調教してくれるに違いない。電話機を強く握りしめた。たしか相川七瀬の夢見る少女が待合い音楽として流れていて、しばらくするとアナウンスが流れた。
「女王様と繋がりました。会話をお楽しみください。プッ」
ついに女王様との接見の時である。期待に胸が躍った。震える唇をぎゅっと噛みしめた後、喉の奥から声を出した。
「もしもし」
電話口の女王様は即座に答えた。
「おら、どうしてほしいんだ、おら(棒読み)」
ちょっと信じられないレベルの棒読みで開幕からこれである。ここに不幸が存在した。おそらく、こういったサイトをやっている業者は大元が同じで、サクラの女性はフリーダイヤルにかけたら適当に振り分けられる。「ピュアな出会いチャンネルです、そのつもりで話してください」「人妻チャンネルです。そのつもりで会話してください」たぶんそうやって割り振られる。そこで彼女は「SMダイヤル、ドS女王様チャンネルです」と全く興味も素質もないのに振り分けられてしまった。
けれどもバイト代のために会話は長引させなければならない。考えた末に彼女が繰り出したのが冒頭の棒読みだ。これが彼女の中のSM女王様像である。
電話をかけてきた男のほうもSMに興味がない。女のほうも興味がない。なのにSMマニア的に会話をしなくてはならない。これはもう、不幸だ。比較的心安らぐ部類の不幸だ。早速僕も応戦する。
「ああ、女王様、いじめてください」
僕の迫真の演技だ。すぐに女王様が呼応する。
「ど、ど、どこを虐めてほしいんだ(超棒読み)」
たぶん小学生の劇でももうちょっとセリフは上手い。ただ、僕も女王様に虐められると言っても具体的ビジョンがない。たぶんアナルとか虐めるんちゃうかなと思いつつ答える。
「あ、あなるをーーー!」
「あ、あなる!?アナルどうしてほしいんだ?(人智を超えた棒読み)」
さっきから女王様、完全に指示待ちなんですよ。指示待ち女王様ってすげー新しい。
「な、なにか突っ込んでほしいです」
僕の迫真の演技が続きます。女王様は相変わらず棒読みの指示待ち女王様で
「手元になにかあるか?(やや棒読み)」
電話でのやり取りなのでお互いに手元に何があるのかはわかりません。そこで僕も気が動転したんでしょうね、何かわけわからないけど
「セ、セロリがありますー!」
なんでセロリやねん。電話して手元にセロリがある状況がわからんわ。
「そ、そうか。セロリか(棒読み)」
そうか、じゃねえよ、早く入れろとか命令しろよ。俺セロリ持って立ち尽くしてるだけみたいになってるじゃねえか。
「命令してくださーーーい」
「い、い、い、い、い、いれろ、アナルに入れろ(超常現象レベルに棒読み)」
「あひいいいいいいいいいいいい!セロリいいいいいいいいいいい(迫真)」
なにやってんだ、こいつら。
「セロリいいいいいいいい!あひいいいじょおおおおおおお!!!(迫真)」
「気持ちいいか?(棒読み)」
「セロリいいいい!あひい!うほおおおおおせろりいいいいいいいいんぼせろ(迫真)」
「気持ちいいか(棒読み)」
「セリヌンティウスうううううう!!せろりいいいいいいいい(絶頂)」
もう何が何やら分からないんですけど、女王様、気持ちいいか?しか言わないんです。それじゃあまずいと思ったのか、女王様が決意します。
「ど、どれだけ入ってるんだ?セロリがどれだけ入ってるんだ?(悪くないのに謝らなければならないときくらいの棒読み)」
イレギュラーなこと聞いてきやがった。どれくらい入ってるのかなんてわかるわけがない。入れてないんだから。セロリすら存在しないのにどうしたらいいんだ。とっさに答えた僕は気が動転していたんでしょうね、セロリと叫びながら
「八尺くらい入ってますううううう!」
八尺=2.424メートル
体突き抜けとるわ。
「せろりいいいいいい、八尺ぅ、八尺ぅ」
「そうか気持ちいいか(棒読み)」
「八尺ぅ、八尺ぅ(DIOっぽく)」
「セロリ八尺気持ちいいか(棒読み)」
こうして、全くSMをわかってない二人がおりなす意味不明なSM会話。たぶんSMマイスターみたいな人から見たら海外で間違った日本の解釈を見せられた時みたいな気持ちになるのかもしれません。
お互いにその話題を知らないのにその会話をしなければならない場面などはほとんどありません。多くの場合は片方がその話題については熟知しているはずです。ですから、セロリ八尺のような悲劇は起こり得ません。ならば、普通にサクラの女性のように、適当に話を合わせる能力はあるはずなので、なんとなく分かったように話を合わせる、それこそがコミュニケーションなのかもしれませんね。
いまなら僕も意識高いワードが羅列された会話も、なんとなく話を合わせることができます。ベネフィットは、ベネっとした汁を出したセロリがアナルにフィットすることです。八尺くらい。